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第三話

 セラが何事もなかったかに装い水桶と水袋を抱えて野営の場に戻ると、様子がおかしい事にカオスとフィルネスの二人は直ぐ様気が付いた。隠すように視線を合わせないセラの挙動不審が瞬く間にフィルネスの機嫌を損ねる。

 「あいつに何された?」

 「別に何も…」

 あいつと言って応えた時点でラインハルトと何かがあったと認めているとも気付かず、セラは更にそっぽを向いて桶の水を下ろした。

 「お腹空いた。フィルが作らないなら私が作るよ。」

 そう言ってセラが鍋に手をかけるとフィルネスがそれを奪い取る。

 「手前に食えるもんが作れるか、冗談は死んでから言え!」

 「死んだら口きけないじゃない。」

 「なら黙ってあっちに行ってろ!」

 完璧を求めるフィルネスにとってセラの作った料理程有り得ない物はなかった。

 右手を振り犬猫にする様に追い払われ、セラはそそくさとその場を離れて馬の手入れをしているカオスの元まへと歩いて行きそれを手伝う。



 暫く無言で馬にブラシをかけていたが、先に口を開いたのはセラの方だった。

 「ラインハルトに怒られたの。」

 意外な言葉にカオスの手が止まる。

 「ラインハルトが?」

 セラには無関心だった男が変わって来ているのには気が付いていたが、ラインハルト自らセラに口を聞く様な事は今までなかっただけに興味が湧く。

 今までセラの事はカオスとフィルネスで守って来たとは言え、そもそもラインハルトの怒りの対象が生き延びている事は珍しい現象だった。

 「何を怒られた?」

 再び手を動かしながら聞くとセラは馬の毛を梳かすのをやめ、前に出て鼻先を撫でつける。

 「人前で肌を曝すなって…物凄く怖かった。」

 セラの言葉にカオスは怪訝に眉を顰めた。

 「人前で?」

 「フィルが怪我を治してくれる時は勝手に服を脱がされるでしょ。それをラインハルトだって見てたのに今更何で怒るのかな?」

 確かにフィルネスが怪我の治療をする時は、問答無用でセラの衣服を剥ぎ取ったりもする。

 フィルネスは傷ついた肌を完璧な状態に治療する様を見ては自画自賛し、楽しんでいる節があった。年頃の娘の服を必要以上に脱がし観察する様は良いとは言えないが、ラインハルトも何故今更そんな事を言いだしたのだろう?しかも最近そのような状態になったのは、ラインハルトがセラに怪我を負わせた時だ。


 その時ふとカオスはセラの髪が湿っている事に気が付いた。

 一瞬考えて、馬を撫でるセラに口を開く。

 「まさかラインハルトの前で裸になって水浴びをしたんじゃないだろうな?」

 「そうだよ。男の前に裸体を曝すとは無知も甚だしいって、すごい剣幕で押し倒された。」

 「セラ―――」

 カオスは頭を抱え、とても深く溜息を落とした。


 こう言う特殊な状況だからか、セラはカオス達の前で肌を曝す事に抵抗を示さなくなってしまっていた。今回の件はそれを指摘しなかった自分達のせいでもあるのかもしれない。

 「年頃の娘と言うものはみだりに肌を曝すものではない。怪我や病気の折り治療に必要なら話は別だが、セラももう年頃の娘だ。生涯の伴侶となる男以外に肌を曝すのは危険だと言う事は覚えておくべき事だな。」

 カオスの言葉にセラは素直に頷く。

 「ラインハルトもそんな事言ってた。わたし、怒られて当然なんだね。」

 落ち込むセラを尻目に、カオスはセラのその純粋さに優しい笑顔を送った。



 セラとカオスが馬の手入れを続けていると、戻って来たラインハルトとフィルネスが何やら言い争いを始めていた。

 口調の強いフィルネスの声だけが二人の耳に届き、ラインハルトの低く発せられる声は上手く聞き取れない。

 「また始まったか―――」

 呆れた様な表情を浮かべ、カオスは手入れ中の馬から手を離した。

 


 「殺さなかったのだけは褒めてやる。だがな、あいつに手出しする事だけは許さねぇからな!」

 「貴様に褒められても何ら嬉しくはない。それよりもあれはお前の所有物だとでも言っているのか?」

 冷ややかな銀色の目と射殺す様な漆黒の瞳が交差している。

 「ああそうだ、あいつは俺のもんだ。触れたきゃ俺の許可を取れ!」

 「あんな乳臭い餓鬼に執心とは危篤な事だな。」

 ラインハルトが含みのある笑いを口角に浮かべると、フィルネスは腕を組んで鼻で笑った。

 「その乳臭い餓鬼のケツを追いまわしてるのは何処の誰だ?」

 ピクリとラインハルトの額に青筋が浮く。

 「何だと…もう一度言ってみろ―――」

 「いつもセラを追いまわしておいて自覚なしか?それともその歳で耄碌もうろくしやがったか?」

 「貴様っ―――!」

 ラインハルトが腰に挿した剣に手を触れた。

 「常々腹の立つ輩とは思っていたが…今日こそは剣のさびにしてくれる!」

 「そいつぁこっちの台詞だ!」

 ラインハルトがおもむろに剣を抜くと、フィルネスの右掌に白い光が宿った。

 「死なねぇ程度に手加減してやるが怪我しても知らねぇぞ!」

 「全力で来い、痛みを感じる間もなく殺してやる!」


 フィルネスが掌から光を解放すると矢が突き進むかに光の線が延びラインハルトの胸を目指し、その向かって来る光の筋にラインハルトが剣を一払いすると、光の矢は弾け飛び眩い光が辺り一面に散乱しきらきらと輝きながら地面に落ちて行った。

 すかさずラインハルトは剣をフィルネスに向かって振り下ろす。

 接近戦では魔法より剣の方が有利だ。

 振り下ろされる剣に怯む事なくフィルネスは見えない盾を作り出し剣を受けた。

 剣を受けた盾が軋み、風が舞い起きる。

 ラインハルトが見えない盾をそのまま剣で打ち破ろうと剣を握る腕に力を込めた時、横から繰り出された剣がラインハルトの剣を払い退けた。


 「止めろラインハルト!」

 カオスが二人の間に割って入る。

 「フィルネスもいい加減にしないか。」

 「どけ、カオス!」

 邪魔をされた事に怒りを露わにしたラインハルトがカオスに剣を振り下ろし、カオスは寸での所でそれをかわした。

 「邪魔すんじゃねぇ、今日という今日はこいつを地にへばり付かせねぇと気が済まねぇんだ!」

 「貴様と同意見とは虫唾が走る―――」

 「何だとっ!」

 カオスを払い除け再びラインハルトとフィルネスが臨戦態勢に入った瞬間―――



 「いい加減にしろ―――っ!!」



 突然頭から冷や水を浴びせられた。


 全身ずぶぬれになったラインハルトとフィルネス―――当然側にいたカオスも巻き添えを汲む。

 三人がおもむろに声の方に顔を向けると、桶を持ったセラが怒り心頭に地面に足を踏みしめていた。


 「大の大人が揃いも揃って毎度の様に痴話喧嘩やってんじゃないわよ。いっつもカオスに止められて恥ずかしいとは思わないのっ。そんなんじゃアスギルに辿りつく前に共倒れだわ。人の事餓鬼餓鬼って子供扱いする癖に、二人とも毎回同じ様な喧嘩ばかりで全く進歩しないじゃない。二人の方がよっぽど餓鬼よ、殺し合いたきゃアスギル倒してからにしなさいよっ!」


 一気にまくし立てたセラの瞳が珍しく怒りに燃えていた。

 その様に水を浴びせられた三人が三人とも暫く声も出せずにいる。

 



 「水…飯用―――」

 フィルネスの長く細い指が、セラが手にしている空になった水桶を指した。

 

 その日の夕食はフィルネス特製スープではなく、ただの硬い干し肉に変更となった。

 

 

 

 


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