真夜中のお茶会
船上で過ごす時間は長いようで短かった。早朝に出発したが、気が付くと既に日が西へ沈みかけている。食事は持ちの良い質素な物しかなく、乾いたパンと塩漬けの肉が少し分けられた。夜は船上も少し静かに感じ、夜空を見ながら食事をした。
【海の上のご飯】
~乾いたパン~
水分が抜けてカラカラになったパン。
~塩漬け肉~
塩漬けにしたことで長期保存が可能になった肉。かなり塩気があり、パンにのせて食べると船上ではご馳走。
「肉しょっぱ!!」
肉だけ先に食べたヨハンネスが叫ぶ。周りの船員たちは彼のその姿を見て笑っていた。どうやら先程の掛け試合で彼らと随分と仲良くなったらしい。パンに乗せて食べてもやや塩気が多いと感じるが、香草などの風味も感じる。三口程で食べ終わってしまったが、分けてもらえたのはこれだけだ。船の上の食糧は貴重で、普段の量の食事と比べれば全く足りていない。
「なぁ、水出せるなら飯も出せないのか?」
「やったことあるじゃん。でも味も食感も変で美味しくなかったでしょ?」
「あぁ、そうだった。使えねぇ~。」
ヘレーナは冷たい視線を兄に送った。それだけでは腹の虫が治まらず、魔法で兄を海へ投げ込んだ。水しぶきが上がり、船員たちも驚いてヨハンネスが落ちた海を見ている。
「海、飛び込みたかったんでしょ?良かったじゃない。」
「へ、ヘレーナ。悪かったって。た、助けて……!」
アレグリアは豪快に笑っていた。船内は沢山の笑い声が響き渡り、いつの間にか酒盛りが始まっている。ニコが船から綱を降ろし、ヨハンネスを引き上げてくれた。
「さっむ……。しょっぱ……。」
「本っ当に馬鹿だなお前。」
海風と秋の夜の気温でかなり冷えていた。ヘレーナに火をくれと言っても今は絶対に出してはくれない。第二甲板へ降り、明かりの傍で服を乾かしながら毛布にくるまっていた。
「あいつ、突き落とすことねぇよなぁ。」
「いやどうだか。風邪ひくなよ?明日には着くらしいから。」
「そうだ、矢羽根出してくれ。あれも乾かさないと。あとあれも、ナイフもちゃんと拭かないと錆びちまう……。」
毛布にくるまったまま、背中を丸めて乾かしている服と荷物の所へ行った。セオドアは自分がやるから座っていろと、ヨハンネスを明かりの傍へ戻した。全く手のかかる兄妹だ。仕事を引き受けてやったと思えば、当の本人は既にウトウトと頭を揺らしている。
「こいつ……。」
まあこんなことは故郷にいた頃からそうだった。ヨハンネスとヘレーナの兄妹喧嘩にセオドアは交じれない。別に喧嘩がしたいわけではなく、いつも仲裁役を引き受けるこちらの身にもなって欲しい。ため息をつきながら、彼の隣でセオドアも眠ることにした。ヘレーナはアレグリアの船長室に招待され、夜もそこで過ごすことになっている。彼女なりの気遣いなのだろう。ヘレーナは船内で最も豪華な部屋の隅で小さくなっていた。あまりに煌びやかで、妙に緊張してしまっていたのだ。床が全てカーペットになっており、靴を脱いで上がった。アレグリアはヘレーナにも酒を進めたが、ヘレーナは丁寧に断った。代わりにヘレーナが茶を提案し、アレグリアもそれを貰うことにした。ヘレーナは自身の魔法で水と炎を生み出し、鞄から数々の小瓶を取り出して今夜のハーブティーを作った。アレグリアは戸棚から美しい絵柄の施されたティーカップを二つ取り出し、ヘレーナに差し出す。ヘレーナからできたてのお茶を受け取ると、アレグリアは部屋の椅子にヘレーナを座らせ、自分はベッドに腰かけた。
「いい香りだ。」
アレグリアに気に入って貰えてヘレーナは心底喜んだ。少し茶を楽しみながら、ヘレーナは抱いていた疑問を投げかける。
「ねぇ、アレグリアはどうして海賊になったの?」
「悪いね、身の上話はしないタチなんだよ。秘密は多い方が、もっと私のことが知りたくなるだろう?」
そう言っていつも通り不敵に笑って見せた。そうだ、とアレグリアは戸棚から甘い菓子を取り出し、ヘレーナに分け与えた。
【夜のお茶会】
~ヘレーナのハーブティ~
今夜は特別にバラやヒースの花を調合。甘い香りにレモンの葉を加えすっきりとした味わいに。
~アレグリア秘密のバクラヴァ~
何層も重なった薄いパイ生地の間にナッツがふんだんに含まれている。シロップ漬けにされていてとっても甘い。
真夜中にこんなに甘いものを食べて悪い事をしている気分だった。それでもアレグリアがくれたバクラヴァというお菓子は甘いもの好きなヘレーナにとって最高の一品だった。一つ一つがとても小さく、味わってゆっくりと食べた。




