その74 疫病神
差し伸べられた手。
自信に満ちた、輝く瞳。
既視感。
これは、なんだ?
仕舞い込んでいた記憶の底から、声が響きだす。
『俺について来い!絶対守ってやる!』
それは、一番最初の記憶。
最初の失敗の。
とても、似ている。
似ている、だけだ。
同じではない。
彼とユウキは、違う。
そして、彼もまた…
つまり、この手を取れば、ユウキも同じことになる。
・・・それなのに、なんで…
体が動き出す。
なんで、俺は…!
それを、掴み取るために。
俺は───あの手を取ろうとしている…!?
手を伸ばし…そして。
その手で掴んだ。
その瞬間、俺は、思い切り引き上げられたような感触がした。
カイルが、俺の手を掴んで立ち上がった。
「・・・わかった。」
それは、思ったよりすっきりした言葉ではなかった。
後悔はある、根負けしたような声。
「仲間になろう。」
だけど、どこか嬉しげな声だった。
・・・あのー。
まだ理解が追いついてないんですが。
なんで急に?
ダメ元で言ったのに。
まさか、本当に仲間になってくれるとは…
びっくらポンだぜ。
いや、もしかして俺に合わせてだけで冗談なのか?
そんな風に、俺が混乱していると、カイルがまた話し始めた。
「だけどまず、これだけは聞いて欲しい。」
カイルは、淡々と語り始めた。
いや、淡々としているように見えただけだったのかもしれない。
まずカイルは、自分のステータスがゼロだったことを語った。
だけど鑑定を持っていて、本当の数値は把握していたこと。
だからこそ、あれが不具合なようなものだと気づいていたこと。
けど、面倒だと思って周りには自分の強さを隠していたらしい。
俺は納得した。
ああ、あれ不具合だったのね。
通りでおかしいと思った。
・・・ん?
ちょっと待てよ。
俺たちにはそれ、隠してないよね?
依頼でガッツリ戦ってたけど。
そう、俺が思っていると、カイルは続けた。
俺たちは、同じ「ゼロ」だったから。
自分の強さもわかってるだろうから、こっちのこともどうせわかる。
だから、隠さなかったらしい。
なるほどね。
たしかにその通りだった。
俺はカイルのステータスがゼロって聞いて、警戒してたもんな。
そんな、弱いと偽ってるカイルでも、誘ってくれるパーティがいて、そこに入ったことも聞いた。
その時期は、満足していたとか。
だけど、ある依頼で戦いに負けて…
パーティが全滅した。
そしてそのときの戦いで、カイルは足手纏いになってしまった。
仲間たち一人一人に庇われ続けて…
命からがら逃げ出した。
それを聞いたとき、俺はなんて言えばいいのかわからなかった。
同情すればいいのか、それとも慰めるべきか。
そのどれも、違う気がした。
当のカイルの語る声に、まるで抑揚はなかったから。
まるで、他人の話をしているかのようだった。
・・・いや、そう見えてるだけなんだろうな。
そもそも、だ。
なんであの強さのカイルがそうなるんだ?
足手纏いなんて、あるはずがない。
俺はカイルに問う。
「なんで、あの強さで?」
「・・・体が、動かなくなったんだ。なんでかは…わからない。」
そんな返答が返ってきた。
うーん、精神的なもんかな。
それはとやかく言うものじゃないな。
カイルは、強い。
俺から見ても、それは明らかだ。
本当なら勝てたはず。
そう考えると、やるせないな…
話は続く。
パーティが全滅し、絶望したカイルは、しばらく塞ぎ込んでいた。
仲間の死が受け入れられなくて、夢にまで見たとか。
それでも立ち直って、またパーティを組んだ。
何度も依頼をこなして、やっと悪夢の回数も減ってきた。
だけど、また全滅した。
カイルを残して。
今回もまた、カイルは動けなかった。
庇われて、仲間の血飛沫がかかって…
「ああ、駄目だ…」
カイルが、話すのを止めた。
その顔は、何かを耐えているかのようだった。
当たり前だ。
心の傷を掘り返されてるようなもんだ。
想像するだけで、胸の奥がざわめく。
それが、心に残る。
不快でしかない。
「・・・すまん、続ける。」
カイルは冷静に、話を再開した。
そんな、仲間を失い続けることを、何度も繰り返していた。
そのうち、「疫病神」と周りから言われ始めた。
カイルはそれを、受け入れていた。
パーティが全滅するたび、もうパーティには入らないと誓う。
それでも、生活は苦しくなる。
そんなときに勧誘されると、どうしても断りきれなかった。
カイルは、そんな月日を過ごしてきていたらしい。
その度、毎回毎回…
仲間が死んでいく様子を、目の前で見せつけられるのは…
気づけば、俺は拳を握り込んでいた。
爪が食い込んで、少し痛い。
ただ、それは些細な問題だ。
俺の、今の心に比べたら。
正直、軽い気持ちだったことは否めない。
仲間にするとしたら、カイルがよかった。
でも、「強いから」その程度の軽い理由で誘ったのは間違いだった。
カイルは、こんな過去を抱えていたんだから。
けど。
俺は、カイルに向き合う。
だからと言って、カイルを仲間にしたくないわけがない。
逆に、この話を聞いて決意できた。
仲間になるっていうのは、そういうことだって。
命を預け合うことなんだって。
「・・・どうだ?ユウキ。こんな疫病神でも、仲間にしたいのか?」
カイルは、自虐をするように俺に問うた。
それは、勘違いじゃない。
カイルは、本当に自分を「疫病神」と思っているんだろう。
だからこそ。
「当たり前だろ?カイル。」
一拍、俺は呼吸を挟んだ。
「絶対に、おまえを置いていかない。」
俺は、カイルにもう一度手を伸ばした。
フッ、と。
カイルが、少し微笑んだ気がした。
「よろしく!」
カイルが、俺の手を迷いない力で掴んだ。
それは、さっきとは違っていた。
この世界で初めてする、握手だった。




