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第四話

 夜の帳が下り、漆黒の闇で森が包み込まれる。

 疲れた体を横たえる面々の中で、セラは魔物避けの結界を張り彼らの安眠を守っていた。


 カオスの傍らで膝を抱き、セラは燃える焚火の炎をじっと見ている。カオスとフィルネスは地面にマントを強いて横たわり、ラインハルトは大木に背を預け目を閉じていた。

 

 皆が疲れた体を休めてはいるが、何かがあれば直ぐに目を覚ます。この中で完全に熟睡してしまう目出たい存在はセラくらいだった。

 

 睡眠時の結界はセラとフィルネスが交代で当番している。寝入りから深夜までがセラの役目で、それから早朝までがフィルネスの役目だ。セラは起きているのは平気だが、一度眠ると朝まで目覚めない。そのせいで必然的にフィルネスが深夜から朝に向けて結界の当番になっていた。

 

 セラは焚火に照らされるラインハルトをちらりと見やる。

 木に背を預け、大ぶりの剣を抱いて眠る獅子の姿。

 ウィラーンの王子で、自国を守る為にアスギルに戦いを仕掛ける旅に出た人。国を守ると言えば聞こえはいいが、自尊心が強くアスギルに自分の国を奪われるのが我慢ならないだけの我儘王子だとフィルネスが言っていたのを思い出す。

 「我儘か…」

 それでも国を守る為王子自らが命を賭ける姿は、ウィラーンの国民にとっては力強い存在になるだろう。役に立たない力不足の従者ではなく、気に食わない相手と手を組み旅を続けるラインハルトの姿を見ていると、過去に戦火に追われた経験のあるセラはラインハルトの様な人物が王になるのは頼もしく、そして相応しい事だと感じてしまう。


 しかしそれでも少し怖いと感じているのは事実だ。

 殺されそうになったからではない。あれは自分のせいでもあるし、あの事があってからラインハルトがやっと自分を見てくれるようになった。それまでは煩そうに一瞥を送られるのが精一杯の接点だったが、今は気付けば視線を感じる事がよくある。

 今までは無知だったからラインハルトを怖いと感じた事はなかったのかもしれない。それが今日は確実に怖いと感じた。

 地面に押さえつけられた力が…降り注がれた視線が、セラが今まで知らなかったラインハルトを刷り込ませてしまったからだ。

 カオスの腕に守られても安心感しか湧かない。フィルネスは悪態をつきながらも守ってくれているのは解るが、結してその腕の中に抱き締めたりはしない。それでも二人からはひしひしと愛情を感じる。初めて与えられた温かな眼差しに戸惑うが、その心地よさに安心してしまうのだ。

 だがラインハルトに抱き締められた時、セラは言葉で表せない何かを感じた。

 怒りに燃えたラインハルトに体を触られた事も原因の一つだったが、踏み出してはいけない一歩をそこに感じるのだ。ラインハルトの腕の中にいる事を望んでしまいそうになる自分がいる―――

 「そんな事無い、錯覚よ錯覚―――!」

 セラは頭を抱え、脳裏に過った考えを否定するかに左右に首を振った。

 

 空気の流れを感じ取ったラインハルトが漆黒の瞳を覗かせ、頭を抱えたセラと視線がぶつかる。

 セラははっとし、慌てて視線を外して地を這い更にカオスへと寄り添った。



 目が合った瞬間、セラに視線を外されたラインハルトの胸がつきりと痛んだ。

 そのままカオスににじり寄るセラの様子を目にし、ラインハルトは夕刻の出来事を思い出しそれを後悔する。

 何の迷いもなく裸体を曝したセラに怒りが沸き、必要以上に怖がらせてしまった。

 もともと怖がらせ身に刻ませるつもりでやった事だが、ああまでする必要もないのだ。きっとカオスなら落ち付いて優しく言葉で諭す事が出来たであろう。


 そこまで考えてラインハルトはふと疑問に思う。

 何故優しく諭す必要があるのか。何故、自分は後悔するのか。

 生まれて初めての感情。セラに対してだけ不思議な感情が沸き起こる。

 カオスにすり寄るセラを見ていると、何故ああもカオスに懐いているのか…何故傍らにいるのが自分ではないのかと思い、また何故そう思うのかも分からずセラを睨みつける。

 人を射殺さんばかりの鋭い眼光を送られ、セラは身を縮め更にカオスに身体を寄せた。






 

 それから数日後、旅を続ける彼らに魔物が襲いかかった。

 魔物とはアスギルが魔法で作り出した、もともとは地上に存在しなかった異質な動物だ。

 アスギルはそこいらに生存した動物に魔力を注ぎ込み、魔力を得たそれらは始めは他に比べると極めて獰猛な動物程度であった。それが交配を繰り返す度に進化し、姿形どころか内に持つ体液までもが異質な毒を帯びる魔物へと変化して行ったのだ。

 魔力を帯びて誕生した魔物は、魔力を帯びた剣でしか倒す事が出来ない。魔を倒す剣は聖剣と呼ばれ、世の魔法使い達は多くの剣に魔力を注ぎ聖剣を作り出して行った。

 

 カオスとラインハルトは襲い来る魔物をなんなく仕留め、フィルネスは繰り出す魔法で消し去って行く。セラはフィルネスに教えられた通りに彼らに守りの術を施し、迸る魔物の動きを封じると共にその体液から彼らを守っていた。

 セラの放つ防御の魔法はフィルネスの物と質が違うのか、それに守られた彼らは僅かに攻撃力が上がる。動きも俊敏さを帯び、日々強力になって来る魔物の攻撃を交わすのを援護するかに彼らを守った。


 襲い来る魔物に彼らが集中していると突然体に重さを感じ、セラの放つ防御の魔法が解かれたのだと悟った。

 「セラ?!」

 何が起こったのかとカオスがセラに振りかえると、背を向けたセラがその場に硬直していた。

 牛の様に巨大な芋虫に似た筒状の魔物…土虫つちむしが真っ赤な大口を開けセラに襲いかかろうとしていたのだ。

 「セラ、逃げろっ!」

 フィルネスが手をかざし土虫に対して攻撃の準備をするが、セラは硬直したまま人形のように動かない。

 「セラっ!」

 カオスは襲い来る最後の魔物を一刀両断にし、急所を突いた。


 土虫は剣で切っても殺す事は出来ない。切れば切る程増殖し、数を増やしてしまうのだ。

 唯一の抵抗の手段が魔法による攻撃で、土虫が怯み土に潜った隙に逃げるしかない。しかしフィルネスと土虫の間にはセラがいて、フィルネスは攻撃の魔法を放つ事が出来なかった。

 

 巨大な土虫がセラの頭上から一呑みにしようと襲いかかる。

 カオスが剣を構え突き進むが間に合わない。


 その時素早くラインハルトがセラの傍らに飛び込み―――

 二人は土虫に丸呑み見されたしまった。


 「セラ!」

 「ラインハルト?!」

 

 

 カオスが剣を振り上げ、一か八か土虫に襲いかかる。

 土虫もろとも二人を切ってしまうかもしれないが、このまま消化されてしまうよりはましだ。

 しかしカオスが土虫に向かって剣を振り上げると同時に、土虫が真っ二つに切り裂かれた。

 

 二つに分裂された土虫の中からラインハルトが剣を振り払った状態で姿を現す。左腕にはセラを抱え、抱えられたセラは目を見開きラインハルトの腰にしがみ付いていた。

 身体を守護する魔法が解かれてしまっていた為、二人とも土虫の消化液に遣られ所々肌が火傷の様に溶けかかっていたが命に別状はない。

 ラインハルトはセラを抱えたまま、分裂した土虫が襲いかかって来るのを迎え撃つため剣を構えた。

 カオスとフィルネスも体勢を立て直す。

 ところが二つに分裂した土虫は増殖する事なく、そのまま土に溶けてなくなってしまった。


 「内側から攻撃すりゃいいて事か―――」

 フィルネスはローブの中に腕をしまいこみながら消えた土虫を苦々しく見つめていた。

 「セラ、大丈夫か?!」

 ラインハルトに抱えられたままのセラにカオスが走り寄り、目を見開き一点を見つめたまま茫然自失となったセラの頬を軽く叩く。

 「カ…カオス…うっ――――!」

 目が揺れたかと思うと、セラは身体の中から込み上げてくる胃液を吐きだした。

 「ぎもぢわるい…」

 胃液を吐きだした事により喉に焼けるような痛みが走る。

 「セラは土虫は初めてだったな。」

 「土虫?」

 口に伝う胃液を拭いながら、セラはラインハルトの腕から一人で立ち上がった。

 「あれ駄目…次に出て来られても対峙できる自身がない…」

 たった今自分を飲み込んだ巨大な芋虫状の魔物を思い出し、セラは再び胃液が込み上げて来るのを感じた。



 


 

 

 土虫の消化液に遣られた傷は、セラが自分とラインハルトの分をまとめて瞬時に治癒したが、さすがのセラも土虫と言う見た目最悪の生き物のせいで食欲が湧かなかった。

 

 暑い夏の日差し、気分は最悪の状態でセラは小さな小川で顔を洗っていた。

 冷たい水が肌に心地いい。

 だがいくら水で顔を洗っても暑さは変わらずセラを襲い、汗で張り付く長い金の髪を鬱陶しく払い除ける。

 「髪…切ろうかな?」

 何か意味が合って伸ばしていた髪ではない。カオス達と旅に出て鬱陶しく感じてもはさみが無くて切ると言う事を忘れていたが、セラの腰には小ぶりの剣が帯剣されていた。

 セラは迷う事なく剣を鞘から抜くと首と髪の間に滑り込ませる。

 髪を額からなぞり束に取った時、剣を握る右手を大きくごつごつとした手に取られ捩じり上げられた。

 「何をしている?!」

 「痛っ―――!」

 セラの手から剣が零れ落ち、手首に強烈な痛みが走った。

 「何をしようとしていた?!」

 「ラインハルト?」

 あの時、滝壺で組み敷かれた時と同じ厳しい表情を浮かべ、漆黒の瞳がセラを睨みつけていた。

 だがその瞳はあの時とまるで同じではなく、何処となく悲しそうな色を湛えている。


 あまりの気迫に言葉を失っていると、後方からカオスとフィルネスが声を上げて走り寄って来るのが分かった。

 「髪には魔力が宿るから切るなって前に言ったの忘れたか馬鹿女?!」

 フィルネスからは怒声が浴びせられ―――

 「セラ、お前は女なのだからむやみに短くするものではない。」

 カオスからは悲痛な懇願とも言える言葉が告げられ―――そしてラインハルトからは…

 「髪―――?」

 と、疑問に満ちた呟きが漏れた。

 


 髪…髪だと?!

 セラはぽかんと口を開きラインハルトを見上げていた。

 青と赤の一点の曇りもない瞳―――ラインハルトは締め上げていたセラの手を解放する。

 「髪か―――」

 ラインハルトが溢す言葉に、セラだけではなくカオスとフィルネスも注目する。

 そんな三人を余所に、ラインハルトは内心ほっとしながらも何故カオスとフィルネスはセラの行動が読めるのかと疑問に思う。


 ラインハルトは小川に視線を落とし、水で顔をはたくセラの後ろ姿を見つめていた。

 その時、セラがおもむろに剣を抜いたかと思うとそれを首にあてがったのだ。

 先日の一件―――勿論ラインハルトがセラに滝壺で働いた暴挙が原因で、思い詰めたセラが自害に走ろうとしていると勘違いしてしまった。

 考える間もなくセラの手を捻り上げ、剣を振り解かせた。

 だがそれはラインハルトの勘違いで、セラは暑さのあまり髪を切ろうとしていただけだと判明する。

 

 「だってすごく暑いんだもん。」

 ラインハルトに見下ろされたセラは訝しげに見上げ返し訴える。


 髪か…そうか、髪だったのか。

 髪の長さなどどうでもいい。だが、この状況をどうするか―――


 「―――そのままの方が似合っている。」


 勘違いを隠すようにラインハルトから漏れた言葉は、やはり彼からは一生発せられないと思われた言葉の一つで。

 

 カオスはふっと笑みを漏らし、フィルネスはあまりの事にげんなりと苦虫をつぶしたよな顔をしてその場を後にした。


 「ラインハルトがそう言うなら―――」

 セラは取り落とした剣を拾うと鞘にしまう。

 ラインハルトの言葉が嬉しくて、セラは少し恥ずかしそうにはにかんだ。

 




 

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