赤髪の英雄
「こりゃあ上客のお出ましだ。」
バーマンはカウンターを出て自らその女性を案内した。その女性は席に着くとすぐにそのすらりとした長い足を組んだ。その女性は周りの男たちに比べてとても身なりや肌艶が良いことはここからでも分かる。
「聞いてくれよエリアス、西の大陸で飲んだ酒がどうしても忘れられなくてね。特徴を伝えるから再現できるかい?」
「もちろん。あなたのご希望ならなんなりと。」
「期待しているよ。」
後ろに着いていた男の一人がエリアスと呼ばれたバーマンにメモのようなものを渡した。それを持ってバーマンはカウンターに戻り、すぐにその酒を作り始めた。少し味見を繰り返しながらやがて完成した酒をあの女性に持っていく。女性はすぐに一口飲んで、バーマンに少し陰のあるような笑みを向けた。
「さぁ、あんたらも飲みな!!遠慮はいらないよ!」
腹から出るようなその声は広い酒場中に響き渡った。それに応えるように彼女に付く男たちは雄叫びを上げる。そして給仕たちが裏で彼女が来た時から用意していただろう麦酒が一気に男たちに運ばれていった。突然の盛り上がりにセオドア達は驚いて開いた口がふさがらなかった。三人で顔を合わせ、無言で皆正面を向き直す。再び麦酒を一口飲んで、戻ってきたバーマンに話を聞いてみることにした。
「あの、あの人は?」
「海賊狩りのアレグリア、この辺りで知らない人はいない英雄だよ。」
英雄と呼ばれるには柄が悪そうだと感じたが、海賊狩りという呼び名やここまでの言動に興味を持った。詳しく話を聞こうとカウンターに少し前のめりになる。
「海賊狩りの英雄?」
「そうだ。彼女のおかげで海賊が蔓延ってたこの辺りの海も、安心して渡ることが出来るようになったんだよ。ま、彼女も本当のところは海賊の宝を狙う海賊なんだけどな。」
「海賊か……。」
森で暮らしてきたセオドア達にとって海で生きる人々は未知の存在だ。ふと、彼らの方に目を向けるとそこにアレグリアはいない。どこに行ったんだと酒場を見回すと、セオドアのすぐ隣に現れていた。いつの間に現れたのかと驚き、つい彼女の方をまじまじと見てしまう。近くで見ると深く整った顔立ちに、真っ赤な唇と黄金の瞳が印象的だった。
「私のいないところで内緒話?寂しいじゃない、聞かせてよ。」
彼女はテーブルからグラスだけを持って移動してきたようだ。グラスを少し傾けて酒を煽り、紅のついたグラスの縁をそっと指で拭った。
「あんたら、この辺りの人間じゃないな?どこから来たんだい?」
「俺達は北方のロンデラーグから。」
「あぁ、フィヨルドの。行ったことはないけれど、自然豊かな所だね。」
「詳しいんだな。俺達も今あなたのことを聞いていたんだ。アレグリア、俺はセオドア。こっちはヨハンネスと、その妹のヘレーナだ。」
「そ、よろしく。」
興味があるのかないのか分からない返答に戸惑いを隠す。よく見ると彼女は腰に細身の剣を携えていた。妖美なだけではない彼女の雰囲気は武人のものだったのだろう。女手一つであの柄の悪い男たちをまとめ上げているということは、彼女の腕の良さが伺える。
「なぁ、アレグリアって珍しい名前だよな?あんたこそどこ出身なんだ?」
「覚えてないね。その名もどこかで聞いて響きが気に入ったからそう名乗ってるだけさ。」
「じゃあ、本当の名前も……?」
「さぁ、忘れちまったよ。そのくらい、気に入らない贈り物だったんだろうね。」
そう言って彼女はグラスに残った酒を一気に飲み干した。グラスをカウンターに置くと、すかさずバーマンが新しいグラスと入れ替えた。次の酒はグラスに葡萄酒と様々なフルーツが入っているものだ。バーマンとアレグリアのやり取りは、そうしなければならないという雰囲気ではなく、ただ彼が特別なサービスをしたいからそうしているように見えた。彼女が英雄と言われている事もあり、この街に多大な貢献をしたのだろう。




