王女は水辺に
能力の整理が終わった以上、次にやるべきことは決まっている。
「仕事だ」
生きるのには金と信用がいる。
そして、それを一番効率よく得られるのが――ギルドだ。
俺は冒険者ギルドの扉を押した。
相変わらず騒がしい。
依頼板の前で腕を組む冒険者たち。酒を飲む連中。
そして、こちらを見る視線。
「……あ、遊泳の人だ」
「水限定のやつ」
想定内。気にしない。
「水辺関係の依頼を」
受付に立った金髪の少女――レミィは、すぐに頷いた。
「あります。港湾部の水路点検と、運河の簡易調査です」
「危険度は?」
「低。報酬も高くはありません」
「十分だ」
俺は依頼書を受け取った。
実績が欲しい。
派手さはいらない。
運河沿いは、人目が少なかった。
街の喧騒から少し離れただけで、空気が変わる。
水の流れ、石壁の反響音――感覚が研ぎ澄まされる。
俺は運河に入り、【遊泳】を発動させた。
異常なし。
水質良好。
構造物の損傷も見当たらない。
「……順調だな」
そう思った瞬間だった。
水面近くに、不自然な影。
人影――いや、女の子だ。
「……?」
俺は静かに浮上した。
岸に、フードを深く被った少女が座り込んでいる。
息が荒い。服は汚れ、靴も擦り切れている。
「……大丈夫か」
声をかけると、少女はびくっと肩を震わせた。
逃げようとしたが、足に力が入らないらしい。
「来ないで……」
震える声。
追われている?
それとも、ただ怯えているだけか。
俺は一歩下がった。
「安心しろ。傷つけたりしない」
「……ほんとに?」
「ああ。ギルドの依頼中だ」
それが一番、嘘がない。
少女はしばらく俺を見つめ、ようやく息を整えた。
フードの隙間から見えた金髪と、澄んだ瞳。
……身なりは貧相だが、育ちは隠せない。
「……名前は?」
問いかけると、少女は一瞬だけ言葉に詰まった。
「……セラ」
偽名だろう。
だが、深追いする理由はない。
「追われてるのか?」
少女は、少しだけ視線を逸らした。
「……帰りたくないだけ」
それ以上は言わない。
なるほど。
家出、か。
「なら、今は人目の少ない場所にいた方がいい」
「……あなたは?」
「ただの冒険者だ。水辺限定だがな」
自嘲気味に言うと、少女は小さく笑った。
「変な人」
「よく言われる」
一瞬、沈黙。
だが、不思議と気まずくはなかった。
「……ねえ」
少女が言った。
「あなた、水の中にいる時、怖くないの?」
「怖いな」
俺は即答した。
「でも、怖いから考えて、備える」
少女は目を見開いた。
「……それ、変じゃない?」
「そうかもな。けど合理的だ」
そう答えると、彼女はなぜか安心したように息を吐いた。
「……もう少し、ここにいてもいい?」
「構わないが、おしゃべりの相手にはなれないぞ」
「ふふ……冷たいけど、優しいんだね」
その言葉に、俺は何も返さなかった。
否定もしない。肯定もしない。
ただ、水の流れを見つめていた。
この少女が――
第三王女で、逃げてきた存在だと知るのは、もう少し後の話だ。
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