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ゆき  作者: 李仁古
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ゆき ―Special Edhishon―

この作品は『ギフト企画2009』参加作品です。『ギフト企画2009』と検索するか、企画サイトに行くと他の方の作品が読めます。

「お疲れ様でした」

 俺はいつもの様にバイト先の人に一言そう言ってから事務所を出た。暖房で温められていた事務所から寒い外に出ると、思わず身震いをしてしまった。そういえば今日は氷点下だっけ。

 黒いリブジャケットのポケットに手を突っ込んで、寒さをしのぎながら札幌の大通公園を目指した。メインの通りである札幌駅前通りを南下していると、通り過ぎるカップルが目立った。手を繋いだり、腕を組んでいたり。すると、

「今日さ、クリスマスプレゼント用意しといたから」

「えっ、ホント!? 嬉しー!」

 という会話が自然と耳に入る。

「そっか。今日……クリスマスか」

 と呟いた。呟いたのはいいが、なんだが寂しいというか虚しくなってきた。今日だって本当は休みのはずが、誰かが休んだお陰で出るはめになったし。

 などを考えながらカップルや観光客で賑わう大通公園に到着した。赤く輝くテレビ塔をバックに記念写真を撮る人が何人かいる。そんな中を俺は急ぎ足で地下に下りる入口に向かう。別にゆっくり行ってもいいけど、どうも居心地が悪くて。ふと前を見ると影でキスをしているカップルに出くわし、慌てて引き返した。

「……ったく。なんでそんなとこでキスなんかすんだよ」

 俺はあのカップルに文句を言いながらも別の入口に向かった。道路を渡った向こう側にもあるので、横断歩道を渡る。すると、女の子が聞こえた。

「見つけた」

 その声に振り返ると、ショートヘアーの女の子が立っていた。

「やっと……会えた」

 女の子はそう言うと、俺を抱きしめてきた。

「ちょっ……!」

 俺は焦りながらも、どうしていいのか分からずされるがままだった。でも周りの視線を感じて心臓が爆発しそうだし、変な汗が大量に溢れてきた。

「あ、あの……あなたは?」

 俺がそう言うと、女の子は一旦離れた。

「あたしはゆき」

 女の子は微笑みながらそう言った。

 肩まである黒い髪に名前の如く雪のように真っ白な肌をした小顔だ。ぱっちりとした目に細い眉、小さめの鼻。白いエアテックジャケットを着ていて下は白のスカート、足が見えて黒いハイブーツを履いていた。見てて年下な感じがする女の子だ。

「ずっと探してたんだ」

 ゆきはそう言うと演技ではなく、本当に嬉しそうな顔をした。そんな仕草を見ていると、可愛らしく見える。

「ど、どこかで会った?」

「うんうん」

「えっ?」

 するとゆきは辺りを見渡してから指をさして言った。

「あっ、バイトだったんだよね? あそこで詳しく話すよ」

 なんで知ってるんだと思いながらも俺はそれを了承した。ちょうど寒くて暖まりたかったところだった。

 ゆきはスキップするように俺の前を歩いていく。俺はというと、周りの視線を感じられずにはいられなかった。人前に立つことに慣れてない俺にとっては。ゆきはそんな事には気にせず笑顔で歩き続ける。

「面倒な事にならなきゃいいな」

 そう呟きながら目的のコーヒーショップのドトールに入った。

「いらっしゃいませ」

 店員が笑みを浮かべながら言った。

「あたしアイスココア!」

「サイズは?」

「う~ん。じゃあM!」

 ゆきがはしゃぎながらそう言うと、静かだった店内が一気に変な空気になった。店員も少し困った表情で注文を受けていた。俺はそんな店員とここにいる人に心の中で謝っておいた。

「ホットココア。Sで」

「かしこまりました」

 ゆきに払わせるのも気が引けるので自腹で会計を済ませると、注文した物はほとんど間を置かずに来た。それを受け取り適当に席についた。

「それで? 詳しく話を聞きたいんだけど」

 そう言うとゆきはまず一口を飲み、それからまた少し飲んでから話した。

「えっとね、一目惚れってやつかな」

 あたかもそれが当然のように言うゆき。

 それを聞いてますます頭が混乱してきた。同時に気味が悪くなる。一目惚れはいいとして、何故自分の名前が知られているのか。そして何故バイトがある事を知っているのか。分からない事だらけだ。

「って事で。好きです!」

 またも何の躊躇ちゅうちょもなく言うゆき。

「ちょっ、ちょっと待って。そんな事を言われても」

「いいじゃん! いいじゃん!」

 全然よくねー!

 ゆきは勢いよく冷たいココアを飲んでいく。みるみる減っていくのを見て俺はなんだか不気味に思えた。こんな寒い日にアイスココア飲む人なんてそうそういない。やはりここは思い切って断って、逃げよう。

「あ、あのさ……」

 しかし、

「ねぇ! JRタワー行こうよ! 一度行ってみたかったんだ」

 ゆきの声に掻き消された。

「そうと決まれば」

 そう言うとゆきはグラスに残っているアイスココアをストローを使わずに一気に飲み干した。それを見てア然としてしまった。女の子らしくないというか、凄い飲みっぷりというか。

「さっ! 行こ!」

「ちょっ! ちょっと!」

 ゆきは俺の腕を掴み、強引に引っ張った。てか俺は行くなんて一言も言ってないんだけど!


     *   *   *


「うわぁー! ……綺麗」

 ゆきが窓際まで行き、街の夜景を眺めた。

 結局来てしまった。疲れてるから帰って寝たいというのに。俺は溜め息をつきながらせっかく来たので夜景を眺める事にした。

「凄いなぁ。上から見るのと全然違う」

「上?」

 俺は「上」という単語に引っ掛かりゆきに聞くと、

「あっ、いや! なんでもない!」

 ゆきは手を振りながら首も振って主張した。俺もそれ以上は突っ込まずに夜景を見る事にした。確かに凄い景色だ。さすがに三十八階もあるだけの事はある。

 ここJRタワーは札幌で一番高い建物として知られている。そんなJRタワーは駅や百貨店、映画館、ホテルなどが一つに集まって出来ている。

 外には赤く輝くテレビ塔やノルベサの観覧車などが見え、ビルやネオン看板が煌々(こうこう)と光っている。道路には車のライトや赤いテールランプが。下からだとただの眩しい光だけど、上からだとこんなにも違うのか。

「綺麗だね」

「あっ、うん」

 その時、俺はゆきの横顔を見た。嬉しいように見えた。でも悲しそうにも見えた。そんな顔を見た時、ドキドキしてしまった。いや、待て。見ず知らずの女の子だ。ドキドキしてどうする。第一……

「ねぇ、聞いてる?」

 ゆきの顔が突然現れた俺は、思わず声を出して驚いてしまった。しかも音楽だけしか流れていない静かな展望室に俺の声が響いた事で、周りにいたカップルや観光客が俺を白い目で見てくる。途端に体が熱くなり、嫌な汗が吹き出してきた。

 すると、ゆきは含み笑いをした。

「わ、笑うなよ」

「だって可愛いなって」

 ゆきのその言葉にドキッとしてしまった。

「ば……バカ言うなよ」

 俺は額に乗った大量の汗を手で拭う。そうしながら中島公園まで続く札幌駅前通りの光輝く景色を見た。なんとか気持ちを落ち着かせないと。

「ねぇ」

 呼ばれて振り返ると、ゆきが指をさしていた。

「あそこに行きたいな」

 見るとJRタワーのすぐ向かいにある茶色い煉瓦作りの大きな建物が建っている。言わずと知れたロフトだ。

「分かったよ」

「ホント!?」

 するとゆきが飛びついてきた。ゆきは俺を抱きしめる。力強く。俺はどうしていいか分からずただされるがままだった。

 少ししたらゆきは離れ、俺の手を握って展望室専用のエレベーターに向かった。俺は抵抗せずにゆきについていく。最初はあれほど嫌がっていた自分が今ではそんな気持ちもない。何故だろう。ゆきといると楽しいからだろうか。

 エレベーターを使って降りると、そこからはエスカレーターに乗り換えだ。三十八階の展望室に行くには六階のエレベーターを使わないといけないのだ。当然帰りも六階までだ。

 ゆきとエスカレーターで一階に降り、暗く寒い外に出た。先ほど上から見た時のようにたくさんの人、そして車の量だ。俺らはその中を信号を渡ってすぐにあるロフトに入った。

 明るい店内には様々な物がある。そんな店内には若い男女を中心にたくさんの人で賑わっている。その光景を見たからなのか、隣にいるゆきは小声で「うわぁ~」と呟いていた。まあ、確かに俺も人ごみはあまり好きじゃないんだよな。

「こっち! こっち!」

 ゆきに手を引っ張られながらついていく。ゆきは人ごみをすり抜けて行き、目的の場所と思われるとこで止まった。どうやらゆきは何かを買いに来たようだ。

「なんか買うのか?」

「え?」

 商品を見ていたゆきが振り返った。どうやら聞いてなかったみたいだから俺はもう一度言った。

「なんか買うのか?」

「あっ、うん。迷ってる」

 ゆきは真剣な表情で二つの商品を見比べている。

「誰かにプレゼントするのか?」

「もう! 何言ってるのさ! 明斗にプレゼントするに決まってるじゃん!」

 それを聞いて、俺は恥ずかしくなってきた。突然顔が熱くなって、なんだか気分が落ち着かない。

「な、なんでだよ!?」

「それは好きだからに決まってるじゃん」

 ゆきはそれが当然のように言った。俺の目をしっかりと見ながら。そんなゆきの瞳を見ていると、なんだか妙にドキドキしてきたのですぐに目を反らした。こいつは何言ってるんだよ。

「う~ん。どっちにしよっかな」

 ゆきはまじまじと二種類の“指輪”を見ていた。一つはシンプルな形をしていて、もう一つは真ん中で交差しているタイプ。なんとも変わった指輪だ。と俺は他人事のように見ながら、決まるのを待った。ドキドキしながら。

「決めた! こっちにする!」

 ゆきはシンプルな方を嬉しそうに触りながら言った。そして俺はそっちかと思いながら平静を保った。すると、ゆきが店員を呼びレジに向かった。その時、レジに二つ並んだ指輪を見て驚いた。よく見るとペアリングと書かれていた。

 指輪ぐらいならいいかと思っていたが、まさかペアリングとは。ますますドキドキしてきた。

「ちょっと明斗。指のサイズ分かる?」

 俺は首を横に振る。するとレジでサイズを測るリングが出され、二人で自分に合ったサイズを探した。サイズが決まるとゆきが会計を済ませた。少し値がはる物だが俺が出そうとしたが、ゆきがそれを拒んだ。

「はい、明斗。クリスマスプレゼント!」

「あっ、うん。……ありがとう」

 俺は恐る恐る受け取ると、ゆきは早速それを指をはめた。しかもあろうことか、左手の薬指に。

「な、なんでそこにするんだよ」

「えへへ! いいでしょ?」

 ゆきは自慢げに薬指にした指輪を見せた。俺はそれを見ながら溜め息をついたが、心臓がドキドキしている。

「次どこ行こうか?」

 ゆきは笑顔で横に来ると、腕を抱きしめた。その時に甘い香りが来て、俺は汗だらけだ。とりあえず外に出る事にした俺らは、また人ごみの中を抜けて外に出た。外には相変わらず人の量は変わらなかった。

「もう十時になるんだ」

 ゆきが小声で言うと腕時計で確認した。確かにバイトが終わって、一時間が経とうとしている。なんだかあっという間だなぁ。

「少し歩きたいな」

 ゆきはまたも小さな声で言った。

「別にいいよ」

 明らかにゆきの表情が変わった。あの明るい顔はどこかに消えてしまっている。なにかあったのだろうか?

 俺はなにか言うのを待ったが、ゆきは腕を組みながらなにも喋らない。お互い喋らずにただ一緒に歩いた。なんだか不安な思いだ。急に喋らなくなったゆきが心配だ。

「……どうかしたのか?」

「えっ?」

「急に喋らなくなった」

 そう言うと、ゆきは俯いた。

「なにかあるなら言えよ」

「……うん」

 明らかに悲しそうな声だ。

「あたしね。……十時になったら消えるんだ」

 唐突にゆきはそう言った。はっきり言ってなんの事かさっぱり分からない俺は、次の言葉を待つ。

「“雪虫ゆきむし”なの……あたし」

「は?」

 全然意味が分からない。

「雪虫って、あの冬になる前に飛ぶ白い虫の?」

 そう聞くと、ゆきはゆっくりと頷いた。

「でも……どう見ても人間じゃん」

「これは……今日だけの姿」

 ますます訳が分からなくなってきた。頭が混乱し、どうしていいのか分からない。

「明斗は知らないだろうけど、あたしずっと明斗の事見てたんだよ? だからね、大好きなの」

 俺は妙な気持ちになりながらゆきの話を聞いた。

「あっ」

 ゆきがなにかに気づき、手を見た。すると、手が少しずつではあるが消えていっている。恐ろしい光景だった。人が消えるなんて思ってもみなかったし、それが目の前で起こってるなんて信じたくなかった。

「もう……時間だ」

「お、おい。マジで消えるのかよ?」

 そう聞くと、ゆきの頬に涙が流れた。

「そうみたい。明斗の事、本当に大好きだよ? これからもずっと」

 みるみる消えていくゆきの体。俺はどうしていいのか分からない。走って逃げたい気持ちもあったが出来ない。どうやら……ゆきが好きだからのようだ。

「今日は楽しかったよ。一生忘れない」

 俺は消えかけているゆきを抱きしめた。

「あき……と?」

「消えるなよ! 好きなら……側にいてくれよ!」

 力いっぱいゆきを抱きしめた。

「俺も、好きだ。ゆきの事が好きだ」

「……明斗」

 ゆきも力いっぱい抱きしめてくれた。なんだか不思議な気分だったが、とても幸せな感じだ。すると、ゆきが泣きだした。

「消えたくないよ! ずっと明斗と一緒にいたいよ!」

 しかし皮肉にもゆきの体はどんどん消えていく。俺はそんな事実が信じたくなかった。ようやく見つけた好きな人が消えるなんて信じたくなかった。

「大好きだよ、明斗」

「俺もゆきの事が大好きだ」

 すると、ゆきの顔が目の前に迫ってきた。そして……ゆきの柔らかい唇が俺の唇に触れた気がした。

「さよなら、明斗」

「待ってるからな、ゆきと会えるまでずっと」

 俺がそう言うと、ゆきは泣きながら笑ってくれた。そして、ゆきの口が開いた。

「…………」

 しかし、何も聞こえなかった。

「なんだって? ゆき、なんて言ったんだ?」

 ゆきは手を振るだけで答えてはくれなかった。


 そのままゆきは消えてしまった。


 足元にはゆきが買ってくれたペアリングが落ちていた。それを拾うと、途端に涙が溢れ出し泣き崩れた。

 大好きな人が目の前で消えた。信じたくはないが事実だ。

 すると、空から“雪”が降ってきた。白い雪がゆっくりと地面に降り立つ。冷たい雪が俺の気持ちを落ち着かせてくれた。何故ならゆきが側にいるよう感じがしたからだ。違う形ではあるが。

 俺はゆきの指輪を握らながら、涙を拭った。傍から見ると変人に思われただろうが、気にしない。

「待ってるからな、ゆき」

メリークリスマス!


ここまで読んで下さってありがとうございます! 今回、この企画の主催者でもある訳でプレッシャーが尋常じゃありませんでした。この作品を書きながら「これでいいのだろうか?」とか「ちゃんとギフト作品になっているだろうか?」など様々な事を考えながら書きました。僕らしい作品になっているかどうかは分かりませんが、個人的に結構楽しんで書けました。特にラストは頑張りました。いままでの僕の作品を読んで下さっている方なら分かると思いますが、2人が結ばれてハッピーエンドというオチではなく、結ばれたけど別れてしまう切ないエンディングを初めて書きました。当初はこちらのバージョンだけを投稿する予定だったのですが、色々考えた末にこういう形になりました。つまり、このバージョンは映画でいうと「もう1つのエンディング」みたいなものですね。


いやぁ。気持ち悪いかもしれませんが、ラストは書きながら泣きました。これって、いわゆる自画自賛なんでしょうかね。


とにかく。読んで下さってありがとうございました!



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