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白黒軍師導  作者: じじ子
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理想逃避

「…ふーっ、あと百回……」

「あいつ凄すぎるだろ、ひとりで何時間筋トレやってんだ」

「確か朝っぱらからだから大体六時間か?…えっやばくね?」

「人間だよな!?俺の目にはゴリラにしか見えねぇんだけど!?」


 わいのわいの盛り上がる男たちの声が雑多であるように、彼らの様相も様々。

 全員動きやすい服装をし、各々鍛錬に没頭するあたりから踏まえて何かの訓練中だとは分かるが、にしては格好がまちまちなのはやや違和感だ。

 ド派手なジャージから果てはTシャツ短パン、というまるで統率の取れていないスタイル。

 それは彼らが置かれている境遇を無意識のうちに表していた。


「よし、と」

「終わったか、終わったんだよな!?」

「もうちょっと背筋しよう」

「いい加減終われよ怖ぇえよ!」

「もう諦めろ、あいつは多分筋トレが趣味なんだ」

「いや、必要な筋肉をつけておくのは当たり前。剣が振れなくなったら困る」

「全部聞かれてたか…さすがゴリラ」

「僕がどれだけ鍛えたところで力で勝てるわけないんだから、その呼び名はゴリラに失礼」

「初めて見たわゴリラに謙遜する奴」


 言葉通り、彼らが今各々研鑽を積んでいるのは剣を持つもの、すなわち剣士になるためだ。

 しかし、このノストーレスという国では全く歓迎されていない。

 理由は至って簡単。そしてすぐに分かる。


「おーい」

「……四十五、四十六」

「ちょっと用があるから手止めてくれ」

「何?ケーザー」


 Tシャツ短パン姿で一人背筋にいそしんでいた身を呼び止めたのは、剣士というより騎士が似合いそうなブロンドヘアーの少年。

 ケーザーというのは名前だろう。

 ぴたっと空中で静止した体を了承の合図としたか、(ケーザー)はやや言いづらそうに話した。


「あー、なんか学院長が呼んでた。今すぐ来いってさ」

「……はあ。嫌な予感しかしない」


 わざわざ学院のトップが呼び出すなど、相応の用事以外には有り得ないだろうというのは誰もが想像がつく。

 とてもではないが気が重くなる、と言わんばかりに肩を落とすのも無理はない。


「伝達どうもね、ちょっと抜ける」


 だが行かない訳にもいかない状況はまさに八方塞がりだ。

 長すぎるため息を吐いて、その身は訓練場を後にした。

 廊下を歩く足取りすら重いことは言うまでもない。


「一体なんの御用でしょうかね」


 ただどれだけ億劫でも礼儀を欠いてはならないと、軽く服をはたき、砂をある程度落としてから四回扉をノックする。

 数拍待つと、中から低い声で返事があった。

 入りなさい、という。


「失礼いたします」


 言われた通り入ると、珈琲の苦さに加え、書物から漂うインクの香ばしさがまるで子供とは別世界のような雰囲気を醸し出してきた。

 慣れない様相に若干顔をしかめるのは来客側のみだ。


「ご要件はなんでしょう、学院長」


 しかしすぐに立て直し、完璧なまでの作り笑顔を浮かべれば、向こうも気づくことはない。

 至って普通に、何を咎めることも無く話は進む。


「おや、突然の呼び出しにも関わらずこうも早急にお越しいただけるとは。余程暇を持て余していたのでしょうか」

「そうですね、鍛錬を暇だと呼ぶのならば」

「いやはや失礼。あまりにも早かったものでね、つい苦情のひとつでも入れたくなってしまいました」

「なるほど、こちらこそ出過ぎたことを申しました」


 社交辞令でぺこりと頭を下げると、礼儀作法も申し分ないですね、としわがれた声はまるで採点するかのように言う。

 何を試しているつもりなのかと向こうの考えが読めないだけに、険しくなる顔も今度は隠せなかった。


「どうにも君に釣り合わない案件かと思いましたが、私の勘違いだったようです」


 ペーペーの教官ではなく学院長が言うあたりから見てもよほどの内容らしいが、話もなしに勝手に見定められては気分はあまりよろしくない。

 と目で訴えたのだろう、向こうもようやく伝える気になったらしい。

 一枚の紙をぺらりと粗雑に向けてきた。


「いえね、君に王都から直々に伝令が入ったのです。それも、剣士長候補として」

「剣士長?僕…いや私が、ですか」

「左様です。王の駒となり得る人材だという判断が下ったのでしょう」

「かしこまりました。拝命いたします」


 わざと棘のある言い方をしたにも関わらず、何も反論を返さない相手を面白くないと思ったのだろうか。

 学院長は上辺だけの労いの言葉をかけるや否や、早々に部屋の扉を閉めた。

 その分かりやすすぎる態度に、鼻で笑うのをすんでのところで堪えたのは幼いながらに上出来だったように思う。


「…やっぱりろくな用事じゃなかった」


 というのも、子供ですらこれほどまでの酷い扱いを受ける程に、剣士の地位は以前と比べてかなり低くなっていた。

 魔法という超人的な力が当たり前のように使われるようになったおかげで、近接戦闘に特化しただけの職はお役御免になったのだ。

 昔は剣聖だの剣豪だの仰々しい称号もあったというのに、今では見る影もない。


「駒、か。分からなくはない」


 しかし剣士を目指すはずの人間は、先程の発言に怒るでもなく悲しむでもなく、冷ややかな声でただ呟いた。


「せめて金将か、クイーンくらいにはなりたいものだけど」


 心のどこかで、剣士は魔道士よりも下であるという現実を受け入れてしまっているが故に言い返すことを諦めた。

 先程の学院長の煽りに何も言わなかったのもそのせいだろう。

 客観的に見ても勝てるのは身体能力くらいのものだ、なんて誰に言われるでもなく当人は既に気づいているはずだ。


「おー、おかえり。もう昼だし片付け始めてるぞ」

「分かった、手伝う」


 だが、仮にそうだとしたら分からないことがひとつある。


「…───あー、でもちょっとストップ」

「うん?何」

「ちょっと軽く模擬戦しないか」

「いいけど。なんで?」


 何故、変えようのない現実を知りながら、敢えて過酷な道を選ぶのか。

 今だって、手に取ったのは杖ではなくただの棒切れがひとつ。

 もちろん魔法が使えないからというのは理由にならない。

 職業は星の数ほどある。なのにわざわざ厳しいと分かっている茨の道を進む理由は一体。


「お前のその顔見てたら腹立ってきただけ」

「何それ。ブスって洒落た風に言ったつもり?」

「なわけあるか馬鹿」


 その不可解な問いへの答えは、すぐに返って来た。


「準備できたか?」

「出来てるよ」

「よし、じゃあ──始め!」


 まるで子供のような、もちろん年齢はまだ子供なのだが、もっとそれ以下の。


「どうせあの魔法至上主義の学院長のことだから、お前にもなんか言ったんだろうけどな」


 言ってしまえばクソガキと等しい表情は、今までとは全く違う。

 無声音でも分かる感情が顔に張り付いている。

 余計なことなど何もなく、ただ楽しい。

 ほんの少しの策略を用いて、己の身体ひとつ、剣一本で戦う場は緊張と高揚感を同等にもたらす。

 それら全てが最高だと思うほど、剣に魅了されたのだ。


「あんま気にするなよ、おっさんの言うことなんて無視だ無視」

「いや、ごめん全然気にしてない」

「嘘吐くなよ、なら何であんな暗い顔してたんだ」

「お腹空いてたから」

「は!?ふざけ、」

「はい隙あり」


 要はただの剣大好きっ子、である。

 剣士を目指すのだって理由は他にない。

 しかしそれだけで充分だろう、主に今は。

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