事実確認
俺は感情に任せて動くのが嫌いだ。
理由は単純で、感情はたいてい判断を鈍らせる。
才能がない人間ほど努力を美徳にするし、才能がある人間ほど失敗を経験していないから過信する。
どちらも、危険だ。
「……だからまずは、事実確認」
スキル【遊泳】のだいたいの能力は把握できた。
水中での移動速度。呼吸の必要がないこと。視界が確保され、音や振動まで拾える感覚。
どれも昨日、川で体感した内容だ。
だが、「把握」と「理解」は別物だ。だから、
「一つずつ潰していく」
まずは呼吸。
水に入った瞬間、胸の違和感は一切なかった。
肺が水を拒絶しない。苦しさも、焦りもない。
「……時間制限、なし」
少なくとも体感では、どれだけ潜っていても問題はなさそうだ。
溺死の概念そのものが消えている。
次に視界。
水中で目を開く。
濁りは補正され、遠近感も狂わない。川底の小石の形までくっきり見える。
「光量補正あり……夜間や深所でも通用する可能性が高いな」
次は移動。
流れに逆らって泳ぐ。
水の抵抗がほぼ存在しない。
全力で身体を動かすと、陸上での全力疾走に近い速度が出た。
「……想像以上だ」
戦闘能力が皆無でも、この移動性能は無視できない。
逃走、攪乱、位置取り――使い道はいくらでもある。
次は索敵。
目を閉じると、水を伝って振動が伝わってくる。
魚の動き、岸を歩く人の足音、遠くの水流の変化。
「……擬似ソナー、か」
索敵能力としては破格だ。
不意打ちされる心配はほぼない。
最後に疲労。
十分以上、水中で動き続けても息が上がらない。
筋肉の疲れも最小限だ。
「スタミナ消費が異常に低い……スキルによる補助か」
俺は水面から顔を出し、川岸に腰を下ろした。
「結論」
スキル【遊泳】は、単なる生活スキルじゃない。
「水中という環境を、完全に自分の領域にする能力だ」
索敵、移動、生存。
水がある限り、俺は圧倒的に有利になる。
だが同時に――
「陸では、何の取り柄もない」
剣も振れない。魔法も使えない。
スキルが発動しなければ、ただの一般人だ。
「才能がない、か」
俺は川面を見つめながら、静かに思う。
「違うな。才能が“狭い”だけだ」
使える場所が限定されている。
それだけの話だ。
この世界には川があり、湖があり、海がある。
水路、港町、水棲魔物、海底遺跡。
水が関わる場所は、思っているよりずっと多い。
「……やりようはある」
誰かを驚かせたいわけじゃない。
評価されたいわけでもない。
ただ――無駄死にはしたくないだけだ。
感情で動いて失敗するより、
事実を積み上げて、確実に生き延びる。
「それが一番、合理的だ」
俺は立ち上がり、街の方を見た。
次にやるべきことは決まっている。
――この能力を、どう“仕事”に変えるか。
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