第七話
シェプハー家はどうやら、ごく最近大きな財を成した騎士家であるらしく、馬車は最新式のものだった。
「全然揺れないのですね。驚きました」
私の正面の席に座るアイメル様は、先ほどまでの饒舌さは消え失せて、緊張気味だった。
「はい、恥ずかしながら、代々の騎士の仕事だけでは食べていけず、商売のほうが軌道に乗りまして」
「商売? どのようなことをなさっているのですか?」
「ええと、そうですね……まず、私の大叔父が海運業を。そして父の弟である叔父が陸運業を」
何も知らない私へどう説明すれば伝わるかを考えながらか、アイメル様はゆっくり話す。
「たとえば、陸で多くの荷物を運ぶと、盗賊に襲われたり、馬車が通れないほど道が悪くて時間どおりにきっちりと荷物を運べないこともままあります」
「そう、なのですね?」
「ええ。なのでシェプハー家のツテで退役騎士を多く雇って、荷を運ぶ馬車団の護衛とスムーズな荷運びを売りにして、叔父は陸運業で成功しました。送った大量の品物が早く、確実に届く、というのは、多くの商人たちにとって画期的だったようです。大抵は途中で壊れたり、盗まれたりしますから」
アイメル様の話は、何とも私の知らないことばかりだった。
送った荷物が届かないということがある、というだけでも私にとっては驚きだった。オールヴァン公爵家が雇うレベルの専門配達人はともかく、それ以外ではどこでも荷物の安全は保証されず、中には半数以上届くことすらないという有様だそうだ。
「それは、商人の方々は大層お困りでしたでしょうね」
「ええ、自前の大量の輸送手段を持てるのは大商人くらいです。商人本人が馬車を率いることもありますが、やはり盗賊に襲われて、あるいは各地の関所で賄賂を払えずに積み荷を没収されることも珍しくありません」
「まあ、ひどい……」
「海もまた同じで、輸送帆船自体は多くあっても海賊の被害は大きく、船主や船員が積み荷を横領することもよくあります。しかし、船主へ抗議をしようものなら海に突き落とされて事故死扱いされることもあり、荷主側はあまり強く出られませんでした」
とんでもない話だ。
アイメル様は淡々と話しているが、私にしてみれば世間の闇に触れたような、おぞましいことばかりだった。
しかし、そのようなところで、アイメル様のご家族は懸命にたくましく働くことを選んだようだった。
「なので、各国であぶれた海軍の船乗りを集め、シェプハー家で騎士の訓練を受けさせることで出世の道を得られる代わりに三年間輸送船の護衛と荷運びを務める、という条件で雇ったのです。すると、大叔父の海運会社は船員がしっかり教育されていると商人たちから信頼を得て、大口の取引をいくつも受けられるほどになって……と、申し訳ない、このような話は女性にはつまらないでしょう」
私は首を横に振った。
「素晴らしいお話でしたわ。私は、何も知らないで屋敷の中にこもってばかりでしたから、外の話はとても新鮮で、ひどいこともたくさんあるようですけれど……」
「そればかりでもありません。それに、悪事が横行しているならば、それを正すのも騎士の務め。たとえ騎士の肩書きがなくとも、その行いは騎士道に沿うものである、と祖父も言っておりました」
なるほど、と私は腑に落ちた。
同時に、私は己の愚かさを噛み締めた。
(アイメル様のご実家では、ひどいことを見過ごさずに正す道を選んだ人もいる。もちろんそればかりではないだろうけれど、代々の騎士が騎士でなくなるのはつらい選択だったはず。栄誉を誇りに、王城で仕えていた方々にとっては、お金を稼げればそれでいいというわけではないでしょうし)
その苦労をアイメル様は語らない。
騎士が栄誉を失い、平民と同じ場で汗水垂らして働くというのは、不名誉そのものだ。たとえそれが騎士家の一員であっても同じで、苦境と没落を揶揄され、歯がゆい思いをしてきたに違いない。
アイメル様自身は騎士だ。でも、糊口を凌ぐために家族や親族が商いに手を出したことで、アイメル様自身も陰口を叩かれてきただろう。
なのに、アイメル様はそのことをおくびにも出さず、家族親族の成功を誇らしげに語っている。
(それに比べて、私はこの能力を得て、『灰色女』と罵ってきた相手に復讐しただけ。気は晴れたけれど、何の役に立ったのかしら。誰かに知られるわけにいかない能力で、陰から人を引き摺り落とすだなんて……よっぽど、私のほうが恥ずかしい行いをしているわ)
勝手なものだ。
私は復讐を否定はしない。
だけど、誇れることではないことも知っている。
そんなふうに勝手に落ち込んだ私に気付いたらしく、アイメル様は狼狽えていた。
「ど、どうしましたか? 何か、ご気分のよろしくない話をしてしまいましたか?」
「いいえ。大丈夫、心配なさらないで」
「ですが」
私は、精一杯、笑顔を作った。
「私の旦那様は立派な方で、立派なお家の人々を誇っておられると、知ることができましたから」
せいぜい、それが早とちりでないこと祈ろう。
少し困惑した様子だったが、アイメル様ははにかんで感謝を述べ、シェプハー家の屋敷に着くまで家族の話をずっと語っていた。
やっと私がアイメル様本人の話を聞けたのは、翌日以降のお義母様との面会のときだった。




