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血肉

 そう、色んな意味で分かりきっていた。


「……はあ」


 一緒に死のうと言った台詞を素直に受け取れるような人間なら、そもそも仲間たちの前であんなに強がったりなどしない。

 ケーザーという男は、何処までも誰よりも仲間思いだからこそ、たった一人で傷を作るのだ。


「……くそ、重たっ」


 今だって、まだ夜の余韻が残る街にたった一人でいる。

 似合わないほどまっさらな甲冑に身を包む様だけは一丁前に見えるが、実際は付け焼き刃もいい所だ。

 慣れない歩みを進める度に金属からカチンと音が鳴り、あまりの剣呑さに小鳥たちが喚く。

 まるで苦情のように。


「母さんも、わざわざこんな立派なの拵えてくれなくても良かったのにな」


 思わずこぼれた不満はどこか優しかった。

 言葉を発してより思い出が強まったか、惜しむように進んでいた足が止まる。


「…あと、あいつもか」


 吐く声は白い息となって消え、笑う声すらも金属の音にかき消された。

 今まで誰にも言わなかった本音は、何処までも弱かった。


「俺のために死ぬなんて言って、馬鹿にも程があるだろ」


 きっと誰にも聞かせるつもりのなかったものだったからだろう。

 ぽろぽろと涙の代わりにこぼれる言葉は止まらない。

 金属の音と合わさった言葉が心地のいい不協和音になろうとも構わず、ずっと呟き歩いた。


「うん、馬鹿でいいよ」


 だから、突然昨日と全く同じ台詞が返って来た時、ケーザーは一瞬聞き間違いかと、夢かとすら思った。


「でも君も馬鹿だと思うよ、僕は」


 それが違うと気づいたのは、昨日とは全く別の言葉を聞いたからだ。


「…お前…!?」


 都合のいい夢などではないと、ようやく飲み込んだ現実を見て彼は驚いた。

 誰だって驚くものだ。

 何故お前がいるのか、と口よりも分かりやすく目が聞いていた。


「僕が君の立場なら内緒で行こうって考えるから、って理由じゃ不服?」

「不服、って訳じゃないけど、でもな…!」

「文句は後でいいからひとつだけ聞かせて」


 だから相手もしっかり目を見て聞いた。

 いくら嘘を吐こうとも、誤魔化せるのは口先だけだ。


「君が僕の立場なら、たった一人で死ぬなんてこと、許してくれた?」


 ゆっくりと噛んで含ませるように問う言葉はあまりにも優しすぎた。

 そしてここまで言われて取り繕えるほどに強い人間はいない。

 ケーザーも例に漏れず、お手上げ、と言わんばかりに張り詰めていた肩を静かに落として笑った。


「……許さないな。俺も」

「だよね」


 そして言うのだ、今度は消えない声で。


「で、文句は何?聞くよ」

「ありがとう」

「うん、こちらこそ」


 とん、と交わした拳からはもう血は流れていない。

 代わりにようやく流れる涙はとても澄んでいた。


「お前が…来てくれて、よかった」

「やっと素直になったか、馬鹿」


 頬を伝うあたたかい熱がゆっくりと冷えていくまで、拳は離されることなく繋がったまま。

 一体どれくらいの間そうしていただろうか。

 腕のしびれをお互いが感じ始めた頃、ケーザーはようやく前を向いて言った。


「悪い、待たせた。行くか」

「いいよ、ゆっくり行こう」


 散々泣いてスッキリした顔をしていたものの、声にはやはり今までの疲労が伺えた。

 とはいえ戦場に行く前だ、士気は無理矢理にでも上げなくてはならない。


「ちなみに、殴る準備はしてきた?」


 少しでも気持ちが晴れるようにと、努めて明るいトーンで投げた会話はいつも通りの声より少し高めに返ってきた。


「ああ、もちろん」

「じゃあ、そんな偉い子の君にはご褒美をあげよう」

「何?伝説の聖剣とか?」

「やっぱりさっきの台詞なしで」

「ごめん、俺が悪かった!なしにしないでくれ、一生のお願い」

「今その言葉使うのずるすぎるんだけど」


 会話と同じくぽんぽん進む足が急に止まったのは、何も思い留まった訳ではない。

 ご褒美を渡すためだろう。

 胸躍らせながら待っていると、出てきたのはとても人へのプレゼントとは言い難い使い古しのタッパーだった。


「何だこれ」


 一瞬ケーザーも冷ややかな視線を向けたものの、中身を見るや否や、まるで伝説の聖剣をもらった時のように目を爛々とさせた。


「お前……」

「作って来いって言ったでしょ、忘れた?」

「は、昨日は嫌だって言ってたくせにか?」

「昨日は今日死ぬなんて思ってないからね」


 どうせご飯も食べられなかったんだろうし、と付け加えるとお前もだろと返された。

 反論がないあたりは図星だろう、お互い。


「腹が減ってはなんとやら。ってことで腹ごしらえしよう」

「空きっ腹に揚げ物は天国だな」

「これから地獄に行くんだし、いい思いしないとね」

「確かに、だったら色々やり残したことやっときゃ良かったわ」

「例えば?」

「例えばって言われるとなんも思い浮かばんな」

「じゃあやり残してないってことだよ」

「あ、いや今出来たわ」

「ふーん、何?」

「お前より多く食う」

「じゃあ僕今一個だけ食べるから全部食べなよ」

「そういう話じゃないんだよな」


 やいのやいの言いながら、ふたりで今日初めてにして最後の食事を摂る。

 がぶりと大口開けてかぶりつくと、空いた隙間を埋めるように全く同じ言葉がそろってこぼれた。


「美味い」


 決して感想通りの味ではない。

 冷めているのは当たり前だが、空きっ腹に叩き込む油は想像以上に重く、一口食べただけで胃が苦しくなるものだ。


「今の俺が食べても吐かないんだから、普通の状態ならめちゃくちゃ美味しいと思う」

「要らないフォローをありがとう」

「いやお世辞じゃなくて。昨日何も食べられなかったから正直助かる。ありがとうな」

「それは何より。なんならあとタッパーふたつ分あるよ」

「分量考えろお前」


 しかし、出来たてがいくら美味しくても、今日食べた味には一生敵わないだろう。

 なんて今日終わる一生を前に、そんなことを思うのはきっと世界にたった二人だけだ。

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