その53 泥棒
「これでよし、っと。」
翔が受付に紙を渡す。
「終わった?」
「ああ。終わったよ。」
よし!
受付完了!
これであとは出場するその日を待つだけ!
つまり…?
自由時間だ!
この街を見て回ろう!
ここは何があるかな?
元いた街から結構移動したし、新しいものがあるといいんだけど。
まあ、まずは…
ぐぅぅぅ。
ごはんでしょ。
なんも食べてないから、お腹ペコペコだよ…
どっかに飯屋ないかなー?
「翔ー。お腹減ったー。」
「たしかに、朝から何も食べてなかったな。」
「早く飯屋探そうよ、って、ん?」
ある一点に、俺の目が惹かれる。
「え?どうした?」
「あれ…」
俺はそこに指を指す。
「・・・おお。あれは、露店…屋台か?」
そこには、肉串を売っている屋台があった。
美味しそー…
「・・・飯あれにしない?」
「別にいいぞ?じゃあ買ってくるから待っててくれ。」
よっしゃ!
こういうのやってみたかったんだよなー!
食べ歩きってやつ?
前世ではやったことなかったし、異世界でこそ輝くしね!
ん?なんでやってみたかったのに前世でやらなかったんだ、って?
そのー…
前世は陰キャ気味で…ね?
縁がなかったというか…
・・・言ってて悲しくなってきた。
違うこと、楽しいこと考えよう。
俺は辺りを見回す。
だが、あまり目新しいものは見当たらない。
俺はふと、疑問に思う。
この街、どうやって経済回してんだ?
ここにそんなに収入源なくないか?
例えば、元の街は龍迷宮に近いことを生かしてそこの素材で回してるらしいけど。
そこら中に素材買取店とか龍結晶の店とかあったしね。
でも、ここはそういうのないぞ?
・・・もしかして、あの闘技場か?
あれの観光で回してるのか…?
それぐらいしか見どころないしなぁ。
たぶんそうなんだろうな。
そんなことを考えていると、翔が戻って来ていた。
「ごめん、遅くなった。十本買って来たぞ。」
「おお!これが…」
翔の手には、分厚く、こんがりと焼けた肉がいくつも刺さった肉串。
それが握られていた。
見るだけでわかる。
これは美味い。
頭にまで香ばしい匂いが到達し、脳がそれを早くよこせと言ってくる。
「じゃあ半分ちょうだい!」
「はいはい、どうぞ。」
串を受け取り、すぐに思い切りかぶりつく。
その瞬間、天国が見えた。
口の中に溢れ出る肉汁。
それと同時に襲いかかるタレと香辛料のコンビネーション。
それらを咀嚼し、飲み込む。
濃い味付け、だがしつこさはなく、すぐにまた食べたくなるような…
ああ、生きててよかった…
・・・はっ!
危ない危ない。
危うく昇天するところだった。
しかし、止まらない。
いくらでも食えるぞ!
でもここで突っ立って食べるのもなんだしな…
なんとか理性を働かせ、食べるのをやめて翔に話しかける。
「んぐっ。ここにずっといるのもあれだし、これ食べながらこのへん見て回らない?」
「別にいいぞ、じゃあ、いこうか。」
俺と翔は、歩き出した。
肉を噛み締めながら考える。
ここ、治安悪くない?
少し視線を寄せると、ジメッとした路地のような場所がたくさん見える。
泥臭い、そして生臭い匂いが漂ってくる。
その一つを覗き見ると、一人で座りこんでる子供がかなり居る。
孤児ってやつかな。
そんな路地がいっぱい…
この街は、孤児が多い?
前の街ではそんなに見なかったぞ。
なんでだ?
まあ原因は色々あるだろうけど…
コロシアムとなんか関係あったりするのか…?
ま、俺には関係のないことだけど。
タッタッタッ───
ん?
なんだ、こっちに少年が一人、走って来て───
バッ!
手を伸ばして、俺の肉串を、取ったぁ!?
ダダダダダッ!
即座に走り出す少年。
少し呆然としていた俺は、すぐに正気を取り戻し追いかける。
返せ!俺の肉串!
「ちょっ!待て!」
待てやクソガキィ!
俺から逃げられると…
思うなよっ!
俺は一瞬で少年に追いつき、彼の目の前に立ち塞がる。
「さ、それ返して。」
「・・・。」
無言で肉串を後ろに隠す少年。
それに俺はカチンときた。
それは俺たちが死に物狂いで集めた金で買ったもんなんだわ。
しかも、人のものを奪っておいてその態度とは…
一回痛い目に遭わないとわからないみたいだねぇ…?
俺は拳を振り上げ、少年に───
「待て!」
その声と共に、俺の腕がなぜか動かなくなる。
どうやら、風の魔法でガチガチに固定されたようだ。
「それ以上はダメだ。」
翔だった。
まあ、それはわかってた。
でも止める必要ないって。
「そんなこと言ってもなぁ。コイツが悪いだろ。」
「そうかもしれないけど、さすがにやりすぎだ。殴らなくてもいいだろ。」
「・・・。」
俺は何も言えず黙り込む。
その間に、翔は少年の元に行き、しゃがみ込む。
それから、少年の顔を見上げる。
「くっ…なんだよ…?」
「人のものを取ったらダメでしょ?」
「う、うるさい!」
ぐぅぅぅぅ。
少年が叫ぶのと同時に、腹の鳴る音が響く。
その大きさに比例して、少年の声がしぼんでいく。
「・・・お腹が減ってたの?」
「・・・三日間、なんも食ってなかったから…」
それに俺は驚くのと同時に、納得もした。
当たり前だろう、普通の子供一人がまともに生きて行けるはずがない。
・・・ま、だからと言って俺の飯を取っていい理由になるわけじゃないが。
「それなら…」
翔が、左手に持っていた肉串を渡す。
「ぇ…?」
「あげるよ。お腹が減ってるんでしょ?」
「な、なんで…」
ほんとだよ。
盗人に翔の分も上げるなんて。
「別に…あ、でもその取った串は返して、ね?俺の仲間のものなんだ。」
「わ、わかった…」
少年は大人しく串を返す。
それに翔は微笑み、立ち上がる。
「これで、もう人のものは取ったらダメだよー?」
「わかった!ありがとう!」
少年が感謝をして、走り去って行く。
その顔は、少し紅く染まっていた。
おーおー。
そらぁ、あんな近くで可愛い子に微笑まれたら簡単に惚れちゃうよ。
あの子は肉串泥棒で、翔は初恋泥棒だったようで。
座布団はもらいます。
しかしかわいそうに…
男が初恋なんて…
・・・ちょっと待てよ?
そもそも、龍の人化態って性別あるのか?
確認してなかった。
もしなかったら…
いや、もし、性別が女だったら…?
うん!?
あれ?龍形態の性別も知らないぞ?
・・・これ以上考えるのはやめよう。
「優樹!」
「ん…なに?」
「ほら、おまえの串だぞ。それと、あれはやりすぎだからな!」
「はーい…」
怒られた。
ちょっと理不尽。
だって…
そもそも寸止めするつもりだったのに…
翔が勘違いするから…
そんな言葉を飲み込みつつ、俺は帰って来た肉串をかじる。
その味は、少し、渋い気がした。




