助太刀
結局唐揚げはほぼ、というより全てケーザーがたいらげた。
油を一気にかき込んだせいか、歩く足が若干重くなった気がしないでもない。
「にしても、お前本当に良かったのか」
胃を少しでも軽くしようとしたのか、ケーザーはずっと心に残っていたことを吐いた。
「何が?」
「せっかくのチャンスだったのに、俺なんかのために棒に振って」
何がとは言わないが、恐らくは昨日の件を言っている。
確かに惜しいと誰もが思うだろう。
名だたる称号が廃れてしまった中で、今や剣士長という名前が国のトップの象徴だ。
なれるのならば誰もがなりたいと思う気持ちはケーザー自身も全く同じだった。
「うん。なんなら断る理由がちゃんと出来てよかったとすら思ってるよ」
だがそれとて前提付きだ。何事もなければ、という。
「理由は聞いていいか」
「いいよ、聞いたら笑うだろうけど」
などと前置いて話された内容も、到底笑い話にできるものではなかった。
「ちょっと考えてみたんだけどね。どうせあの手この手で邪魔されるんだろうなって思ってさ」
剣士たちの希望となり得る芽は早めに摘んでおきたいと思うのが恐らく総意だろう。
ましてや魔法主義の国ならば尚更。
加えて同じ剣士長候補たちの諍いも必ず出てくるはずで、上に下に圧力を受けてまでなりたいかと問われると答えはいいえだった。
「ストレス過多で死ぬくらいなら、一端の戦士として華々しく散る方が何十倍もマシだと思うんだ」
という単純にどす黒い話だったのだが、ケーザーはどこか誇らしそうな目を向けた。
そして言うことがこれだ。
「お前らしいな」
お前らしい、は本人からすると全く分からないのだが、分からないが故に否定することも出来ないだろう。
とりあえず何か言っておくかと口を開こうとしたが、ケーザーが続けたので最初の一音だけが掻き消えた。
「俺もさ、思ってたんだよ」
「うん?何を?」
「剣士だからって虐げられなきゃいけない理由はなんだろうなって。まあ答えなんて出るもんじゃないけど」
でも、今少しだけ分かった気がすると彼は言う。
「お前みたいな奴ばっかりが剣士なら、そりゃ出る杭を打ちたくもなるわって納得した」
「大量の僕がいるって想像しただけで気持ち悪いんだけど」
「例え話だろ。俺だって嫌だわお前がわんさかいたら」
照れくささからか、やや茶化した物言いになったのもお互いだ。
むず痒くてたまらない、と歩くテンポがやや速くなったのも気のせいではない。
「でもお前みたいな奴はそういないから、きっと眩しくも見えるんだろうな」
「おだてても何も出ないよ、唐揚げしか」
「それさっき全部食ったの忘れたか?」
「あ、……そういえばそうだったね」
「おーい大丈夫か、顔が赤いぞ?熱出たか?夕日のせいか?」
「ほんとうるさい」
年相応の気恥ずかしさもあるだろうが、大人でさえ改まった話をするというのも滅多にないことだ。
そんな、普段口に出そうとも思わない褒め言葉を言い合うきっかけになったのは他でもない。
あと数分、数時間、一体いつまで生きていられるか分からないからこそ、思いの丈一片ですら残したくないと思う。
「遅れるから、急ごう」
「俺はずっと話してたいけどな」
「じゃあ一人で喋ってたら?」
「あら奥様今日もいい天気ね…そうね見事なまでのどん曇りで…っておい置いてくな」
これは言わば、ふたりの遺言のようなものなのだ。
「人、多いね」
言葉を噛み締め、ゆっくり歩いていたはずが、いよいよ集合場所に着いてしまった。
ぞろぞろと雑多に並ぶ人混みは全員目的が同じと見えて、仰々しい装備に身を包む者がほとんどだった。
一気に忘れたはずの緊迫感が胃酸とともに迫り上がる。
「いや、帰る…帰りたい、お母さん……ッ…!」
しかし、いくら恐怖が悪戯を仕出かそうとも、ふたりはこんな泣き言は言わない。
じゃあ誰が、と揃って辺りを見回すと、同じくらいか年下の女の子がひとり、うずくまって泣きじゃくっている姿が見えた。
「……ああ」
大人たちは誰も彼も彼女に手を貸さない。
代わりに逃げられないようにか、足には大きな枷がしっかりと嵌められていた。
「ケーザー」
外野でも分かるほどあまりに酷い状況に、見て見ぬふりが出来ないのはきっと彼らが子供だから──いや、子供とて見過ごす人間は山ほどいる。
こんな問題に喜んで首を突っ込むのは、きっとふたりぐらいのものだろう。
「お前の言いたいことは分かってる」
「じゃあ僕がこれからやることも?」
「違うな。俺たちが、だろ」
「…さすが」
もちろん打ち合わせはしていない。しかし次の行動は早かった。
「え、っ!?」
驚くより先に、どん、と大きな音を立てて解かれた拘束は綺麗に真っ二つになっていた。
何事かと辺りにいた大人がようやく少女に目を向ける。
「今日召集命令がかかったのは、彼女じゃなくて僕です」
そんな彼らの好奇に満ちた視線を全て奪ったのは、後ろから降り注いだ鋭い声。
振り向くと、鎧を纏うひとつの影があった。
見るや否や、周りの人間たちは途端にざわめき始める。
「だから解放してあげて?」
茶目っ気たっぷりに笑う声を囮に、ケーザーは少女を軽々しく抱えて走り出した。
本人も突然のことに理解が追いつかなかったらしく、数秒はなされるがままになっていたが、ようやく状況を飲み込むと物凄い剣幕で詰め寄ってきた。
「そ…んな、だめです、私は今日本当に呼ばれて」
「じゃあ今日死ぬか?」
ただケーザーの方が一枚上手だった。
死ぬ、と敢えて直接的に言われた単語は、少女から全ての反抗心を奪った。
その穴を埋めるようにすぐさま生まれた感情は、動揺と共に彼女の口から滑って落ちていく。
「どうして……私を助けてくださったのですか」
「そこに偶然お前がいたから」
即答だからこそ分からないと、少女の目は涙の中で揺れ動いた。
まるで助けるのが当たり前だと、他人の死すら被ることが出来る人間がいるだなんて、誰に説明されたって理解できるものではない。
あまりに違いすぎる価値観に、彼女の頭は思考すら放棄した。
「なんてな、どうせ死ぬ前ならちょっと格好つけたくてさ。似合う?」
「はい……!」
「え?冗談のつもりだったんだけど」
「え」
「いや、まさか本心で肯定してくれるとはな」
「はい。似合わない、なんて思わないですよ」
「まあそりゃそうだ。かっこいいもんな、俺ら」
「いいえ」
代わりに、何も考えずひたすらに思うことにした。
「とってもかっこいい、です」
名前も知らない、突如現れたヒーローふたりへの感謝を、ただ一心に。