第六話
最初の復讐から一ヶ月が経った。
次の計画を練っていた私は、突然、父に呼び出され、また談話室に出向く。
そこで待っていたのは、父と見知らぬ客人だった。
客人である黒髪で筋骨隆々、長躯の青年は、私を見るなり一礼をした。
「お初にお目にかかります。王城騎士団副団長、アイメルと申します」
私は手短に名乗りつつ、視線を合わせないよう頭を下げる。
(アイメル……以前、王城騎士団長とともにいらして……結婚の話が持ち上がっていたあの方?)
実際に会うのは初めてだが、ちらりと見た印象ではアイメル様は誠実そうな人だと思った。さほど目立たない風貌ではある、でも意志の強そうな瞳は騎士として自信の裏付けがあるのだろう。
決して美男というわけではないが、十人前の顔立ちだとしてもその肩書き、礼服に身を包んでなおはっきりと分かる屈強な体躯、若くして副団長に上り詰めるほどの能力を考えれば、十分に素晴らしい人物なのだろう。
私は父に目配せをした。どうしろというのか、と。
すると、父は娘の一大事だというのに端的にこう言った。
「お前に縁談だ。よその国に嫁ぐよりも、国内のほうがまだマシだろう」
「え、えぇ……私が、ですか?」
思わず私の口を突いて出た言葉をきっかけに、アイメル様がすかさず説明をしてくれた。
「ご存じかもしれませんが、昨今は聖女アリシアが魔法を失ったことをきっかけに、大聖堂や王城でも魔法への依存を問題視する声が浮上してきています。その余波で、婚姻も魔力の素質や魔法の家門を重視したものより、もっと実務的な理由で進められる機運が生まれたのです」
父の眉間に深まるしわを、アイメル様は無視していた。
いや、この人は気付いていない。聖女が魔法を失ったと、聖女の父の前で言ってしまう無神経さは玉に瑕だ。
しかし、アイメル様は若干興奮気味に、私へ向けて求婚まで一足飛びに進めてしまう。
「そこで、国内有数の大貴族であるオールヴァン公爵家と我が家の婚姻が将来的に実益を生むと期待して、あなたを迎え入れたい」
アイメル様の頬は、わずかに紅潮していた。人並みに、プロポーズが恥ずかしいという気持ちはあるようだった。
世間知らずの私でも、アイメル様が求婚してくる理由は理解できる。
我が家は確かに公爵家という大貴族であり、私も血統だけなら申し分ない。
そう、『灰色女』でなければ——その忌避される事情は、どうやら世間では少しずつ風向きが変わって、いつの間にか多大な実益が備わっているなら無視できる程度のものとなっている。
特に、王城騎士団は魔法に頼らない道を模索している。私の前の復讐で、そういう流れが生まれていたことは、先日の来訪の際の会話で明らかだ。
ただ、本当に結婚まで話が進むとは想像できなかったため、私も面食らってしまった。
「アイメル殿のご実家、シェプハー家は代々騎士を輩出する名家だ。彼も親類も兄弟も、近年では著名な学者や銀行家、冒険家などとして活躍を遂げられていると聞く」
「恐縮です」
つまり、オールヴァン公爵家としても、魔法に関連しないが新興の資産家へ『灰色女』の私を嫁がせるだけで太いコネクションができるというのは、魅力的な条件だった。
それに——国王陛下にも私の国外結婚を暗に止められたのだし、他に方策はないのだ、致し方ない。
とはいえ、当人はどう思っているのか、そのくらいは私も気になった。
ようやく落ち着いたアイメル様へ、私は問いかける。
「アイメル様は、魔法をお使いに?」
「いえ、使いません。男は必ずしも、魔法をモノにする必要がありませんので」
「そう、ですか」
だからと言って、『灰色女』を差別しないとはならない。
私はもう少し見定めてから承諾したかったが、父はとっくに決めてしまっていた。
「何をしている。この縁談はもうまとまっているんだ、早く支度をしろ」
「……分かりました」
結婚式などの日取りは、騒がしい世間の情勢が落ち着いてから定めることとして、私はこの日のうちのアイメル様とともにシェプハー家の屋敷へと引っ越した。
悲しむ暇も、寂しいと感じる暇もなく、ワイバーンが彫られたシェプハー家の家紋入りの馬車に乗り込み、かき集めたトランク二つ分の荷物を手に、スカーフをかぶって私は生まれ育った家をあとにした。




