ツチウラサクラ10
フンガ星に来て初めての『人間』のお友達、水希ちゃんは日本王国で最大手の鉄道会社、日本鉄道の駅員さん。地球では行方不明者として連日報道されていました。今頃、私の事も報道されてるのかな。
来年4月、日本鉄道は分社化により、私たちの住む時原島や伊豆、小笠原諸島と湘南地域の営業エリアの一部が同業他社で国王のトノサマフンガさんが筆頭株主である湘南太平洋鉄道に移管する運びとなりました。私はケーキ屋さんになる夢を叶えるため、湘南太平洋鉄道、通称『湘南会社』への就職を希望しています。
ケーキ屋さんになるために鉄道会社へ就職というのは少々おかしな話に聞こえますが、湘南会社は新しい事業に積極的に取り組む風土があり、ケーキ屋さんが存在しないフンガ星に新しい文化を取り入れようと、なんと今のところ一人の利用者である私が希望したケーキの製造、販売のプロジェクトを会社ぐるみでプッシュしてくれる意向を示してくれました。ただし、ケーキ屋さんの発足を会社は前向きに考えてくれているとはいっても、私自身がそのプロジェクトに携わるには、当然ながら採用試験をパスしなければなりません。そこで今日は日本鉄道から湘南会社への編入が内定した水希ちゃんと一緒にエントリーシートの作成や就職試験対策をしています。過去の試験内容や、会社がどのような人を求めているか、社風は和気藹々としていて働きやすいなど、色々教えてくれてとても助かっています。水希ちゃんによると、今年度は業績不振である日本鉄道の営業エリアを引き継ぐため、試験のハードルは例年より高いかもとのことです。頑張らなきゃ!
「桜ちゃんが帰った後、駅長が湘南会社の幹部にケーキ屋さんをやってみようって話をしてみたら、幹部のフンガたちも結構乗り気になったみたい。頑張れば夢は叶うよっ!」
「うん! 私、頑張る!」
言いながら、柄にもなくガッツポーズで気合い注入!
まずはホームページや水希ちゃんから貰った会社のパンフレットで会社概要をチェック。
資本金500億円、昨年度の売上高は約1兆5000億円、企業理念『優しさで世界は変わる』、事業内容は旅客鉄道事業、IT関連事業、出版事業、エンターテインメント事業、建設事業、その他、生活水準を向上させるための事業。と、いうように、覚える事は多々ありますが、その中で心の温かさと理想に向けたチャレンジ精神を感じる企業理念は私のお気に入りです。
インターネットで会社概要や社員紹介のページを一通りチェックした後、次はいよいよエントリーシートの作成です。予め用意されているエントリー用のページに住所、氏名、年齢、性別、種族(人間またはフンガ)といった基本情報を入力し、送信。その後すぐに会社から自分のパソコンに応募フォームが返信され、それに記載された質問に答えてゆきます。
質問内容は以下のようなものです。
・あなたが当社で挑戦したい仕事は何ですか(複数選択可)。『選択肢:駅係員、車掌、運転士、車両メンテナンス、保線、土木、建築、生活サービス、IT、未開拓事業、その他』。未開拓事業、その他を選択された方は、その内容を簡潔に入力して下さい(例:アパレル関係、ミュージシャン、飲食店等)。
最初はどの会社でも訊かれそうな基本的な質問でした。私が挑戦したい仕事はケーキ屋さんなので、ケーキの存在を知らないフンガ星の方にも解るように『ケーキと呼ばれる洋菓子の製造、販売』と入力。
・あなたは何故フンガ星で新しい人生を始めたのですか。(文字数無制限)
夢を叶えるため、かな…。
移住者向けらしい質問です。私はケーキ屋さんになる夢を叶えるためと、ひょっとしたらいつか地球に帰還出来るかもという一縷の望みを持ってフンガ星で生きると決めましたが、後者を入力すると中途退職するのが前提と思われそうなので、控えたほうがいいかも。
・あなたが生きる上で大切にしていることを、理由を織り交ぜて具体的にお願いします。(文字数無制限)
私は自分を支えてくれている全てに感謝しながら生きていますが、これに理由を織り交ぜて入力するのですね。
・あなたが考える『社会人』とは、どのような人のことだと思いますか。400字以内でお願いします。
社会人かぁ、まだ学生の私にとってそれは少し難しい質問です。ただ、無難な表現や封建的な表現は私の考えとは違うし、会社からも嫌がられそうだから避けたほうが良いかも。
・当社の企業理念に『優しさで世界は変わる』とありますが、『優しさ』とは具体的にどのようなものと思いますか。
こういった哲学的な質問は偽っても仕方ないので私の持論を正直に述べようと思います。湘南会社の応募条件は人間の場合、『今年度末までに中学校卒業見込み以上』ですが、これは中学生にとってはやや難問ではないでしょうか。過去の実績として、成人の方が多く採用されているのは納得です。
◇◇◇
「桜ちゃん、ES作る前にちょっと息抜きしよう? きっとその方が良い文章が出来るよ」
「そうですね、私もちょうど休憩したいところです」
私はページからログアウトし、ブラウザを閉じてからタブレット式のコンピュータを、作業をすぐに再開出来るスリープモードにしました。眼と肩が重たいので、ちょうど良いタイミングでの休憩です。
「だよね~、1時間くらい作業してるもん。私なんか40分もたないよ」
「はい!」
「はい! っておいっ! 後のは否定してほしいなぁ~」
いけない! 失礼な返事をしてしまいました…。
「うぅ、ごめんなさい…」
「冗談だよ、ジョーダン」
ははっ! と、軽く笑いながら、水希ちゃんは私の失礼を許してくれました。なんと心の広い方でしょう。
「すみません…」
「いいのいいのっ。それにしても、私のおバカな冗談、誰も否定しないんだよなぁ」
水希ちゃんはそう呟きながらキッチンへ向かい、棚の中から赤い紙箱に入ったクッキーを持ってきてくれました。
「フンガ星にもクッキーあるんですね」
「うん、ステラおばさんに敵うかわからないけど、なかなか美味しいよ」
見た目は地球のクッキーとそっくりで、丸くて少し膨らんでいます。水希ちゃんに勧められ、私はそれを一口パクリ。
「うん、美味しい!」「でしょ! 水希ちゃんも美味しいケーキ造れるといいね!」
「頑張ります!」
「頑張れ! ところで話は変わるけど、桜ちゃんって地球では何処に住んでたの?」
「私は神奈川県の茅ヶ崎という所に住んでいました」
「えっ!? 私も茅ヶ崎だよ!! 茅ヶ崎のどの辺に住んでたの?」
「東海岸です。お洒落なお店が沢山あって、とても楽しい街ですよ」
「おお! 私は中海岸だよ! 近所だね!」
「はい! 中海岸ってことは、同じ道で繋がってますね!」
「鉄砲道だね! そうそう、鉄砲道にあるケーキ屋さんのフルーツケーキが美味しくて、よくおやつにしてた」
「あっ、あのお店ですね! 私もフルーツケーキ、好きです。フルーツだけじゃなくて、クリームも滑らかで程よいコクがあって、私もあんなケーキがつくれたらなぁ、って憧れてます」
「期待してるよ、桜ちゃん!」
「はい! ご期待に応えられるよう、頑張ります!」
水希ちゃんが近所に住んでいた事は、実は地球のニュース番組や、同級生たちの噂話を聞いて知っていました。
私たちが住んでいた海岸地域を一直線に貫く『鉄砲道』は、戦中に鉄砲を持った兵士たちが行進していたという歴史があるそうです。その道にあるケーキ屋さんは、私のお気に入りのお店で、なめらかな口当たり、コクと深みのがありながらしつこくない甘さのクリームの上にストロベリーやキウイ、薄切りの皮つきアップル、ブルーベリーがトッピングされた爽やかなケーキはクセになります。私が誕生日を迎えると、おじいちゃんがそのフルーツケーキを買ってきてくれました。
私もあんなケーキをつくってみたいな。
記憶が定かでないくらい幼い頃、そんな憧れが芽生えました。けれど小学校、中学校、高校と時が流れるにつれ、学業に追われる日々が続き、夢は片隅に置かれ、事実上諦めてしまいました。
諦めていた夢へと挑む試験、勝負事が嫌いな私の、一世一代の大勝負が、地球から50億光年離れたフンガ星で、幕を開けます。




