第五話
何となく、私は気持ちが晴れやかだった。
相変わらず、家族や使用人たちの私への視線は侮蔑を含んでいる。
だが、それがどうしたというのか。
私は外に出たい気分になってきて、先の魔法道具店の一件以来、こっそり何度か街へ出掛けていた。もちろん髪は隠して、あまり目立たないように。
しかし、さすがに私のたびたびの外出は父の知るところとなり、呼び出されてしまった。
「こんなときに、どこへ行っていた?」
わざわざ屋敷の談話室に私を呼び出して立たせ、父はソファでふんぞり返っていた。
私は父の機嫌を損ねない程度に、頭を下げる。
「遠く外国へ嫁ぐとこの国に戻ってこられないでしょうから、せめて目に焼き付けておきたくて、あちこちを回っておりました」
「お前は危機感というものがないのか! この大事に、ふらふらと出歩いて!」
「申し訳ございません」
すでに考えていた言い訳をして、謝れば、それ以上のことはしなくていい。私を『灰色女』と蔑む父に、何を言ったって無駄だからだ。
父は散々私へ嫌味と愚痴を聞かせてきたが、特に役立つ情報もなければ、心揺さぶられるような言葉もなく、私は完全に聞き流していた。
そんなことより、私は外出先であの老婆を探していたが、一向に見つけられていなかった。
(あのお婆様の姿はどこにもなかった。もう帰られたのかしら)
『灰色女』の私に、マナの『流れ』を操作する能力を開花させてくれたあの老婆は、私と同じようにこの国へ復讐しにきたのではなかったのだろうか。
今となっては、確かめる術もない。私のように何かしでかしていれば、と思ったが、その兆しも見つけられなかった。
怒鳴り疲れた父が「もういい」と言って私を退室させるまで、大して時間はかからなかった。さっさと談話室を出た私は、離れに戻る。
その途中、いつもは水の絶えない中庭の噴水が止まっていることに気付き、私は使用人に尋ねてみた。
「噴水はどうしたの? 故障したの?」
「え、ああ、最近は水不足で、止めておくようにと旦那様からご命令がありまして」
「水不足」
それは、初めて聞く単語だった。豊かな河川を擁するこの国に、水が足りないなんて。
離れに戻った私は、街で買った新聞に関連する記事はないか探してみる。
読み慣れていない新聞のすべてに目を通すのは億劫だったが、何とかそれらしき記事は見つけられた。昨日付の新聞に、上流での河川工事が止まっている旨の記事があったのだ。
「発破用の魔法道具の調達が遅れ、上流の工事に支障をきたして……そういうもの、なのかしら? それだと、困る人が多いでしょうけれど……」
私にはその工事の内容までは知ることはできないが、とにかく工事用の魔法道具が使えないことには進まない、ということまでは理解した。
であれば、使えるようになればいい。
私は、王都のマナの『流れ』を整え、魔法道具に行き渡るようにした。
あちこちで能力を使ったためか、最近は成長が著しく、どこにいても一度行った場所ならマナの『流れ』を手に取るように操作できる。
ただ、見たこともないものにまで影響を及ぼすことは難しく、それが自分の知らないものであれば尚更だ。そのため、その範囲にあるであろう魔法道具をまとめて使えるようにする必要があった。
とにかく、しばらくすれば水不足も何とかなるだろう。
このところ聖女アリシアの動静は一切聞こえてこないし、大聖堂と王城は聖女の『癒しの魔法』の代わりに最新医術を求めて諸外国に頼っているそうだ。
元々、聖女の『癒しの魔法』は高位の王侯貴族や聖職者しか受けられず、一般庶民にはまるで関係のない話だった。それでも大聖堂が売る、聖女の祈りを込めたという紙切れが民間療法的に出回っていたり、この国では魔法に頼らない医術というものがろくに発達してこなかったせいで、諸外国では普通にある医学の見識と技術を持つ医者さえいない有様なのだ。
(……結果的にはよかったのかしら。私の復讐が、巡り巡って誰かのためになったならいいけど、もし可哀想な人にシワ寄せが行くようなことになればあまり気分はよくないわ)
身勝手なものだが、私は復讐なんて考えるくせに、関係ない人々を巻き込みたくないとも思っていた。
(聖女が機能しなくなれば、魔法が使えなくなれば、この国は立ち行かなくなる。そんなこと分かっている。その魔法信奉が『灰色女』の私を差別してきたせいじゃない)
正直に言って、今私が使っているマナの『流れ』を操作する能力は、魔法ではないと思うのだ。
私から魔力が放出されることはなく、私自身はマナを取り込むこともできていない。
しかし、他の人間が扱うマナから魔力への変換精製を止めたり、魔法として発動するときに必要な魔力をマナに戻して空気中へ散らせることは可能だ。
これらは、私がマナを取り込めないからこそできる芸当だろう。普通なら無意識に取り込んでしまうものを受け付けず、魔力に変換せずにマナそのものの『流れ』に干渉できる。
ただし、それは魔法を使わない場所では効果を発揮しないし、何なら人間のいないところではほぼ無用の長物となる。
あくまで、私は魔法に関わる人間にだけ復讐できるもの——そう都合よく思いたかったが、水不足は万人に影響がある。
(これからは気をつけないと)
そんな私の反省をよそに、運命は勝手に動き出す。




