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曲者

「ぐぅ……っ!?」


 まずは奇襲。向こうが気づいていないうちに、顔面めがけて一発。

 吹っ飛んだのは体躯のかなりいい男だった。

 おそらく荒事にも慣れていただろうが、常人の速度を遥かに凌駕する一撃が飛んできては対処のしようなどありはしなかった。

 見事に壁に激突し、大きな身体はみっともなく伸ばされる。


「なん、だお前!?」


 相棒が突然倒され、片割れの男はやや怯んだように後ずさりをした。

 こちらは中肉中背といったところか。鍛えてはいなさそうだが、見た目だけでの判断はできない。

 ひとつの油断も許されない状況ではありとあらゆる可能性を考えなければならず、気を張り体力を大いに消費した。


「ほ、報告しないと」

「ごめん」


 だが優先順位を組み立てる頭ぐらいはある。

 敵の情報など今はご丁寧に探っている場合ではない。応援が来たら一巻の終わりだ。

 要はスピード勝負だと容赦なく鳩尾に拳を入れ、よろめいたところにすかさず腕を差し込み絞め技を決めた。

 ものすごく苦しそうな声をかき消すように、頭の中で一、二、とカウントを始める。

 後遺症を残さないためにも、相手が落ちる瞬間はきちんと計測する必要があった。

 手を抜くのはそこだけだ。


「……よし」


 数が二十に行かないところで、抵抗を続けていた四肢もようやくがくんと垂れ落ちた。

 成人男性の重みに耐えかね、肉の塊と化した身体は床へと手荒に転がされる。

 実戦こそ初めてだったものの、ふたりを沈めるまでおそらく一分と経ってはいないだろう。

 おかげで疲労はあまり感じずに済んだはずだ、精神的なものは別としても。


「失礼します」


 そのまま休む間もなく次に取り掛かったのは、いわば追い剥ぎというものだった。

 自身にとっての敵、つまり向こうにとっての仲間と同じ格好ならばまず見とがめられることはないだろうという判断のもと、次々と服を奪い取っていく。


「上はこうで、次は…」


 着方の分からないシャツに合わせたジャケットのボタンを上まで何とか留め、やたらとゆったりサイズのパンツを履く。

 最後に帽子をかぶれば出来上がり。

 すれ違っても気づかれないレベルには模倣できただろうか、対比しようにも大男の服装は乱れに乱れて叶わなかった。


「うん、大丈夫そうだ」


 裾など変に崩れている部分はないか確認してみるが、見る限り不自然なところはなさそうだ。

 体格的に考えて絞め倒した方の制服を拝借したが、幸いなことにかなり近かったらしい。

 他人の服でありながら、動きにくさはあまり感じないのもありがたいと言えた。


「この人たちはちょっと奥に眠っていてもらおう」


 身支度も整え、さっさと外に出るのかと思いきや、後処理とばかりに下着姿の男をひょいっと抱え上げて奥へと向かった。

 待合室を抜け、脱衣所に着いたところでようやく寝かされる身体は、今もなお目覚める気配はない。

 往復し、大男も同じように横たわらせ、残っていたバスローブを上からかけた。


「無事に目覚めますように」


 何故わざわざ手間をかけてふたりを運んだのか。

 答えは己が着ている服にあった。

 布団が吹っ飛んだだけならあまり大きな問題にはならないだろうが、すぐ近くに身ぐるみ剥がされた人間が転がっていたとなると話は別だ。

 同隊員になりきっていると気づかれるのは確定だろう、加えてしらみ潰しに当たられたらまず間違いなくバレる。

 無駄な抵抗かもしれないが、稼げる時間は多ければ多いほどいいと判断し、男連中を見つかりにくい場所に隠した、ということだ。


「さて…と」


 ようやく全ての段取りも終わり、いよいよ外へと乗り出すために決心をより強く固めた。

 常駐の見張りがいないことは先程の一悶着ですでに分かっているが、一歩目の勇気はかなり必要だった。

 もし扉を開いて鉢合わせでもしたら、もし制服の着方が違ったら、もし。

 次々湧いて出てくる不安の種に気が滅入りそうになる。


「大丈夫だ。大丈夫」


 しかし、全てを宥めている時間はない。

 なんの根拠もない言葉を呪文のように言い聞かせ、とても大丈夫とは言えない足取りで前を向く。


「行こう」


 意を決したかのようにドアノブに手をかけ、ゆっくりとゆっくりと引いた。

 キィ、という小さな音すら今は心臓に悪かった。


「……誰もいない、か」


 とりあえず頭だけを出して確認してみると、広い廊下には人ひとりおらず、やや拍子抜けした。

 どうやら袋の鼠状態は免れたようだ。

 よかった、とため息を吐いたおかげでほんの少し気楽になったか、身を全て外に出すまでは早かった。


「左に行ってみよう」


 続けての行動も即決だったのは、先程の男たちの足音を聞いたからだろう。

 外から布団を見て来ていなければあれだけ焦ることはない上、なるべく早く状況を確認しようと手近な出入口から来るのが普通だ。

 そして彼らは左からやってきた。ならば同じ方に向かうのが正としたものだろう。


「訓練中みたいだし、かち合うことはほぼないと思うけど」


 念のため人の入りも警戒しつつ、すたすたと廊下を歩く。

 早く外に出たいという気持ちもあったが、今いる場所が具体的に掴めない以上、どこで誰が見ているとも分からない。

 今の格好でのろのろと歩いている方が不自然であったため、隊員になりきって行動しなくてはならなかった。

 足取りは律動的に、目線は下げずに前を向く。

 至って単純なことではあった。


「お疲れ様です、失礼します」

「ああ、お疲れ」


 だが、ささやかな努力でもしっかり実は結んだらしい。

 一挙手一投足気を配ったおかげと言うべきか、すれ違っても特に見とがめられることはなかった。

 なんなら敬われて敬礼までされる始末だ。


「……見つけた」


 文字通りトントン拍子に事は進み、出口まで本当に難なくたどり着いてしまった。

 部屋であれこれ悩んでいたのが嘘のように、全てが杞憂に終わった。


「あとは敷地を出るだけ」


 太陽の光に目を細め、かつて見た花壇に焦点を合わせる。

 やはり綺麗な花びらがそよ風に揺れた。


「ようやく、だ」


 もう少しで囚われの身から解放される、と走り出したい気持ちがふつふつと湧いたが、懸命に押し殺す。

 焦りで今までの功績を台無しにしてはならない、と駆け出したくなる衝動を緊張とともに律し続けた。

 だが漏れ出る感情は抑えられず、いくらか速くなったリズムで一歩、また一歩と踏み出す足はついにレンガを捉え、門まで残り数メートルとなったところで。


「おい」


 まさか一本の手に妨害されるとは、思ってもみなかった。

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