船上の攻防
互いに剣を抜き、間合いを取った状態で船上に緊張感が走った。
「いつでもいいよ。」
おいでと、手招きで挑発された。セオドアはその誘いにのり、木の床を蹴った。初撃は受けられると分かって飛び込んだのだ。彼女の細い剣がしなりながらも、セオドアの刃を受け止める。追撃しようと身を翻し、彼女のわき腹を狙って剣を揮うと、アレグリアはその衝撃を剣で受け流しつつ、背面へ避けた。
「やっぱり、やるじゃないか。」
アレグリアは今まで見た中で一番輝いた笑顔をしていた。この戦いを心から楽しんでいるのだろう。その顔に、より一層勝つと思えた。
「俺セオにもう百掛けるわ。」
「ちょっとお兄ちゃん……?」
「何言ってんだ、姐さんがあんな小僧に負けるわけねぇだろ。俺は姐さんにもう百五十だ!」
外野は外野で盛り上がっているところ、今度はアレグリアがセオドアに襲い掛かる。普段ヨハンネスを相手にしている分、それほど早くは感じない。だが、彼女の戦いへの遊び心と、扱う剣がしなって攻撃があまりに読みにくかった。左に来ると思って避けた先に剣先が触れ、腕から少し血が吹く。それでも逃げているばかりでは決着がつかない。どこかで受けなければとその瞬間を狙っていた。だが船が高波に乗り、その舞台が大きく揺れた。その時、船上での戦いに慣れていないセオドアは体制を崩してしまった。アレグリアはその隙を逃さずセオドアを押し倒し、足で肩を抑えてその喉に剣先を突きつけた。男たちは船長の勝利を確信して声を上げるが、ヨハンネスはその光景を見てもまだ落ち着いていた。よく見るとセオドアは寸前のところで刃をずらしている。
「まだ、終わってないだろ?」
「面白い。」
セオドアは笑顔のアレグリアを蹴り上げて体制を立て直した。ヨハンネス以外の人間と戦ってこれほど長く続いたこともない。セオドアもまた、この戦いを楽しんでいた。それでも、負けるつもりは更々ない。剣を握り直し、アレグリアに向き直った。
「ほら、セオドアの勝ちだ。」
セオドアは船員たちが瞬きをしているうちにアレグリアの手を剣の柄頭で叩き、彼女の剣を落とさせる。そしてその首を斬り落とす寸前で止めていた。
「まいった。」
アレグリアは両手を上げてそう言った。その声にセオドアは一呼吸ついて、彼女を解放した。
「あらまあ。」
ニコはまさかアレグリアが負けるとは想定しておらず、頬杖をついていた姿勢から背筋が伸びた。船員たちも目にもとまらぬ速さで突然決着がついたことに驚いている。ニコはすぐに気持ちを切り替えて掛けに参加していた者達に配当金を渡していく。セオドアに賭けていたものはほとんどいなかったため、ヨハンネスは悪い笑顔が止まらない。アレグリアは自分の剣を拾って鞘に納め、セオドアも剣をしまった。
「怪我、出して。」
ヘレーナがセオドアに声を掛けた。アレグリアの方もヘレーナは気にしていたが、彼女は無傷のようだ。セオドアの白い服が赤く染まっていたところに直接手を当て、その傷が消えるように祈った。彼女の魔力の温かい光に触れたかと思うと、もう傷も服に染まった血も消えていた。
「あんた魔術師だったのかい。」
「う、うん……。魔法、嫌いだった?」
「いや、納得しただけさ。あんたのこと、船に乗せるか迷ってたんだよ。そこの二人と比べて、強者には見えなかったからね。でも、弱くも見えなかった。うちの子に乗せて正解だった。」
ヘレーナの顔をそっと撫でて微笑みかける。
「それにしても楽しかった、こんなに魂が震えたのは何年振りだろう。」
「やめてくださいよ、前のは本当に死ぬかと思ったんですから。」
ニコがアレグリアに飲み物として酒を持ってきた。アレグリアは船に置かれた樽に腰かけ、酒の瓶を直接飲んでいる。
「前のって?」
ヘレーナは純粋な疑問を投げかけた。アレグリアはよく見るとその顔や腕に傷の跡が多く見られる。アレグリアはまた妖美に笑って海を眺めながら話した。
「十年前くらいかねぇ、なんとなく北へ昇った時、食料がなくなっちまってね。たまたま通りかかった船があったから、その船を襲ったのさ。もうほとんど覚えてないけれど、質素な船だったからなめてかかったらどっかの国のお偉いさんの船だったみたいでねぇ。そこにいた護衛の色男が馬鹿みたいに強くて、まだ若造だったけれど、あれほど命に手がかかったのは初めてだった。あの男の事だけは忘れられないね。」
まるで想い人を思い出すかのように話した彼女の横顔は彼女にしか持ち合わせない雰囲気がある。
「じゃあ次は負けない?」
ヘレーナがそう聞くと、アレグリアは彼女をじっと見つめて一言言い放った。
「あぁ、抱いてやるさ。」




