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天使

「僕がいた国では魔法が発達していたのですが、万能すぎるあまり、魔法を扱えない職業は虐げられ、衰退する一方でした」


 結論のみを端的に語りすぎても理解してもらえないだろうと、まずは導入を話し始める。

 赤裸々には言わないが、北国についてある程度分かるような軽い説明だ。


「そんな中で僕は剣士を目指していたので、不便さもよく分かっているつもりです」


 魔法があって当たり前の世の中で、魔法が使えないものを配慮する人間はいない。

 ほぼ全ての製品が右利き専用に作られてきたように、少数はないものとしてカウントされるのが常だ。

 なのでここのお風呂がいかに「非魔道士」に優しいか、と言うと、男は若干不服そうに聞いてきた。


「優しいか?」

「はい。僕にとっての大浴場って、水魔素でシャワーを動かしたり、風魔素で髪を乾かしたり、何をするにも魔素が必須なものだと思っていましたから」


 全てが魔道士専用に作られている北国とは違い、ここの風呂は全ての人間が使えるような設計だった。

 だからこそ優しいと形容したのだ。

 もちろん男自身が魔法が使えなくて、設備増し増しの造りにせざるを得なかったという可能性もあったが、何故か仮説は簡単に否定できた。


「あなたは魔法を扱えるにもかかわらず、非魔道士にも優しい人です」

「俺が魔法を使うと何故思う?」

「ざっくり答えるなら、魔法を使えない医師にしては簡素すぎるからです」

「…しっかりとした回答は?」

「少し長くなりますがよろしいですか」

「一時間かかるものでもないだろう」

「そうですね、ではまず確認から」


 突然なんの確認だ、と疑問符を浮かべる男に、返ってきたのは鋭い視線にのせた問いかけだった。


「先程の血にまみれた患者、という発言から、あなたは外傷が専門の医師であると推測しました。合っていますか?」


 嘘をつく理由もないだろうと、男も黙って頷き肯定した。

 外科医である事実が一体何の裏付けになるのか、若干の興味を見せつつ。


「で、それとこれと何の関係がある?」


 既に用意されているであろう答えを男の側から聞けば、やはり返答はすらすらと返ってきた。


「僕の勝手な解釈ですが、治癒魔法を扱わない医師はまず損傷部位への診断が必要になると思っています」


 分かりやすい大怪我ならまだしも、例えば臓器などの目に見えない箇所への処置を行うには、始めに的確な位置を突き止める必要がある。

 とりあえず腹を切ってから考えましょう、というわけにはいかないのだ。


「でも、ここの医務室はひとつしかなく、検査機器のひとつもない。ごく普通の医師が勤める場所としてあまりにも不十分ではないかと思います」


 閑古鳥が鳴くほど暇ならまだ分かるが、男は患者がしょっちゅう来るとも言っていたから、その可能性も否定される。

 つまり、設備を整えなくても医療が成り立つ何かがなくては説明がつかない。

 たったひとりで、全ての症例に対応できるような何かが。

 そして魔法以外に「何か」の席が埋められるものがあるだろうか。


「もちろんあなたが素晴らしい医師で、見るだけで病名をぴたりと当てられてしまう可能性もありますが。だとしたら今頃大ニュースでしょう」


 答えは間違いなくいいえ、である。


「以上の要因から、あなたが魔法を扱う人だと判断しました。そしてここが別国であるという理由にも繋がるのではと思います」


 話が畳まれた後、しばしの沈黙が降りた。

 絶句、という方が正しいだろうか。

 会話とてたった数分交わしただけだ、なのに情報の数々は失言とも思っていない言葉から根こそぎ拾われた。

 もちろん間違った推理ならば、子供の浅知恵と笑い飛ばすこともできただろう。

 ここまでの畏怖を覚えたのは、その推理が正であると認めているようなものだ。


「正解だ」


 男は、目の前の相手が驚異に足る存在であることを十二分に理解した。

 理解したからこそ、先手は早めに打つべきだ、とも。


「だがお前はひとつ見誤ったよ」

「っぐ……!」


 さすがは医者と言うべきか、急所であるみぞおちを的確に殴り飛ばし、背中から壁に激突したところをしっかりホールドして頚椎を抑え込む。

 身動きのひとつも取らせないように、ゆっくりと手の力を加えながら囁いた。


「いくらぼかしたところで魔法=北国(ノストーレス)という方程式は成り立つ。そしてここが北との友好国なんて保証はどこにある?」


 男の行為は、それだけで感情を思わせる。

 つい数分まで軽口を叩き合っていた光景が一転してしまうほどに、北を憎んでいるということだ。

 下手をすれば今殺してもおかしくはなかった。


「残念ながらこの国はお前を歓迎してくれやしない。分かったら余計なことは喋るな、いいな」


 だがかすかな理性にとどめられたか、男は話し終えると、全ての力を緩めた。

 小さな身体が重力に逆らうこともできず膝から崩れ落ちる様を、なんとも言えない惜しい顔で眺めた。


「……げほっ、ごほ」


 一気に気道を襲う空気にむせる声を遮るように、男は手荒に扉を開け、同じように閉めた。

 そしてドア越しのくぐもった声で、言葉を捨てる。


「敵国の掌中にありながら、お前には今後ろ盾が何もない。それを自覚して動けないならどうなるか、頭で考えてみるといい」


 足音の冷たさが、どんどん遠ざかっていくのがわかった。

 殺したい国の相手が無抵抗で目の前にいる、などとまるでお膳立てされたような状況の中で、男は手を上げることはしても、掛けることはしなかった。

 それどころか。


「とても丁寧、だったな」


 言葉通り、非を真っ直ぐに咎めた。

 自らの立場も鑑みることなく、自慢の推理に驕り高ぶり、ベラベラ喋る者などただのカモであると。

 そしてその行動がいかに浅はかであるかと、恐怖に刷り込むように告げたのだ。


「……げほ、っ」


 しかし、今の忠告は男にとっては確実に不要なものであったと言える。

 何故なら敵国の人間など死んだ方が好都合であり、たとえ生かすための後暗い理由があったとしても、先程の言葉が短期的な生を目的としていないことは明白だ。

 この国で長く生き延びるための術を授けたところで、男の側にプラスに働くことなど何もないはずだった。


「優しい人なんて言葉じゃ足りない」


 もちろん真意は不明だ。

 何を持って敵に塩を送る真似をしたのか、わざわざ愚を選ぶ人間ではないから余計に分からない。

 ただひとつ言えるのは、男の言葉が罠の類ではないということだけ。

 それが分かっていれば十分だった。


「きっとしばらくは戻ってこないだろうから」


 手近なペンを手に取り、おそらくカルテ用であろう紙にすらすらと筆を走らせる。

 何をしているのかと咎める部屋の主は今不在であり、全て書き終えてもまだ戻っては来なかった。

 静かな室内に筆記の音だけが響く中、数十秒ほどして、ペンはお役御免とばかりに元あった場所に戻された。

 一体何を書いたのか、その内容は折りたたまれて知ることは叶わない。


「…ありがとうございました」


 ふたり以外は、である。

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