第十七話
とても聖女とは思えない、憐憫の情さえ浮かんでくるほどの子どもじみた様子に、騎士の誰もが目を逸らし、不敬からかその姿を見ないよう努める。
そんな中、空気を読まないアイメル様は違った。
怒りに我を忘れた聖女アリシアへ、諫言してしまったのだ。
「僭越ながら、聖女様は王都外への慰問を拒否されたと耳にしました。殿下は確かに多忙を極めておられますが、それとは別に聖女様は慰問に関しては一向に首を縦に振らないと嘆いておられました」
アイメル様は別に私の援護をしたわけではなく、ただ単に「そういえばこんなこともあったな、今言おう」くらいの気持ちだったと思われる。
そういうところも私は可愛らしいと思うが、他人からすれば「なぜ火に油を注ぐのか」ということになる。
実際、聖女アリシアはさらに怒りを爆発させた。
「うるさいわね、魔法も使えないくせに! どうして私がそんな連中の大勢いるところに行かなくちゃいけないの? 貧困から抜け出す努力もしない、苦しみから逃れようともしない先祖代々の無能のくせして、魔法の恩恵に与れると本気で思っているの!?」
聖女アリシアの思いの丈はぶちまけられ、きっと屋敷の内外に響いたことだろう。
それは、魔法を使える人々の本音だ。
私のような突然変異的な『灰色女』への侮蔑とは違い、長い年月をかけて積もりに積もった根深い社会的差別と偏見にまみれたものだ。
少なくとも王侯貴族、ましてや聖女が口にしてはいけない本音だった。
人間がマナから魔力を精製できる量は生来の要素が大きいが、後天的に血のにじむような努力をして魔力量を増やせなくもない。
しかしそれは、日々の生活に忙しい人々にはとてもできることではなく、有閑階級の選択肢に過ぎない。
魔法が使える者こそ偉いという価値観は、王侯貴族たちが自分たちの権威をさらに高めていくために使われ、魔法が使えない人々は怠惰だ、無能だ、などと蔑む考えが生まれてしまった。
平民が成り上がるには突然変異的に魔力を精製できる量が多く生まれるしかない、という奇妙な出世の道筋を作ったのも、彼らだ。
違う国ではそんなことは言われないのに、この国では魔法至上主義ともいうべき価値観が幅を利かせているせいで日の目を見られず、劣った人間と見られてしまうなんて、あんまりではないか。
私は、その偏見に真に向き合ったことはなかった。だって、私もオールヴァン公爵家の人間だったから。
けれど、今は真正面から向き合って、正さなくてはならないという気持ちでいっぱいだった。
「昔、あなたは、私が針で刺してしまった傷を治してくれなかったわね。それはきっと、今言ったような気持ちから生まれた行動だったのでしょうね」
ある意味では、妹を助ける気持ちもあって、傲慢な発言を取り消させるよう促す意図もあった。
だが、聖女アリシアはその意図を汲めなかったようだ。
不出来な姉に諭されてなるものかと、妹は反発をやめない。
「何よ。お姉様は一度だって私に魔法を使ってほしいって言わなかったじゃない。それとも、黙っていても私が治すべきだったとでも?」
「そんなことはないわ。私も、あなたにどこか遠慮して、魔法のことは何も言わなかったもの」
不出来な姉は、聖女の妹に『癒しの魔法』を使ってほしいなどと言えはしなかった。
もし妹が嫌だと言ったら、私は聖女にも見放された人間という烙印を押されてしまうから。そんな身勝手な恐怖から、言えなかったのだ。
私と聖女アリシアは、お互いにもっときちんと接するべきだったかもしれない。
しかし、もう遅い。
聖女アリシアは踵を返し、大股で玄関から出ていく。
「聖女様」
「もう帰る! 出してちょうだい!」
聖女アリシアの命令に従い、王城騎士団の騎士たちは王城への帰途の準備を速やかに済ませていく。
そんな中、アイメル様だけは別の命令を出されていた。
「アイメル・シェプハー副団長、あなたは来なくていいわ! 追って沙汰を待ちなさい!」
そう命じられてしまっては、アイメル様もどうしようもない。あとのことを部下たちに引き継いで、聖女アリシアの王城への帰還を門前で私とともに見送るしかなかった。
間違いなく私の夫だから、という理由で色々と嫌味を言われたりしていただろうが——それでも、決定的だったのは今日の一連の出来事だろう。
すっかり聖女アリシアに嫌われてしまったアイメル様は、どこか晴れやかな顔をしていた。
「嫌われてしまいましたね。申し訳ない」
「いいえ。妹が無礼な振る舞いしてしまい、こちらこそ」
お互いに謝って、それからおかしくなって笑ってしまった。笑っていられるような状況ではないのに、未だに私たちはお互いを気遣っていると思うと、おかしかったのだ。
「さて、王城騎士団の職を追われる羽目になっていなければよいのですが」
「……聖女の発言力は、それほどまでに大きいのでしょうか」
「分かりません。しかし、職探しをしておいたほうがいいかもしれませんね」
それは困る。その思いが私の顔に出ていたのだろう。
アイメル様は私を慰めるように、私の背中に大きくて温かい手を当てて家の中へ入るよう促す。
「そんな顔をしないでください。私は、大叔父たちのように自由に生きたことがありません。ですから、どんな状況でも楽しめるような器の男になりたいと思うくらいですよ」
「それでも……副団長という役職は、あなたの努力の結果でしょう。それを、こんなことで失わせるわけにはまいりません」
アイメル様は答えなかった。話題を変え、今日やることがなくなったから何かやることは、などと機嫌よく鼻歌まで歌っていた。
それが将来への不安を表に出すまいと取り繕った姿だとすれば、私は夫のために何ができるだろう。
(聖女が何だというの。魔法が使えなければ、ただの人間と同じでしょうに)
『灰色女』で非力な私にできることは、あまり多くない。
でも、私は復讐をすると決めていた。
(最後の復讐を始めましょう)
私は、ついに最後の一手を思いついたのだった。




