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白黒軍師導  作者: じじ子
7/10

死海

 音もなく振りかざされた片腕は、練習してきたという言葉に嘘偽りないほどに速かった。


「…は、だろうな」


 だが、そんな感情任せの大振りが容易く当たるほどこの世界は優しくない。

 まんまと弾かれ、ケーザーの身体は反動に任せて宙へと浮く。


「当然でしょう。そんな隙だらけの大振りに対処できないほど───」

「でも諦められないんだよ、約束だからな」


 さらにその反動を利用し、ケーザーは叫んだ。

 恐らく誰も理解し得ない台詞を、さも当然のように。


星願(ルクス)!」


 魔法を扱う剣士は決して珍しくはない。

 だが、彼の今までの処遇を鑑みても、長年魔術を扱ってきたわけではないことは分かるものだ。

 つまり、全くの未経験者が一日足らずで覚えたということ。

 その事実は何よりも場を震撼させた。


雷華(フルース)ッ!」


 雷華という名に応える光は、何も花びらを模してはいない。

 存分に稲光を蓄え、大輪の花を咲かそうと進み急ぐのは支柱となるもの。

 根幹である。


「あら……」


 葉脈のように広がったそれらを見て、ミザリーは驚いたように目を見開いた。


「これは無理ですね」


 そして、彼女は静かに呟き目を閉じる。

 諦めたように下まで向いた。


「ぐ、っ!」


 華奢な四肢を伝い、火花を散らす電流は無抵抗の体にはあまりにも痛かったのだろう。

 がく、っと膝を折り、息も絶え絶えな状態で声もなく倒れた。


「ミザ!」


 まさに異様だった。

 確かにケーザーは魔法を使った、しかしその事実がいくら驚愕なものだとしても、使った魔法の類は下級も下級だ。

 にもかかわらず、容易に防げる状況下で彼女はそれをしなかった。


「私は大丈夫、ですよ、アル。だから……」


 理由は至って単純だ。


「あの者を捕らえなさい、今すぐに」


 よく通る声が、驚愕に止まっていた足を動かした。

 アルルカンは言葉に従い、ケーザーをいとも容易く地面に叩きのめした。

 首を押さえつけ、ものすごい力で頚椎を襲う。


「ッ、離せ!」


 ケーザーはじたばたともがくものの、急所を捕らわれた前では這いつくばるだけで精一杯だった。

 懸命に声を振り絞り、離せと叫んだ声も、ミザリーという人間の前に全てが掻き消える。


「ここにミザリー・エルレアが宣言する」


 しん、と降りた静寂を破ったのは、同じくらい静かな宣告だった。


「七星の名において、あなたを第一級殺人の罪で終身刑に処する」


 殺人、終身刑。

 全く身に覚えのない言葉の数々に、ケーザーは意味がわからないと叫んだ。

 冤罪にも程がある、と本気で思っていたはずだ。


「殺、人なんて、するわけがない…!俺はただ」

「ええ、存じております。あなたは私を殴りたかっただけ。ただ──」


 殺人はしていない、と至って無実を訴えるケーザーを、ミザリーは否定もせずに言った。


「周りはよくご覧になった方がよろしいかと」


 今最も告げるべきではない言葉とともに。


「…は……?」


 言われるがまま、ケーザーは周りを見た。

 そして見てしまった。


「おい、……おい、大丈夫か!?」


 視線の先にあるのは、波紋が無数に影がひとつ。

 特に影はしっかり鮮明に確認できた。

 それがどういう状況を表すのかは、ケーザー自身が一番よく分かっているだろう。

 何故なら彼は今、地面を這っている。


「何で、起きろって、起きろ……っ!」

 

 倒れた体にどれだけ呼びかけても返事はない、という事実がさらに彼の心を抉った。

 悲痛な叫びだけが、水を揺らす。


「可哀想に」


 そして追い打ちをかけるようにミザリーは言うのだ。


「あなたが用いた魔術が火や水であれば、この子が死ぬこともなかったのに」


 彼女の言葉はようやくケーザーを咎めた。

 張られた水の上に電流を流せばどうなるかという、誰もが分かるであろう想像を欠いた事実を、しっかりと。


「俺、俺が…?こんな……!?」

「もとより、人が大勢いる中で無作為な魔法を放つこと自体が重罪です」


 錯乱状態に陥ったケーザーへの次の手は止まない。

 彼女の理路整然とした主張だけが続いた。


「そんなつもりではなかった、などとおっしゃったとて、取り返しのつくものでは到底ありません」


 甘えを真っ向から刺され、ケーザーの目はさらに揺れた。

 忘れていたが、広場に集められた者は何も自分たちだけではないのだ。

 多くは先程の少女の一件で逃げ出しているものの、冷静さを失った頭では、大勢を巻き込んでしまったのかという疑問ばかりが巡る。


「ですが、ご安心ください」


 そんなケーザーの不安は、言葉になるより先に返事が来た。


「咄嗟の判断とはいえ、私が周囲に結界を張りましたので。二次被害はないものと思われます」


 しかし、彼女の返答はケーザーの懸念を払拭するだけでは終わらない。


「私も長を任せられる立場ではございますが、広範囲に渡る攻撃魔法の対処はひとりでは不可能。故にこのような醜態を晒すことを、どうかお許しください」


 ちらりと袖をたくし上げれば見える、痛々しい火傷の痕。

 ミザリーがわざと抵抗しなかったのは、この実績を作り上げるためだ。

 自らの身を投げ打って人々を守ることで、つい先程アルルカンによって大いに下げられてしまったであろう求心力を、士気を、忠誠心を回復させる。

 衆人環視には姑息なお涙頂戴の手法が最も効くと、彼女は知っていた。


「ただ、この子は救えた命でした」


 全ての役者を上手く使いこなし、ミザリーのシナリオは着々と進んでいく。


「私が至らないばかりに…申し訳ございません。どうか私にも罰をいただけますか、皆様」


 大勢の命を救いながらも至って驕らず、たったひとりのために心を傷ませ涙を流す。

 誰がどう見ても清廉な彼女の様は、まるで必死で民たちを守ったヒーローと相違ないものだった。

 そしてやはり、群衆はこういう手に弱い。


「ミザリー様、罰なんてとんでもない」


 ひとりがミザリーへの感謝を口にすれば、二人三人と後に続く。


「私たちの命を救ってくださった方に、一体なんの罪があるっていうんです?」

「そうですよ、責めるのはミザリー様じゃなくていいはずです」

「危うく殺されるところだったってんなら…申し訳ねぇが、慈悲はないな」

「やっぱり剣士なんてろくなもんじゃないのね」


 そうして完全に支配された広場には、賞賛と怒号が相次いだ。

 未だ絶えない騒々しさの中、前者を向けられた人間はこの上ない笑顔で言う。


「皆様…ありがとうございます」


 恭しく頭まで下げ、ミザリーはさらに続けた。


「では、ミザリー・エルレアを罪に問うものは挙手をどうぞ」


 もちろん誰も手を挙げるものはいない。

 その事実を己の目でしっかりと確認すると、彼女はさらに優しく微笑んだ。


「皆様の心に最大級の感謝を」


 もはや全てが上手く行き過ぎていた。

 民たちを手駒に取る、という見事に成功させた策略が揺らぐことはもうない。

 今ではミザリーが正でケーザーが悪だ。


「では、この罪人を運びましょうか」


 そして抗うべき本人にも、もうその意思はない。

 彼の心には、大切な人の命を自らの手で奪ってしまったという激痛があるだけだ。

 ミザリーにまんまと利用されたことなど、頭の片隅にも入ってはいないだろう。


「俺の、せいで」


 呟く声はあまりにも弱かった。

 魔法を打たなければ、水が張っていなければ、後悔が幾度となく巡る頭では自責を吐くだけでも精一杯だった。


「……──あなたのせいではありません」


 だからミザリーの言葉も、おそらく彼の耳には届いていない。

 聞かせるつもりもなかったのだろう、彼女は二度同じ台詞は言わなかった。


「アル、お願いしますね」

「全く。妾の代物をぞんざいに扱うとはな」

「ぞんざいではありませんよ。我が物顔です」

「無礼にも程がある。殺されたいか?」

「あら、殺せるならぜひやってみてもらいたいですが」

「図に乗るな阿呆」


 ぶつくさと文句こそ言いながら、アルルカンはケーザーに錠をかけた。

 先ほど少女につけられていたものと全く同じであるそれは、対魔道士用の魔道具だった。

 つけているだけでどんな魔法も打てなくなる、という至ってシンプルだが絶大な効果つきである。


「さて、参りましょうか」


 しかし本人に抵抗の意思がないため、両手に嵌められるだけで終わった。

 その証拠に、指示にもとても従順である。

 誰に言われるでもなくミザリーの後をしっかりと着いて行く様は、リードの繋がれた犬のようだ。


「待て、貴様がわざわざ行くのか」


 そのままミザリーが何も言わず歩き出したので、アルルカンはやや怪訝そうに止めた。

 警邏のものにでも預けておけと思っていたのだろう。

 ましてや徒歩で赴くなどという非効率な手段をわざわざ選ぶ意味は彼に理解できなかった。


「当たり前でしょう?迎えが来るのを待っていては戦場が廃れてしまいますから」


 だが、ミザリーは当然とばかりにアルルカンの言葉を否定した。

 挙句の果てに、今も水に横たわる身体をひょいっと軽々抱き上げて言うのだ。


「ついでにと言うには重いですが、こちらの死体も処理して参りますね」


 もちろん全てミザリーがやる必要のないことだが、止められるものなど存在しない。

 雑多であった人混みも、彼女の歩みに合わせて道を空ける。


「あとは頼みましたよ、指揮官」


 言いつつわざとらしく敬称までつけたのは、ミザリーが不在となるであろう場に拘束力を持たせるためだろう。

 完全に掌握したとはいえ、アルルカンには不満を持っていたものも多くいた。

 だからこそ彼女が指揮官と敬うことで、必然的に序列は完成するものであり、容易く手出しなどもできなくなる。

 どこまでも隙のない行動だった。


「…とことん不愉快な女だ」


 彼女の真っ直ぐ伸びた背を見ながら、アルルカンはひとり呟く。

 面持ちはなんの感情の現れか。

 ひそめられた眉だけでは判断材料が足りなかった。


「何をあんな必死になって守ることがある」


 そして最後に吐き捨てられた言葉の真意も、おそらく彼にしか分からないものである。

 何を守ったのか、誰を守ったのか、そもそも何故そのような言い回しをしたのか。

 もちろん理由が明かされることはない、決して。

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