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第六話


 この日セラ達は、かつてルー帝国と呼ばれた領土にある一つの町に辿りついた。


 アスギルが反旗を翻して以来、度重なる他国からの襲撃と魔物の来襲によりまともな姿を残す街は少なかったが、この日辿り着いた町は大きな被害もなく元の姿を取りとめたままの、小さいながら一見豊かな町だった。



 アスギルを倒し平和な世界を取り戻そうとしているのは何もセラ達一行だけではない。幾多ものグループがアスギルを目指す旅を続ける中、ウィラーンの王子ラインハルトを伴った一行はその中でも噂に上るグループであった。

 だからと言って彼ら四人の顔を見知るものはない。

 そのため常に威圧的態度を隠そうともしないラインハルトと、絶世の美貌を湛えるフィルネスのお陰で彼らは極めて目立った存在となり、その中にあって特に異質な瞳を持ったセラの存在は、立ち寄る町という町から集落で忌み嫌われ、いざこざを仕掛けられる事も度々あった。

 それを諌め収めるのが唯一まともに見えるカオスである。

 戦いの時とは違い、カオスは生まれながら騎士となるよう育ち、紳士的行動が嫌味な程身に付いている。穏やかで優しい雰囲気を醸し出しており、ラインハルトとフィルネスが起こしかける揉め事を穏便に済ませるのがカオスの役目となっていた。



 「いいわね、二人とも今度こそは絶対に大人しくしてるのよ。今度という今度だけは町で揉め事起こしてカオスを困らせないで。」

 セラの言葉にラインハルトは口を噤み、フィルネスはけっと唾を吐く。


 ラインハルトの場合、射殺すような鋭い眼光を向け相手を威圧し、向こうが勝手に勘違いして剣を抜かれる事もしばしば。決してラインハルトだけのせいではないと思いはするが、もう少しカオスを見習って人間性にゆとりを持ってもらいたいものだとセラは願っていた。

 フィルネスとてそうだ。美しい容姿を持つ魔法使いに興味を示した者達がフィルネスを勧誘し、それに対してフィルネスは悪戯に魔法を仕掛け相手を煽る。怪我をさせなければいいだろうと言いながらも、相手は自滅し怪我所では済まない状況になってしまう事も多々あり…

 何しろ二人とも売られたケンカは必ず買うという性格で、ラインハルトの場合相手を殺してしまいかねない。

 そこで今回は少しでもカオスの苦労を減らす為、セラは仕掛けて来た相手の命を守る名目でラインハルトに付き纏う事にした。

 


 セラが付き纏わずともラインハルトの方がセラから離れはしない。しかしいつもカオスに寄り添うセラが今回は常に自分の側にあると言う事で、決して顔に出る事はないがラインハルトはかなりの上機嫌だった。

 「何でそんなに不機嫌そうにしてるのよ。」

 いや…決してそうではなくその反対で上機嫌なのであったが、ラインハルトの表情は硬く、セラに危害を加える者がないかと辺りを監視しているせいで表情が緩む事はない。

 「そんなにわたしと二人で歩くのが嫌?」

 それだけは絶対に有り得ないと声を大にして言いたいが、ラインハルトの口からその言葉が発せられる事はなく、返事をする事すら出来なかった。

 いつもの事とは言え、不機嫌そうに隣を歩くラインハルトにセラはムッとする。

 「わたしと歩くのが嫌なら揉め事起こさない努力しなさいよっ。ほら、さっさと済ませて宿に戻るわよ!」

 二人は旅に必要な物を調達する為に買い物の最中であった。

 小さな町とはいえ人通りの多い中心街、セラは逸れない様にする為ラインハルトの逞しい腕を引いて歩き出した。



 セラは小間物屋の前で歩みを止めラインハルトから手を離す。

 摺り寄せられた温もりが消え、ラインハルトはがっかりするがその感情を決して表には出さない。

 ここにカオスやフィルネスがいたならラインハルトの僅かな表情の動きを読み取る事が出来た筈だが、残念ながらセラはその高等な観察眼を持ち合わせてはいなかった。


 「これなんかどう?」

 手にした短刀は仕留めた肉をさばく為の物。それをラインハルトが受け取り指で弾く。

 「悪くはないが強度が足りない。」

 相手がセラでなければ説明など口にする事もないが、ラインハルトはセラと経験する初めての買い物に心穏やかだった。そうでなければさっさと目ぼしい品に決め、直ぐ様支払いを済ませてしまっている所だ。

 「そうか…わたし刃物に対する見る目ないんだよね。」

 それだけではないだろうと、フィルネスなら間違いなく頭をはたいたであろう呟きすらラインハルトには微笑ましく感じられる。

 「じゃあこれにしよう!」

 「それは獣を捌くのには向かない」

 言いながらラインハルトは商品の中から瞬時に短刀を選び出しセラに手渡した。

 「これならフィルネスも文句は言えないだろう。」

 「そう?じゃあこれにしよう。」

 店の主人にセラが短刀を見せ支払いを済ませる間、ラインハルトは店の主人に睨みを利かせる。セラの非対称の瞳に難癖を付け物を売らないと言いださせない為だったが、店の主人はラインハルトの鋭い眼光ばかりが気になり、セラの異質な瞳に気付く隙はなかった。

 「どうかした?」

 「いや…」

 ラインハルトのした事に気付かず、セラは再びラインハルトの手を引いて通りを歩き出した。


 

 買い物を済ませて宿に向かっていると、セラは道すがらに湯屋を見付ける。

 今夜止まる宿に湯を張った風呂はなく、このまま帰っても何時も通り身体を拭くだけで終わってしまうだろう。

 久し振りに厚いお湯に浸かりたいと思っていると、ラインハルトがそれに気付き入浴して来るように勧めた。

 「う~ん、そうね。また後から改めて来る事にするよ。」

 傍若無人で何をするか解らないラインハルトを人混みで一人にする事だけは出来ない。

 「案ずるな、こんな所で剣を抜いたりはせん。」 

 「でも…そんなに入りたい訳じゃないし止めとくよ。」

 「信用ならぬなら剣をお前に預けよう―――」

 言いながらおもむろに剣を鞘ごと腰から外しにかかるのを、セラは慌てて止めた。

 戦士が剣を持たないなどあり得ない事だ。しかも…ラインハルトなら素手で幾らでも人を殺める術を知っている。

 「じゃあさ、ちょっとだけ。直ぐに戻って来るからラインハルトはここで待ってってくれる?」

 「解った。」

 「絶対よ、何があっても剣を抜いちゃいけないし、人に怪我もさせちゃいけない。なるべく人と目も合わさない方がいいと思うんだ。どう、出来る?」

 心配そうに見上げるセラに、ラインハルトは見て解る様に微笑んだ。

 「問題ない。」

 答えると同時にセラの肩に中年の男が擦れ違い様にぶつかって来た。

 セラは勢いでよろめき倒れかけるが、咄嗟に差し出されたラインハルトの腕に受け止められ、ラインハルトはセラから手を離す。

 するとラインハルトは舌の根も乾かぬうちに、セラにぶつかって来た男の胸倉を掴みあげた。


 胸倉を掴まれた男は悪態を吐く。

 「てめぇ何しやがんだ!?」

 「命が惜しくばった物を出せ」

 「はぁ?!何言ってやが…っ!」

 男はラインハルトを睨みつけた瞬間その場で凍りつく。

 「死に急ぐか―――」

 ラインハルトの大きく逞しい腕が男の首に回され、もう片方の手が頭を支えた。

 「止めてラインハルトっ!」

 セラがラインハルトを止めようと腕に縋り付くが力が加えられて行くのを感じる。

 「止めて止めて止めてっ!!」

 セラの叫びもラインハルトの耳には届いていなかった。

 

 ラインハルトは男の首を圧し折りにかかっていた。

 男が苦しそうに唸る。

 名を呼んでも叫んでも、セラの声はラインハルトには届かない。

 セラは咄嗟にラインハルトの腕にしがみ付くと、渾身の力でその腕に噛み付いた。


 浮き上がった筋肉に刺さる歯の感触にラインハルトは視線を向けた。

 男の首を圧し折ろうとする腕にぶら下がり、歯を突き立てるセラが目に入る。

 

 我に返ったラインハルトは男から腕を離し、掏られた財布を男の懐から抜き取った。

 男は咳き込みながら真っ青な顔でその場に崩れ込む。


 「セラ―――」

 腕に噛み付いたままのセラをそのまま抱き寄せ、そこセラはでやっとラインハルトの腕から口を離す。

 腕にはセラが噛み付いた跡がくっきりと残り、僅かに血が滲んでいた。

 「セラ。」

 ラインハルトはセラに財布を差し出す。

 悪いのは財布を掏った男だ、そんな事セラにも解っているのだが…

 「命を奪うような事じゃないっ!」

 目に涙を浮かべ唸るセラに、ラインハルトは返す言葉がなかった。

 セラはラインハルトと視線を合わせる事なく手を取って宿へと歩き出す。






 宿に付くとセラはラインハルトを部屋に押し込み、自身も与えられた部屋に飛び込んだ。

 直ぐ様後を追って来たラインハルトが扉を押し開け入室して来る。


 「すまない、悪かった。」

 セラは唇を噛み、一言も発する事なく身体を震わせていた。

 人の死を極端に嫌う娘だと言う事は共に旅を続けていて解っていた。自身の経験から、人が苦しみ死に行く姿を見たくないというのが旅に同行した理由の一つでもあったと聞いた気もする。

 「セラ、悪かった―――」

 ラインハルトはセラの目の前まで足を運び、その場に跪く。


 唇を噛み締めるセラの瞳から、涙がぽろぽろと溢れ出てラインハルトに零れ落ちて来た。

 その涙を止めようとラインハルトはセラの頬に触れ必死になってすくい取ろうとするが、セラの瞳からは後から止めどなく涙が溢れ出て来る。

 

 泣かせた―――セラを傷つけ泣かせたのは自分だ!

 ラインハルトの胸が苦しく詰まる。

 溢れる涙を止める術が解らなくてラインハルトはなんと無力なのかと痛感させられた。

 

 「すまぬセラ―――頼む、頼むから泣きやんでくれ―――」

 

 ラインハルトは懇願する。


 「お前が泣くとどうすればいいのか解らなくなる。我が悪かった…頼むから、もうこれ以上涙を流さないでくれ―――」


 跪きセラの頬を伝う涙をすくい取りながら懇願する。


 セラを傷つけるのはいかなる者だとしても許せない。

 それなのに今セラが流す涙は、ラインハルト自身がセラを傷つけ流させている涙だ。


 「セラ―――頼むから―――涙を止めてくれ」

 消え入りそうになる声でラインハルトは懇願する。

 

 何故泣かせてしまうのか、傷付けてしまうのか…

 愛しい者の涙ほどラインハルトを締め付け苦しめる物はない。

 全ての原因は自分にある。

 愛しいのに、自身の浅はかさがセラを傷つけ泣かせてしまう。

 幸せに、守ってやりたい存在だと言うのに…それを叶える事がこれ程困難だとは思いもしなかった。





 「ラインハルトは国を守る為にここにいる。わたしは、人の死が嫌でここにいる。お願い…殺さないで…お願いラインハルト―――」

 

 暫く後、やっと待ち望んだセラの声が聞けた。

 涙を零しながら、頬に触れるラインハルトの手に己の手を重ね、セラは懇願するように囁く。

 

 「どんな理由であったとしても、もう人が死ぬのは嫌なの―――」


 セラの懇願にラインハルトは切ない眼差しを向け、その手を取り引き寄せた。

 「許せ―――」

 重ねたセラの指に口付け、ラインハルトはゆっくりと立ち上がるとセラを抱きしめる。

 セラはその大きな背に己の手を回し、縋りつくように力を込めた。


 ラインハルトはセラの頬に伝う涙を大きなごつごつとした掌で拭い、頬を包み込んだ。



 互いの視線が絡み合い―――

 二人はどちらからともなく唇を重ねた。

 

 




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