第四話第三節(改)
二つ目の復讐は、少し大掛かりだった。
私はこっそりオールヴァン公爵邸から抜け出し、唾広の帽子とスカーフで髪を隠して、とある魔法道具店を探していた。
滅多に屋敷の外に出ない私でも、地図があれば行き先を探すことくらいできる。それに、マナの『流れ』を辿れば、魔法道具店ほど分かりやすいところはなかった。
大聖堂そばの、目抜通りから一本入った通りに『フィンスタリア魔法道具店』があった。
大きな看板があるわけでもなく、軒を連ねる他の店舗よりも地味な外観で、本当にここに魔法道具が取り揃えられているのか、と私は疑いの気持ちに駆られる。
『フィンスタリア魔法道具店』は、オールヴァン公爵家と繋がりのある王城騎士団に魔法道具を卸している。その情報だけを頼りに、私は店の外までやってきた。
無論、中に入る必要はない。
(ここに魔法道具があるみたいね。別の場所に倉庫があるかしら。ううん、ひとまずここだけでいいわ)
私の能力の有効範囲は、実際のところ無制限に近かった。おそらく国外であろうと影響力を及ぼせるだろう。
ただし、それは私がきちんとその『流れ』の位置を把握している場合に限ってのことだ。
だから、今日は噂の『フィンスタリア魔法道具店』に直接出向き、場所をこの目で見る必要があった。
(うん、これでよし。ここにあるすべてから、マナの『流れ』を断てる)
私はすぐにその場を立ち去り、帰り際に見かけた別の魔法道具店も二つほど見て覚えた。
その結果が出るまで、一週間を要した。
王城騎士団が郊外で演習を行っていたとき、用意していた魔法道具がすべて使えなくなっていた——そんな情報が、王城から王都中にもたらされると、誰もが驚愕し、不穏な雰囲気を感じはじめた。
「どうしてだ? 王城騎士団なら魔法道具の扱いだっていつものことだろう?」
「それが、卸した魔法道具店もその他の店も、魔法道具は全部使えなくなっていたらしい。原因も分からなくて、魔法道具の製造元に問い合わせてもさっぱりだとか」
「どうするんだよ! こんなときにドラゴンでも出てきてみろ、王城騎士団は全滅するんじゃないか!?」
にわかに、王都の民は怯えを隠せなくなってきていた。
王城騎士団は声明を発表し、魔法道具が使えなくても王城や王都の守りは問題ないとしたが、誰もが信じられなかった。
今の時代、剣一本にも魔法がかけられ、持ち主の魔力が巡って強化される仕組みだ。魔法で肉体を強化するのも当たり前で、魔法生物の強烈な攻撃を受け止める盾も魔力を込めなくてはただの鉄板にすぎない。
この国に住んでいて、どれほど魔法に頼った生活をしていたかを顧みることなどないのだから、代替手段を用意するにしても一から探り直しだ。
ただ、この国にとって唯一の救いは、王城騎士団の現中核メンバーは魔法に頼らなくても問題ない屈強な騎士たちであることだった。
それを知っているから、私はこんなことをしでかした。
(王城騎士団だって馬鹿じゃないでしょう。日頃からちゃんと鍛えている騎士はいるし、魔法に頼り切りというわけでもない。ただ、初めて遭遇する出来事だから戸惑っているだけ。すぐに対応してくるはずよ)
そもそも、私の目的は王城騎士団ではなく、魔法に頼り切りで魔法だけに価値を見出すような人々への復讐だ。
(噂だけじゃ、この国の魔法を至上とする価値観はおろか、オールヴァン公爵家の威信すら突き崩すことはできない。ただ、聖女の『癒しの魔法』喪失と、オールヴァン公爵家の魔法治療への不信が合わされば、間違いなく王国上層部や貴族たちは魔法へ依存してきた弊害をしっかり認識できたはず)
仮にも、国の統治を担う人々は、そこいらの平民よりも頭がいいのだ。政治の経験だって段違いで、それは地方貴族でさえそうだ。
そんな人々は、今日も明日もただ安穏と暮らしていればいいわけではない。オールヴァン公爵家ですらも、代々の魔法だけでなく魔法道具を大量に開発生産して他領と競い合っているのが現実だ。
では——それよりももっと鋭く、現実や未来を見ている上流階級の人々は、もうとっくに私の起こした異変を感じ取り、対策を考えようとしているはずだ。
(何百年も続いた魔法至上主義の国家体制を一朝一夕で変えることはできなくても、その流れをわずかずつでも滞らせ、魔法に依存しない方法へと目を向けさせることはできる。おそらく、もう動いている人々はいるでしょう。この流れを止めてはならないわ)
実際に私が彼らの存在を確認したわけではないから、これは賭けに近い。
それでも、もしこの国に変革を望む人々がいるのなら、決して分の悪い賭けではないはずだ。
そういう意味では、私の目論見は見事に成功したと言えるだろう。
私が王都にある魔法道具のマナの『流れ』を断って三日が過ぎた夜のこと。
最近珍しく、オールヴァン公爵邸に来客があった。
2025/11/20改編しました




