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ノアの旅  作者: 衣吹
【声を聴かせて】
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故郷のひと時

 熊をこのまま持ち歩くのは流石に骨が折れるため、その場で解体することにした。近くに小川もあり、そこで少し服を濯ごうとすると真っ先にヨハンネスが勢いよく飛び込んだ。大きな水しぶきが立ち、この時点でセオドアはびしょ濡れだった。自分から飛び込んだくせに引き上げてくれてと言わんばかりに手を差し出してきたため、その手を取って引き上げてやろうとすると逆に川に引き込まれてしまった。やってくれたなとセオドアもその気になり、ヨハンネスを水中に沈める。散々にふざけ合って笑い倒し、やっと満足して二人で水から這い上がった。びしょ濡れで重い服のまま、仕事に取り掛かる頃にはだいぶ影が短くなっている。作業中に狼が何度か襲って来たが、あまり獲物が増えても困るため、適当に追い払っていた。自然の中で生きてきた彼らは、自然の恐ろしさを良く知っていた。もはや人間如きが獣をいくら狩ろうとも、強い自然の生態系を崩すことは出来ない。野生の生き物たちも人間も、皆等しく弱者は喰われるだけの世界だ。それでも尚、自然と共に生きるということこそ、彼らが故郷で学んだことだろう。


 取り分けた肉や内臓は大きな葉に包み、毛皮は綺麗に一枚にして畳んでおいた。あまり会話は挟まず淡々と作業を進めていく。作業をしていると、彼らは新たな獲物である野生の羊を見つけた。その羊は群れとはぐれてしまったのか、辺りを見回しながらも呑気に地面に生えている草を食んでいる。


「なぁ、俺らの今日の飯まだ無いよな。」


「ない。……なぁ、アレ食いたくね?」


「ああ、アレか。アレは食いたいな……。」


 羊は二人の殺気に気が付いたのか、のんびり食べていた草を諦め即座にその場から逃げ出した。


「逃がすな!!」


 羊の全力の逃走はヨハンネスの足には敵わない。ヨハンネスの投げたナイフは羊の行く先を阻み、別の方向に逃げた先で、セオドアが斬った。


「今日はまともなものが食べられそうだな。」


「宿屋以外でまともな物食えるの久しぶりだ。仕事した甲斐があるぜ。」


 その後すぐに全ての仕事を終え、ヘレーナとの待ち合わせ地点へと向かった。その場所では既にヘレーナが籠一杯に草花を集め、調合を始めている。遠くからセオドアとヨハンネスに気が付いたヘレーナは大きく手を振っていた。びしょ濡れだった服は既に乾き、川で遊んでいて遅くなったことは気付いていなさそうだ。


 その場所は少し高台になっており、森からも開けている場所だった。木々で隠れていた太陽がもう真上に輝いている。


「熊と羊?随分大猟だね。こっちも沢山集まったから、結構なお金になるよ。」


「それなら良かった。腹減っただろ?昼飯にしようか。」


「うん!」


 ヘレーナが薪に手を翳し、魔法で火を付けた後、料理はセオドアとヨハンネスが行った。青空の下の料理もまた彼らにとって久しぶりだった。彼女の魔法で水を生み出し小さな鍋に羊の肉を骨付きのままたっぷり入れ柔らかくなるまで煮込んでいく。ヨハンネスに旅の途中で手に入れた岩塩を削ってもらい、少しずつ加えて味を調える。その間ヘレーナは薬作りに集中した。ヘレーナの籠からローリエの葉を二枚ほど奪い、野生で育っていたキャベツと共に投入していく。


「芋ないの?」


「ない。」


 鍋をかき回しながら、ヨハンネスの方を見るまでもなくセオドアは答えた。


「そりゃ残念。」


 羊の肉が柔らかくなるまで煮込み、スープの良い匂いが漂い始めた。セオドアが軽く味見をして、もう少し塩を足してから完成した。


【青空の下のお昼ご飯】

~フォーリコール~

故郷の伝統料理。色々材料は足りていないが、旅の中で集めた材料で作ったお肉たっぷりでボリュームのある特別な一品。


「出来た。食べようか!」


 セオドアが二人の分の食事をよそい、ヘレーナも作業をしていた手を止めて食事にありついた。本来ならシチューになる料理だが、小麦はないためサラサラのスープになっている。これはこれで食べやすい。


「美味しいね、懐かしい味だから尚更かな。」


「そうだな。セオ、おかわりくれ。」


「早い。まぁいいや、ほら器。」


 ヨハンネスは細身の割によく食べる。一体その身体のどこに吸収されているのかセオドアには分からなかった。だがこのことは遥か昔から分かっていた為、鍋には初めから溢れそうになるまで作っておいた。


「ほら、ゆっくり食えよ。」


 秋風が吹いて少し寒くなってきたところに、温かいスープが身体に染み渡る。あれだけ用意していたスープはあっという間になくなった。何杯食べたか分からないヨハンネスに対し、ヘレーナは一杯しか食べられなかったと不満をぶつけるが、遅い方が悪いと足蹴にされた。兄として最低の振る舞いだがヴァリ家ではいつもの事だ。


 酒場で聞いていた村まではあと半分といった所だろう。腹も満たされたところで、先に進むことにした。ヘレーナの便利な魔法で鍋も綺麗に掃除し、風を起こしてもらってそのまま乾かして荷物の中に突っ込んだ。彼女は生まれながらにして希有な力を持つ魔術師だが、自分自身の魔法が何なのか分かっていない。普段から感覚のみで魔法を扱い、出来たり出来なかったりを繰り返していた。ただ分かっていることは、出来ると確信したことは、間違いなく出来ていた。

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