ツチウラサクラ9
はわわわゎ、どうしよう、私、してはならない質問をしてしまったの!?
質問に困惑を隠せず沈黙するトノサマフンガさんと、動揺し、頭の中がパニック状態の私。
電車内はとても静かなのに、落ち着かない空気が漂っている。
…とりあえず、謝っておこうかな。
「あ、あの、すみません、何かお気に障る事を言ってしまいましたか」
「う、ううん、べ、別に、だだだ、大丈夫だよ~ん」
そう言うトノサマフンガさんの笑顔は、バイブレーションのようにガクガクブルブルしながら引き攣っていた。
結局、その場を何とかやり過ごす事に精一杯で、質問の答えは聞けないままホテルに戻り、一日を終えた。
◇◇◇
トノサマフンガさんと別れてホテルに戻り、立ったまま上を向きながらシャワーでシャンプーを流しながら今日の事を振り返っていた。
Yubitaの登録を済ませて国からお小遣いを貰い、ある程度自由に生活できるようになった。
小さな頃に食べたショートケーキがきっかけで芽生え、いつの間にか忘れかけていたパティシエになる夢も実現出来そうで、とてもワクワクする。
不安に駆られていた心が、フンガ星の皆さんとの出会いを通じて少しずつ満たされてゆくのを実感し、生活は不慣れながらも日々充実しつつある。
今日一日で、希望の光が少し差し込んだ。
でもやっぱり、寂しい。
地球のみんなに、会いたくて仕方なくて、50億年という途方もないような距離にどうする事も出来ず、フンガ星に来てから毎晩、ホテルの部屋で一人泣いている。
「一人ぼっちなんてやだよ、フンガさんたちは側に居てくれるけど、でも、みんなに会いたいよぉ…」
地球のみんなの顔や思い出が次々と思い浮かばれる。
みんな、元気かな?
シャワーのお湯と混ざって、寂しさや心配、複雑に絡み合う気持ちが溶け込んだ温かい雫が頬を伝いぽろぽろと流れ落ちてゆく。
◇◇◇
翌日、私はフンガ星のことをもっと知ろうと、朝から一人で時原市街を散策していた。
時原島を出て、地球では私の生まれ育った街である、茅ヶ崎へ行ってみようと、最寄の本時原駅へ向かった。電車に乗る前に一休みしようと、ホームでベンチに腰掛け、温かい缶コーヒーを口に含んでいた。
フンガさんは五本の指がないため、缶は人間は地球同様にタブを指で起こせば開けられる。フンガさんは自販機に付属している開栓用の道具に缶をレバーがツメに引っ掛かるように固定し、レバー両手で握り下ろせば開けられる。
コーヒーを飲んでいる間、地球と同じ二本の鉄のレールの上を走る電車を何本か見送った。
本時原駅に来る電車は、オレンジと緑、青とクリーム色のものが主力で、色も形も地球に住んでいた頃よく利用していた東海道線や横須賀線にそっくりだ。
しかし、乗っているのはピンク色の動物ばかりで、その光景がとても奇妙。
建造物は人間とフンガさんが共同で利用出来るように寸法は人間用の規格で、扉などの可動装置は開閉に力が必要なため、人間より微力なフンガさん用に小さく設計されている場合もある。
地球より文明が発達しているフンガ星では、宇宙旅行は当たり前、生活インフラでは指紋、静脈認証による決済や施錠、水力で走る車など、私にとって物珍しい技術の宝庫だ。
そんなこの星で、旧式の鉄道や地球にあるものと同じブランドの社名などを目にすると、少し安心する。
食文化の違う外国で日本産のお米を食べた時のような感覚だろう。
しかし、異なる部分はあるものの、フンガ星の地形が地球とよく似ているというのは奇妙でもあった。
「本時原駅をご利用いただきまして、ありがとうございます! まもなく6番線、伊豆大島方面より、試運転列車が到着致しま~す! 危険ですのでなるべくホームの内側へお下がり下さい」
アナウンスは、きゃぴきゃぴした女性の声だった。
ガシャンガシャン、ガシャンガシャン、くふぉぉぉぉぉん。
まもなく目の前へステンレスの車体に水色と群青色の帯を纏った綺麗な電車が入って来た。これまで見送った電車より遥かに静かだ。
緑色っぽいUVカットガラス越しに車内を覗いてみる。
蓬色の壁面、草原のようなグリーンの床には小さな黄色い花のような模様が描かれている。他に木のように茶色い椅子と吊り革、出口の扉は切り株のような肌色で、その上にモニターが二台。車内はまるで森のようだ。後ろの方に二両連結されている二階建ての車両は、さきほど見送った電車たち同様、そして地球の電車同様、きっとグリーン車だ。
「こんにちは! お客さま、お一人ですか?」
「はいっ!?」
「あ、はいっ!?」
電車を観察していると、左斜め上から不意に先程のきゃぴきゃぴした声で話し掛けられ、びくっとした。
口に含んだばかりのコーヒーを吹き出さなくて良かった。
ベンチに腰掛けたままふと見上げると、身長が150センチくらいの栗色でポニーテールの可愛らしい駅員さんが、にこにこしながら私を見ていた。
「あわわ、ごめんなさい、びっくりさせちゃいました!?」
「えぇ、少しびっくりしてしまいました。ですが、お声をかけて頂いて嬉しいです。私、フンガ星に来たばかりで、人間の方を目にする事が滅多にないものでして」
「そうなんですかぁ。私は去年の今頃フンガ星に来たんですけど、今でも人間の方とお話しすることはあまりないんですよ。だから嬉しくて、つい話し掛けちゃいました! 服装で判ると思いますが、私、本時原駅とその周辺の駅で働いてる友部水希っていいます! もし良かったら、お友達になりませんか?」
言って、友部さんは名刺を差し出してくれたので受け取る。
『日本鉄道株式会社 友部水希 Japan Railway Company Mizuki Tomobe』
と表記されている。
あ、地球で行方不明者続出事件の被害者としてニュースに写真が出てたあの人だ。
「はい、こちらこそ、よろしくお願いします! あの、私、身分を証明出来る物は持ち合わせていませんが、土浦桜と申します」
人との出会いが嬉しくて、声が裏返りそうなくらい高揚してしまった。
「えっ!? どうしたの!? 泣いちゃってる!?」
「私、友部さんがフンガ星で初めての友達なので、嬉しくて…」
「そうかぁ、フンガのみんなは温かいけど、人が居ないのは寂しいもんね! 私のことは水希って呼んでね!」
フンガ星に来て初めてのお友達が、本当に嬉しくて、無意識のうちに流していたんだ。
「…自殺なんか、しなくて良かった」
「ん? 何なに?」
「いえ、なんでもありません」
「そっか! ならオーライッ!
ところでさ、この会社の湘南支社が営業地域分割化で湘南会社、つまり湘南太平洋鉄道に吸収合併されるんだけど、良かったら湘南会社の採用試験受けてみない? 分割化を機に鉄道だけじゃなくて、未開拓の部門に挑戦しようって方針があるから、桜ちゃんがやりたい事にも挑戦出来るかもよ?」
「未開拓の部門、ですか。私、ケーキ屋さんになりたいんです」
「おおっ! いいねぇ! フンガ星にはケーキ無いし、生クリームも、牛乳も無い。完成したら私も食べたい! あっ、ちょうど良いところに駅長だ。お~い!! えきちょー!!」
白い制服を纏ったフンガさんが水希さんの呼びかけに反応し、こちらへ軽くスキップしながら来た。
「ほいほ~い♪♪」
「駅長、ケーキって知ってる?」
「計器?」
「いや、ケーキっていう地球の洋菓子なんだけどさ、甘くて凄く美味しいの! どう、食べたくない?」
「おごってくれるの?」
「重役が平社員にたかるとか、どんだけケチなんだよってツッコミたくなるけど、社員食堂でタダで食べれるようになるかもよ?」
「ほほぅ、そりゃグゥだね」
「だってさ桜ちゃん! 良かったね!」
「えっ!? 何!? 話が見えないよ」
「駅長はこれから私が作る企画書に黙ってハンコ押せば良いから」
「なんだって!? この前水希の書類に黙ってハンコ押したら百万するギター買わされたじゃないか!!」
「まぁまぁ、今度のはビジネスチャーンスだからっ!! キリッ!!」
言って水希さんは額に手を当て、言葉通りキリッと敬礼した。
「そんな事言って今度は家でも買わす気か!?」
「あっ、電車来るから放送しなきゃ! 桜ちゃん、またね!」
「あ、はい、さようなら」
水希さんは駅長さんを軽く遇ってホームの向かい、5番線側へ歩いて言った。
「おいコラー!! 逃げんなー!!」
駅長さん、なんだか水希さんのお尻に敷かれているようだった。
「桜ちゃんっていうのかい?」
「あっ、はい」
駅長さんに急に話しかけられて少しびっくりした。
「良かったら、水希と仲良くしてくれる? ケーキってのも作ったりしてみてさ」
「はい、逆に私が仲良くしていただきたいくらいです」
「そっか! そりゃ良かった! 水希はああ見えて寂しがりだからさ、同じ人間の桜ちゃんが居てくれれば凄く心強いと思うんだ」
駅長さんは自分の事のように満面の笑みで喜んでいる。
「駅長さん、良い人、いえ、フンガさんですね」
「おおっ! 見る目あるねぇ!! そりゃなんてったって本時原駅長だからね!!」
いいなぁ、こういう上司とか、アットホームな職場環境。この会社、受けてみようかな。
「駅長さん、私、この会社、受験してみようと思います」
「おおっ!! そりゃ良いこった! 機会があったらぜひ一緒に働こうじゃないか!」
「はい! 私、頑張ります!!」
「気合いだー!! エントリーは湘南会社のホームページか履歴書の郵送で出来るよ~ん♪♪ わかんない事あったらいつでも駅に聞きに来てね~♪♪」
「はい、ご親切にありがとうございます!!」
よし、まずは採用試験に向けて頑張るぞ!! 気合いだー!!
※作中の『日本鉄道株式会社』は、かつて実在した同名の組織とは異なります。




