白の主
「あの島さ。」
アレグリアが指さす先には木々の生えていない岩山の島があった。そこがどうやら目的地らしい。
「あんた達はここに残りな。日没までに戻らなかったら、ルカコスへ帰れ。ニコ、頼んだよ。」
船と部下を海上に残したまま、小さな船で向かう事になった。四人で船を降り、ヨハンネスが船をこいでいる。
「あのでっかい船動かしたかった。」
「百年早いよ。」
アレグリアは鼻で笑っていなした。船が島に近づくごとに奇妙な音が聞こえ始める。カタカタと、何かが打ち付けられるような音だ。ついに島へ上陸すると、すぐにその音の正体が分かった。
「なんだあれ……。」
「強いて言うならエビかな。」
そこにいたのは、あまりに巨大な生物だった。セオドア達はエビを知らないため、そう言われても分からない。青と赤の固い殻に長い触覚と、沢山の細い脚が順序良く動いている。エビという生き物があれを指すなら、あまりにも恐ろしすぎる見た目だ。島にはいくつか華も咲いている。このエビに殺された人々だろうか。巨大生物はセオドア達に気が付いたのか、その一際長く細い手を振りかざした。
「エビは焼いて食べると美味いんだ。早く仕留めるよ!」
その見た目にそぐわず、この巨大生物は素早かった。セオドアやアレグリアは後方へ飛び、ヨハンネスはヘレーナを抱えて右手にあった岩の裏へ逃げ込んだ。その細い手は砂浜に突き刺さると大きな砂ぼこりが舞う。
「本当にバケモンじゃん!」
「あら、そう言わなかった?」
巨大生物の狙いはセオドアとアレグリアに定まり、連続的に攻撃を繰り出される。その攻撃が早く、逃げることが精一杯になっていた。どうにか攻期を探っていると、その生物の頭に閃光が奔る。
「げっ、頭かった!!」
ヨハンネスは岩の上から矢を放った。しかしその光は衝撃こそ与えたものの、傷はなさそうだ。巨大生物はヨハンネスに標的を変え、岩に向かって突進していく。すぐにナイフに持ち替え、迎え撃とうとしたところ、自分の横を大きな炎の弾がその生物に向かって飛んでいく。巨大生物にその炎が直撃すると、大きな唸り声を上げて横転し、尾を浜に何度も叩きつけた。その機にヨハンネスは巨大生物に飛び移り、小さなナイフをその首に突き立てたが、巨大生物が揺れるため、上手く力が入らず、固い殻にヒビを入れるだけとなった。また大きく巨大生物の体が撥ねた時、身の軽いヨハンネスも弾き飛ばされた。セオドアはヨハンネスが受け身を取ったことを確認し、立ち上がった巨大生物の前脚を斬り落とした。斬り落とした脚は浜に落ちてもまだ関節を曲げたり伸ばしたりして前へ進もうとしている。
「まだ動くのかよ……!」
再びバランスを崩した巨大生物はその場でのたうち回っている。浜に叩きつける尾をアレグリアが斬り落とし、セオドアに顎を突き出して見せた。セオドアは巨大生物に飛び乗り、ヨハンネスがヒビを入れた場所から剣先を入れ、その首を落とした。青い血が流れ、それでもしばらく動いた後、巨大生物はやっと動かなくなった。
「で、これ、何?」
吹き飛ばされたヨハンネスがいつものように頭を掻きながら歩いて戻ってきた。アレグリアは剣に付いた血を払い、いつものように口許だけで笑って見せながら話した。
「さぁ、なんだろうね。少なくとも、私の父の時代にはいた生物だ。」
「辺りに咲いてる華って……。」
「あぁ、皆私の部下たちだ。」
そう言って華々に目を向ける彼女の表情は珍しく優しいような儚いような顔をしていた。
「覚えているのか?」
「私の部下である、それだけさ。」
そう言って彼女は胸元を少しはだけさせ、服の内側にしまっていた煙草を取り出した。そしてヘレーナに火を貰い、華を見ながらふかしている。彼女が一服するまで、セオドアたちは少し高い岩の上から静かに海を眺めていた。
「セオ、怪我ない?」
「ああ、俺は大丈夫。」
「俺には聞いてくれねぇのかよ。」
「うん、お兄ちゃんはいいや。」
「なんでだよ、怪我してるんだよ。」
ヘレーナは兄に見向きもせず、海を真っ直ぐ見続けていた。ヨハンネスの怪我はきちんと受け身を取ったおかげでそれほど酷くは無かった。ヨハンネスは袖で血を拭い、傷口に付いた砂を手で払った。すると、ヘレーナの魔力の温かい光がヨハンネスの傷に触れた。ヨハンネスも意固地で、そっぽを向いてヘレーナに礼を言わなかった。この二人はいつもそうだ。もう少し素直になればよいのにとセオドアは思っていたが、これも昔からだ。その後は特にする話もなく、静かにさざ波の音を聞きながら、海を見続けていた。




