冷たい朝に
以前ゲームシナリオとして投稿していたものを小説に直し、展開含めて見直しました。
新たな冒険を楽しんでいただけたら嬉しいです。
遠く澄んだ空がまだ夜の気配を残したまま、太陽が少しだけ顔を覗かせる。際限なく育つ木々が生い茂る森の中で、その明かりに目を覚ました若い旅人がいた。ともに旅にしている二人の兄妹はまだ夢の中らしい。昨晩焚いた炎は既に灰となり、熱のない秋の早朝は少し冷える。野宿とはいえ、心地よい目覚めに青年は身体を起こし、一つ伸びをしてから顔を洗いに脇の小川へ降りた。日の光が少しずつ昇り、彼の黄金色の髪に触れて輝いている。手で流れる水を掬い、勢いよく顔に当てる。冷たい水と爽やかな空気に身も心も満たされた。今日はよく晴れそうだと、もう一度空を眺める。眠気も覚め、ふと対岸に咲く一輪のカサブランカが目に留まった。それはすぐに死華だと分かった。死華は人が命を落とした時に咲く花だ。人は死ぬとその身体は華に変わり、魂を納める器になる。ここは人を襲う獣も多い森だ。名も知らぬ者の華に青年は祈りを捧げ、未だ夢の世界を漂う友を起こしに戻った。
「ヨハン、そろそろ起きろよ、早起きするって言ったのはお前だろ?」
軽く身体を揺すってみても、一度寝返りを打ってまた背を向ける程、ヨハンネスは朝に弱い。逆に、この声を聞いて彼の妹であるヘレーナの方が先に目を覚ました。
「セオ、おはよう。」
寝起きの声で自分の名を呼ばれ、「おはよう」と返す。まだ眠い目を擦りながら、彼女も起き上がって身支度を始めた。その物音でやっと兄の方も起き上がり、寝癖のついた頭を搔いている。
「今日はエルダーナまで進むんだから、早めに出るぞ。」
「分かった分かった。」
大きなあくびをしてやっと立ち上がったヨハンネスは顔を洗いにヘレーナの後を追っていく。朝食の支度でもしようかと、燃えた後の焚き火に枯れ枝を足した。ヘレーナが戻ってきたら彼女に火を付けてもらえばいい。昨日の夜に作ったスープがまだ少し残っている。これを温め、軽くパンを炙ればそれなりの朝食はできそうだ。パンを厚めに切っていると、二人が戻ってくる。ヘレーナに火を点けるように頼むと、彼女はその白い手に柔らかな炎を宿して枯れ枝に触れた。炎が移り、パチパチと燃える音が森に響く。鍋を火に掛け、その周りで切ったパンを適当に並べた。やがて鍋の蓋がカタカタと音を立てて揺れはじめ、温まったスープを器によそう。パンも丁度いい頃合いに焼き上がり、スープに添えて二人に渡した。
【澄んだ空の爽やか朝ご飯】
~昨夜のスープ~
昨夜、微妙に残っていた食材を全て使い切るために作ったスープ。味は悪くない。
焼き立てパン
先日泊まった宿でもらった硬いパン。焼くと香ばしくなり、スープとよく合う。
三人で食事を取りながら、今日の目的地について話した。故郷を発ってから七日ほどが経ち、間もなく最初の目的地であるエルダーナに到着しようとしている。
「エルダーナってなんで滅んだんだ?この辺じゃ一番の大都市だったんだろ?」
食事を取りながら、まだ寝起きの声でヨハンネスが言う。
「誰も知らないんだって、突然陥落したって商人のおじさんも言ってたじゃん。ま、仕方ないよ。皆忘れてしまうんだからさ。」
彼らが当初目指していた場所はこの地域で最も栄えていたと言われている国だった。それ故に、沢山の人が訪れるエルダーナに情報を期待して目指していた。しかしその国はもう七年も前に滅んでいたという。あまりにも突然のことであり誰もその詳細を知る者はいないと、旅の途中で出会った商人はそう言っていた。誰も死者のことは覚えていられない。華の呪いによって、人は死んだ者の記憶を失ってしまう。その者の所有物もまた、死と共に消えてしまうのだった。誰も生きた証を残せないこの呪いは、人間が大昔に犯した罪に女神が与えた罰であると、幼い頃から神話として聴かされてきた。だが、商人はこうも言っていた。「ただ一人、覚えている者がいる」と。
「とりあえず行ってみよう。何か分かるかもしれないし、誰も生き残りがいないなら、あいつらの……精霊の可能性だってあるだろ?」
セオドアが二人にそう言うと、ヨハンネスは静かに同意した。『精霊』。それが、彼らの旅の目的の一つだ。彼らの故郷は、突然現れた水を司る精霊ウィンディーネによって被害を受けた。幸い、セオドアとヨハンネスによって精霊は討たれ、ヘレーナのおかげで故郷を失うこともなかった。だが精霊の力は強大で、その傷跡は大きく残っている。ウィンディーネは消滅する寸前、この世界にまだ他の精霊がいる事を示唆した。精霊をそのままにはしておけないと、彼らは旅に出たのだ。と言いつつ、村の中という狭い世界に飽き飽きとしていた彼らが、丁度いい言い訳と共に広い世界を目指して自由を得たというのも旅の目的の一つである。この世界を知りたい、それが彼らの願いであり、夢だった。
ノアの旅
あなたの旅が、きっと良いものでありますように