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聖女の妹、『灰色女』の私  作者: ルーシャオ


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第四話第四節(改)

 夕食も終え、離れの小さな暖炉の前でくつろぐ私は、屋敷がにわかに騒がしくなったことを察して窓から眺めてみた。


 一体誰が、怪しい噂の立ったオールヴァン公爵邸に——と思ったら、来客の馬車が屋敷前の車寄せから待機場所へ向かう様子が見て取れた。ちらりと目に映った馬車の紋章は、月桂樹と剣の意匠であり、私の乏しい知識でもそれが王城騎士団のものであることが分かった。


 つい先日、私が魔法道具のマナの『流れ』を断ったことで被害をこうむったばかりの相手だ。


(王城騎士団の騎士たちが、オールヴァン公爵へ会いに来た……まあ、魔法道具が使えなくなった現状について話し合い、というところかしら)


 私は、復讐の進行状況を知るちょうどいい機会と思い、暖炉の前に戻って椅子に座り、屋敷からマナの『流れ』を集め、会話の内容に耳を澄ませることにした。


 父の出迎えの挨拶がマナの『流れ』に乗って聞こえてくる。


 父との二、三の受け答えののち屋敷の応接間に通された客は、おそらく二人だ。


「……オールヴァン公爵領の工房で作られた魔法道具も、ですか」

「ああ、忌々しいことにな。王都の主だった魔法道具店主たちと話したが、どこもまともな品を取り扱えていない、とのことだ。我が領然り、アステリア侯爵領然り、グラスランド辺境伯領然り……有名無名の産地を問わず、王都にある魔法道具の一切が起動しない。頭が痛いとはこのこと、このままでは大損どころではない。団長殿、陛下は何かおっしゃっていないのか?」


 父からそう問われた来客の一人、王城騎士団長は——確か、第二王子殿下のはず——高貴かつ尊大な声色と口調で話す。


「少なくとも、王城騎士団では魔法道具を使わない方針を決めたばかりですが」

「それは何か? 長年魔法道具を卸してきたオールヴァン公爵家を信頼しない、ということか?」

「そうは申しませんが、使えない以上はどうしようもありません。他の手段を用意せねば、我々は義務を果たせない。それは公爵閣下もお分かりでしょう。万一、これが魔法生物、特にマナを大量に食うドラゴンが現れたなどという事態の前兆だとすれば、王国と民の盾たる王城騎士団が動けなくては誰もが困る」

「そこまでのことが……?」

「あくまで、万一です。今、王国全土に速馬を走らせ、各地の様子をつぶさに観察し、報告させています。しかし、王都以外ではこれといった異変は見受けられず、はっきり言ってしまえば何も起きていない——著名な魔法生物学者や大聖堂の主教たちさえ同じ見解です」

「くそ、何があったというのだ! アリシアは魔法が使えず、我が領の誇る魔法道具さえも……」


 父の悔しげな表情が、ありありと私の頭に浮かぶ。


 事態への対策も打てず、誇りとしたものが失われていくさまを見ながら、父は絶望に追い込まれていく。


 だとしても私は何も助けないし、もう一人の来客は余計なことを口にした。


「オールヴァン公爵ご自身は魔法を使えるのですよね。なぜでしょう」

「おい、アイメル。余計なことを言うな」

「……私が知るか!」


 吐き捨てるように、父はそう言った。


 アイメル、というもう一人の来客は、おそらく何の意図もなく言ってしまったに違いない。何となく、私は笑いが込み上げてきた。


 こほん、と王城騎士団長がわざとらしい咳払いをして、話を変えた。


「とにかく、この異常事態を乗り切るためにも、国内有力諸侯にはご協力いただきたい」

「無論だ。平時より病を抱えた王侯貴族は、『癒しの魔法』が使えなくなり不安にさいなまれている。それに、魔法道具は貴族だけでなく平民の生活にも大きく関わっている。不便で済めばまだいいが」

「今の体制のままでは、早晩死者が出るでしょう。大商会をはじめ、フットワークの軽い貿易関係者は、すでに普段我が国では必要としなかった物資を他国から多く買い付けています」

「そちらも物入りになるか、ああ頭が痛い……」

「とはいえ、何もかもが代替できる品ばかりではありません。魔法道具に支えられてきた我が国の政治から生活、宗教、商取引、法律に至るまでを刷新するのは至難の業です。やるとなれば、百年の大計と相応の大義名分が必要です。その変革の計画を国中の誰もが納得し、誰もが望むだけの理由を用意しなければならないのです」


 難しい話だ。貴族でも、王城騎士団長の言ったような話が理解できるかは怪しい。


 しかし、王城騎士団長は、私が企図していたような変革をすでに見据えている。さすがは第二王子殿下、王族としてあるいは国王候補として、相応の教育を受けておられるようだった。


「たとえば、その喧伝する理由は——『聖女ですらも魔力を失うほどの謎の異変が起きている』、『ならば魔力に頼らぬ社会の仕組みを作らねばならない』……そのあたりでしょうか。このままでは魔法によって名声を築き上げてきた貴族はもちろん、魔法道具の生産によって支えられてきた経済、大聖堂の聖女の無価値化は避けられません。であれば、理由に使ってしまえばいい。私なら、今まで魔法の恩恵を受けておきながら、恥知らずにも国王陛下にそう進言します。しかし、国政に携わる者としてその決断は致し方ないのです。オールヴァン公爵、あなたも大勢の民を抱える大領主というお立場です。ごく少数の没落と引き換えに、大多数の民を救うという大義の重さを、しかとご理解いただけるかと」


 至極もっともな意見に、オールヴァン公爵は唸って、賛成とも反対とも取れない返事をする。


「その点に関しては、もう少しだけ考えさせてほしい。オールヴァン公爵領とて他人事ではないが、魔法道具に関しては一家言ある。もしまた魔法道具が使えるようになるのであれば、その理由とやらこそ無価値になる、違うか?」

「ええ、そう思います。ですが、時間はありません」

「分かっている。分かっているが……聖女になったばかりのアリシアが、不憫だ」


 消え入るような父の言葉は、まるで私に響かない。


 彼は心底、娘に同情しているようだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()


(……不憫、ですって。まるで、私の境遇は不憫ではないかのよう。そうよね、聖女になるほどの娘は誇らしく、愛らしい。対して何の役にも立たない『灰色女(グレイッシュ)』の娘は、政略結婚の道具として最低限役にさえ立てばどうなろうと知ったことではない)


 もはや、私は怒りも湧かない。


 父だったオールヴァン公爵、妹だった聖女アリシア、二人はもう私の家族とは思わない。彼らは、私を最後の最後まで利用しようとした人々でしかない。


 だったら、いなくなったってかまわない。


(このオールヴァン公爵家は没落すべきよ。お父様、あなたとアリシアはともに泥舟に乗って沈んでいけばいい。私は、望まれてもあなたたちとは一緒に行かない。絶対に)


 私はついに決心した。この家から出て、どこかで身を立てる。今までは無理だと諦めていたが、そんなことを言ってはいられない。


 さてどうしようか、私が考えはじめたそのとき、王城騎士団長がまた別の話を切り出した。


「そういえばオールヴァン公爵家にはもう一人、ご令嬢がいらっしゃったはずですが、そちらはいかがお過ごしですか?」

「何が言いたいのだね」

「いえ、結婚の話を聞きませんので、こちらにいらっしゃるのかと。一つ、お耳に入れておきたい話があります。もし国外に嫁ぐご予定がおありであれば、どうかご再考を。我が国の現状はすでに耳聡(みみざと)い外国の連中へ漏れています。この際、オールヴァン公爵家を狙って、ご令嬢の夫となって家督を乗っ取る算段をする連中もいるでしょう。普段ならば公爵閣下の御手腕でそのような不逞(ふてい)の輩はどうとでもできるでしょうが、時期が時期です。弱みにつけ込み、我が国有数の大貴族オールヴァン公爵家を食い物にされるくらいならば……国王陛下も黙ってはおられぬでしょう」


 いきなり私の話題になるとは思わず、私は内心焦る。


 私が今から自分の未来のことを考えようとしていた矢先に、結婚という私の未来の可能性について言及されるとは思わなかった。


 いや、確かに王城騎士団長の懸念はいちいちもっともだ。


 私は腐っても大貴族オールヴァン公爵家の血を引くだけに、たとえ『灰色女(グレイッシュ)』であっても政略結婚の道具として十分価値がある。


 私に子どもが生まれればオールヴァン公爵家傍系の血統となり、本家の血統が絶えたとき家督を継ぐ可能性が残るのだから、他国の貴族にしてみれば大貴族の家を乗っ取る足がかりとして虎視眈々と狙う意味がある。


 それを、他国の介入を嫌うこの国の国王が許すはずがない。


 王城騎士団長の口から、私は国王陛下から国外の人間と結婚するな、と言われたも同然だった。


「はあ、それが陛下のご意志か。くそ、こんなことになるとは……しかし、あの娘は国内では貰い手がなく、困っているほどで」


 白々しく困っている父へ、王城騎士団長はさも今思いついたとばかりにこう言った。


「ふむ、であれば。我が右腕たる副団長、この男にいただけませんか」


 ——!?


 驚きのあまり開いた口が塞がらない。それは応接間のほうも似たような状況のようだ。


 もう一人の来客、アイメルという王城騎士団副団長の声が慌てていた。


「団長、それはさすがに、身分違いがすぎます。第一、公爵家のご令嬢とは貴賤結婚になってしまいます」

「だからだ。貴賤結婚ならば相続権の放棄が必須、嫁ぐご令嬢もその夫もオールヴァン公爵家の家督、財産を継ぐことはできない。安全といえば安全ということだ」


 それはそうですが、と副団長は抗弁しきれない。


 王城騎士団長の声は、してやったりと弾んでいた。


「閣下。こいつの実家は最近商売で儲けておりまして、やりようによってはオールヴァン公爵家へ多額の財政援助をはじめ有形無形の助力が可能です。ついでに、オールヴァン公爵家と王城騎士団の絆もさらに深まることでしょう。いかがか?」






 気付けば、私はマナの『流れ』を維持できず、呆然としていた。


 今も屋敷の応接間では話が進んでいるのだろうか。でも、もう一度聞こうとは思えない。


(待って、ど、どういう、こと? 私が、結婚なんて……?)


 状況を整理しよう。


 さっきは、屋敷の応接間で魔法道具を使えなくなった王城騎士団と、魔法道具を大量に卸しているオールヴァン公爵との会談の席が設けられていた。


 途中までは、私の復讐が上手く進んでいることを確認できてよかったのだが、話題は私の結婚へ逸れた。


 そして、あの場にいた来客の一人、王城騎士団副団長アイメルという男性と、私の結婚の話がいきなり持ち上がっていたのだ。


 どうすればいいのか。


 いや、どうしようもないのだ。私には、はいともいいえとも言い難い。


 私は厄介者のように国外へ嫁に出されると思っていたら、まさかの国内、それも実力も権威もある王城騎士団副団長との縁談が持ち上がるなんて、想像もしていなかった。


(……き、聞かなかったことにしましょう。ええ、そうよ。どうせ、うまく行かないわ)


 私はそう願って、今日はさっさと眠ることにした。


 ただ、むやみやたらと色々想像してしまって、結局眠りについたのは夜半のことだった。

2025/11/20改編しました

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