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白黒軍師導  作者: じじ子
2/10

鈍痛

 突発的に始まった模擬戦のおかげか、食堂に向かう足は比較的軽かったように思う。

 早く飯にありつきたいという下心がなかったといえばもちろん嘘になるが、学院長との一件を軽く話せるくらいには回復していた。


「へー。剣士長になれるかもしれないのか、お前」

「まだ候補だから。くれぐれも大っぴらにはしないように」

「聞いたか?こいつ未来の超エリートかもしれないからさ、皆で今のうちに胡麻すって、」

「人の話を聞け」

「いでででで」


 なれたとて、剣士としての地位が上がるわけではないというのになんとも脳天気なものである。

 むしろ待遇は今より酷いかもしれない、なんて悪い面ばかりに目を向けてしまうより、明るい未来だけを思い進む方が何倍もマシなのだろうが。


「あー…魔導科の人たちも今から昼飯っぽいな。もう少し後にするか」

「いや、別に気にしない。行こう」


 とはいえ、そんな能天気にはさせてくれないのがノストーレスという国である。

 今だって、二人が来た瞬間蜘蛛の子を散らすようにその場にいたほぼ全員が席を立った。

 当然と言えば当然だ。

 何故なら学院の長ですら敵意を隠そうとはしないのだ、子供である彼らが右に習うのも無理はない。


「さてさて、がら空きで座り放題ですよっと」

「毎度のことだからもう慣れたけど。俺たちが来たせいで飯がまずくなったとか思ってるのか?」

「そうなんじゃない」

「何もしてないのに飯がまずくなるって……俺も魔法が使えるってことにならないか?」

「そんな魔法使えたところでどこにも需要ないけどね」

「いや、ダイエットの時には有効活用出来ると信じてる」

「じゃあ今すぐかけなよ自分に」

「遠回しに痩せろって言ってくるなお前」


 ふたりも気にした素振りをお互いに見せないよう、つとめて明るく会話を続ける。

 そのまま手近な椅子に腰掛け、ふさっと風呂敷を広げてお待ちかねのランチタイムはスタートした。


「いただきます」

「いただきます……ってお前毎日よくこんな豪華な弁当作れるな」

「普通のお弁当でしょ。今日のは卵焼きが入ってるくらいで」

「なら明日は唐揚げ作ってきてくれ」

「一瞬でなくなるから嫌だ」

「頼む!ひとつしか食べないから」

「とか言いながらしれっと人の卵焼き食べてる時点で信用ゼロ」

「いやこれは俺の右手が勝手に」

「……勝手に、何だって?」

「ごめんなさい許してください」


 しん、と静まり返った食堂でお互いの声だけを聞きながら食べる飯はどちらも思いの外箸が進んだ。

 早く飯を片付けたいと思う気持ちはお互いに同じであり、だからこそ無理に語り合うことをしなくて済むのはどちらにとってもありがたかった。


「お、ケーザーも今から飯?」

「そう、お前も一緒にどう?」

「んじゃお言葉に甘えてお隣失礼、ってすごすぎんかこの弁当」

「だろ?俺が作ったんだ」

「嘘つけ万年不器用」

「いや本当だよ、ケーザーが頑張って作ってた」

「まじで!?ちょっと明日唐揚げ作ってきてほしいんだけど」

「おー、牛肉と豚肉どっちがいい?」

「やっぱお前が作ったんじゃねえだろ」


 そこにはもちろん信頼という面もあるだろうが、性格の善し悪しでもある程度は決まる。

 特にこのケーザーという少年は誰に対しても分け隔てなく、たまに空気が読めないデメリットすらも生粋の明るさでかき消してしまうほど。

 ムードメーカーとして、同じ剣士見習いからの人望も厚かった。


「はー食った食った。これで午後からの訓練も頑張れる」

「居合切りだっけ。機械的にやるのどうにも苦手なんだよね」

「嫌いな奴を思い浮かべながらやると案外上手くいくからオススメしとく」

「じゃあ卵焼きの恨みをぶつけてやるか」

「やめろ」


 だが皮肉なことに、いつだって狙われるのはそういう「空気」を作る人間だ。

 士気を上げる長であったり、国を総べる王であったり。


「……は?」


 そしてケーザーという人間もまた、例外ではなかった。


「訓練中止ってどういうことですか、教官」


 昼飯も食べ、さあ今から頑張るぞと意気込んでいた矢先、教官もといハゲ親父が顔面蒼白のまま深刻そうに言った。


「ケーザー君に、召集命令が下りました」


 確かにその表情になるのも頷ける、というのは誰もが言わない。

 命が下れば誰であれ駆り出されなくてはならないが、召集ともなると話は別だ。

 学生の身で駆り出される戦場は、もはや名ばかりの死刑と言ってもいい。

 そして宣告はあまりにも突然に訪れた。


「俺に、ですか」

「申し訳無い。止めたのですが、どうしても戦力が足りないからと」

「いや、謝らないでください、教官に謝って欲しい訳じゃない」


 本来なら怒ってもいいはずの彼は、ぐっと拳を握りしめて必死に堪えていた。

 感情を爆発させることも出来ないままどんどん膨れ上がっていくのが分かる。

 爪が食い込んで、ぽたりと血が落ちたことにも恐らくは気づいていないだろう。

 痛いと示した心の処理だけで精一杯だったのだ。


「明朝、日が出る前に出撃するそうです。詳しい連絡は追ってするとのことですが、まずは準備が必要かと思いますので、午後からは授業をお休みとさせていただきます」


 敢えて淡々と語られる内容にも返事はないまま、最後まで済まなそうに教室を出て行った教官を全員が呆然と見送った。

 途端に降りる沈黙が重い。誰もが次の言葉を探す、なんと言えばいいのかと。


「……」


 感情の行き場をなくし、すすり泣く声もひとつふたつと増えて行った中、当の本人だけが笑って言った。


「……まあ、そうだよな」


 その懸命に振り絞った声は、掠れていた。


「一般の域を越えられない俺は剣士になれればいいってレベルでしかないんだから。使い道があるだけまだマシだ」


 ぐっ、とより一層強く握られた手のひらからは、雫だった血がいよいよ勢いよく流れ始める。

 やり場のない感情と共に留まることなく溢れ続けた。


「ってことで、悪い。一足先に死んでくるわ」


 なのに、彼は全てを笑って誤魔化した。

 とても悲しかった。

 いつものように笑えていると思っている心情も、精一杯の強がりだと分かってしまう表情も、何もかも。


「今までありがとう。元気でな」


 とはいえ、向こうがこれ以上本音を見せないという選択をしたのだから、外野の立場ではもはや何も言うことは出来ない。

 ましてや気休めでかける言葉など。


「…ありがとう、元気でな…!」

「何でお前が俺より泣いてんだよ」

「だっで…」

「汚いな、拭けよ鼻水」

「ずびぃぃいいいッ」

「誰が俺の服で拭けって言った」

「帰って来たら戦場の話沢山、たくさん……聞かせてくれよ」

「おー、戦果上げまくって一丁前に出世してるかもな」

「だとしたらケーザー様って呼ばんとならんか」

「今呼んでくれてもいいけど?」

「無理、次会う時に取っとくわ」

「はいよ、了解」

「ケーザーこれ持ってけ、餞別だ」

「たんぽぽかよ、食いもんが良かったわ」

「食えるぞ」

「そういう問題じゃない」


 しかし、あまりにも突然の別れには離れがたい者がほとんどだった。

 そうして各々が思い思いの別れを交わす中、ひとりだけただじっと眺めている者がいた。

 何をするでもなく、惜しむように教室を後にする姿を全て見送って、二人きりになった瞬間にようやく待ちわびたかのように動き出した。


「さて、そうと決まればとりあえず支度するか」

「ケーザー」


 だが、かけた言葉は今までのどれとも違っていた。


「…何?」

「手、貸して」


 突然の申し出に一瞬彼も眉をひそめたが、言われた自身の手を見て驚愕した。

 今なおとめどなく溢れるそれが、自分のものだなんて信じられないといった顔をした。


「あ、れ?何でこんな血出て…」


 よほど無自覚だったのだろう。

 だからこそ事実は心を簡単に抉った。

 壊れる寸前の理性を留めておくだけで手一杯な中、更なる痛みに耐えうる術はもうない。


「……なんで、俺なんだよ……」


 血と共に流れ出る思いは止まらない。

 制御出来ないままに、どす黒い感情が赤に乗る。


「俺だって頑張ってただろ、下手ってだけで報われないのかよ、だったら最初から努力なんてしなければよかった……!」


 とうとう堪えきれなくなり、振りかぶる拳は見事に自身の心臓を捉えた。

 いっそこのまま死ねたらいいと思うくらいの力で、何度も何度も殴り続けた。

 このまま死なせてあげる方が最善なのかもしれない、なんて思わず過ってしまうほど。


「……殴るなら、自分じゃなくてお偉いさんにしない?」


 けれど、本気で死ぬつもりではないことぐらい誰にだって分かる。

 その証拠に、特に張った訳でもない声を聞いて、彼の全ての動きがぴたりと止まった。


「…何、言って」

「だから、どうせ死ぬなら大人しく従われるだけじゃなくて、文句のひとつでも言ってやろうよ」


 馬鹿なことを言っている、といつもなら鼻で笑っただろう。

 なのにそうしなかった理由は簡単だ。


「僕も付き合うからさ」


 まるでランチを誘う時のような軽い声色で言われた付き合う、という単語。

 それは今回の場合訳が違う。

 行くのはレストランではなく戦場だ、すなわち二人で死のうと言っているようなものなのだ。

 到底軽々しく吐いていい台詞ではない、だからこそケーザーの目の奥は揺れた。


「……馬鹿だろ、お前」

「うん、馬鹿でいいよ」


 動揺するケーザーにさらに追い打ちをかけるように、にっ、と返ってきたのはとてつもない作り笑顔だった。

 その心情は如何程だろうか。

 恐怖なんて当たり前である。半人前の状態で戦場に放り出されて、生きて帰ってこられたら伝説級だ。

 そしてそんな才はないからこそ、頭にちらつく死は今も二人の脳を深くまで脅かし続ける。


「だから一緒に行こう。ケーザー」


 なのに、口にしたのは全く別のことだ。

 怖いと叫ぶ権利はどちらもあったのに、今もただ静かにお互いを見て、何も言うことはない。

 言葉を交わさずとも分かりきっているからだろう。


「……いい、なんて言う訳ないだろ。馬鹿が」

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