思い出せなくても
事件の始まりは山賊が村人を襲った事だったらしい。そもそも山賊は山の民と呼ばれ村と交易をする関係だった。しかし、山の民の集落で保存していた食料が盗まれており、それが村人の犯行だと主張して村人を襲ったということだった。一方で、村の倉庫にあった作物もまた盗まれていた。村人はそれを山の民の仕業だと考え、結局どちらも話し合いは譲らず、村人が襲われたこともあり、いつの間にか村人は山賊と揶揄するようになっていたというのが現状だった。
「そうだったんだ……。俺達も協力するよ。君が嘘をついているとは思えないし、魔術師だからって、君が酷い目に遭う理由にはならない。」
「でも、それが現実なんだよね……。」
ヘレーナは下を向いたまま、言葉が口から零れたように言った。一度唇を噛み締めて、感情から生まれる言葉を抑えながらも、ついに溢れた。
「魔術師って、そんなに悪いことなの!?何もしてないのに、皆から責められて、誰にも信じて貰えないなんて、そんなのおかしいじゃない。私達だって、ただ皆の役に……。」
「ヘレーナ……。」
ヨハンネスは妹の隣に座り、彼女の今にも涙が溢れそうな顔にその胸を貸し、優しく背を撫でてやった。ヘレーナは、かつて故郷と取引のあった村で起こったことを思い出してしまった。彼女もまた、魔術という力で深い傷を負った者だった。レミールは彼女の叫びに彼なりの答えを示した。
「魔術師がこういった扱いを受けるのは昔から変わりません。魔術師は、数少ない特別な力を持った者です。だから大勢の人は魔法という未知のものに対する恐怖を、無意識のうちに感じて他の人と共有する。同じ恐怖はやがて膨れ上がり、集まった人々は恐ろしい物を排除しようと攻撃を始める。人の為に魔法を使っていた魔術師も、負の感情を押し付けられて、闇に囚われてしまうでしょうね。そうした魔術師が人々を襲う事件だってあるそうです。最近でも、大国エルダーナが滅びた原因を魔術師と考える人もいます。だから、“魔術師は総じて危険人物“という認識が染みついているのでしょう。あなたも、きっと同じ経験をしている。だから他人の不幸に、こうも悲しんでくれるんだ。でもあなたには、すぐ傍に信じて、あなたを護ってくれる人がいるじゃないですか。」
レミールは、セオドアとヨハンネスを見て言った。少し話し過ぎたと腹から深い息を吐いた。ヘレーナもその答えに頷いてみせた。
「君がそう思えるのは、きっと君にもそんな人がいたからなんだろうな。」
セオドアがレミールの空の器を受け取りながら、そう言った。おかわりはいるか鍋の前で首を傾げて見せると、レミールは申し訳無さそうにも頷いた。また温かいスープで満杯になった器を差し出すと、答えるか少し迷っていた言葉をレミールは話してくれた。
「……いました。いや、いたような気がする……、ですかね。昔から酷い目には遭って来ましたが、ここには思い出が多くて離れ難かったんです。もう覚えていませんが、世話をしてくれた人もいたと思います。今の僕にも、話を聞いてくれる相手はいますし、それに村長も何故か少し気にかけてくれていました。だから独りぼっちで、誰も助けてくれないなんて事はないんだと思います。自分が本当に困っているとき、手を差し伸べてくれる人は必ずいると、今も信じています。そういうお節介な人は、見捨てられないものですから。何より、皆さんもそうでしょう?スープありがとうございます、凄く……美味しいです。」
レミールがはにかんで言った言葉がセオドアは嬉しくて、全力で笑顔を見せながら何度でもおかわりしてくれと言った。ヘレーナも彼の言葉に安心し、少し冷めてしまったスープの続きを食べ始める。ヨハンネスはヘレーナを解放し、自身もおかわりを貰おうと鍋に向かって行った。
「そしたら明日、俺達でも調べてみようか。その、山の民の集落がどこにあるのかは知ってるのか?」
「僕は知ってます。ですが、他の村人には伝えていません。押しかけに行ってしまいそうなので……。」
「正しい判断だろうな。でもなんでレミールだけが知ってるんだ?それも魔法か?」
ヨハンネスはバリニッツァに噛り付きながら聞いた。しっとりとしたクッキーが口の中に広がり、あんずの甘酸っぱい風味を感じる。
「はい、僕は生き物の声を聴くことが出来るんです。それが、僕の魔法です。山の民の集落の場所も、山に住む動物たちに聞きました。今は、この事件のことを何か知らないか聞いています。」
ヘレーナはレミールの魔法に驚いた。彼女は動物の声を聴くことなどできない。狩猟民族の彼女にとってそれは良かったことかもしれないが、彼の魔法に俄然興味がでた。
「動物の声が聴けるって、どういうことなの?普通に言葉として認識できるってこと?それ、私にもできるのかな。」
レミールは彼女の好奇心に驚きながらも、その疑問に答えようとしてくれた。
「まず、魔法には二種類あるんです。自然の魔を借りて操る魔法はどの魔術師でもおそらくできます。それともう一つが、魔術師一人一人に与えられた固有の魔法です。これは、皆違う魔法で、僕なら生き物の声を聴く魔法が与えられています。ヘレーナさんの魔法は?治癒の魔法ですか?」
「私の魔法……。火を点けるのは自然の魔法だよね。怪我を治せるのは私の固有の魔法……?水を操ったのは、自然の魔を借りる魔法なのかな……?」
ヘレーナは自分が今まで使用した魔法のことを思い返した。水の精霊の攻撃によって、故郷が水に呑まれた際、ヘレーナは魔法でそれを打ち消した。レミールも一緒になって、へレーナの魔法を考えてくれている。セオドアとヨハンネスにはさっぱりだった。
「火を点けるのは明らかに自然の魔法でしょうね。僕にもできる。でも、水を操るってどういうことだろう。やった試しがないけれど、僕には生み出すことが精々だと思います。自然の力を借りる事はできても、操ることはできません。魔力の差かもしれませんが。あと、怪我を治すというのも僕には出来ません。先程の怪我が、まるで何もなかったかのようになっているなんて、本当に凄い魔法です。」
「そしたら、怪我を治せるのが私の魔法?」
「そうかもしれません。でもそれだけではなく、もっと大きなものに感じます。」
ヘレーナは嬉しそうに笑って見せた。その笑顔に呼応するようにレミールもフッと笑顔がこぼれる。
「詳しいんだな。」
「これも、魔法で聞いたんです。村の南東に大きな樹があって、その樹が教えてくれました。長生きで、何でも知ってる森の長老なんだそうで。」
ヨハンネスはそうなのかと相槌を打ちながらセオドアの分のクッキーに手を出そうとして、その犯行を見逃さなかったセオドアに手を叩かれている。ヨハンネスに横取りされる前にセオドアは自分のバリニッツァを手に取ったまま言った。
「さて、今夜はこれくらいにして、そろそろ休もう。レミールも忘れてたけど怪我人だし。後のことはまた明日にしようか。」
「そうだな。俺たち隣の部屋にいるから、なんかあったら呼んでくれ。じゃあまた明日。ゆっくり休めよ。」
セオドア達はそう言って隣の部屋に入った。部屋はほとんどレミールと共にいた部屋と変わらないが、こちらには大きな出窓があった。そこから広場を見下ろすことが出来る。その広場に降りる月明かりが美しく、へレーナはハーブティーを入れて少しゆったりとした時間を過ごした。セオドアとヨハンネスもそのお茶を貰い、ソファに座って明日のことを少し計画立てている。カップが空になる頃にはもう三人も眠くなり、夢の中へと落ちていった。