第3章 雪狼との一夜(3-1)
夕暮れ時にたどり着いたのはキュレルという小さな村だった。
それでも冒険者ギルドはあるし、食堂や宿屋もある。
ゴブリンの胆石と耳石の報酬が手に入れば、今夜はうまいものと温かいベッドが期待できそうだ。
「これ、お願いします。クエスト達成で失格は回避ですよね」
クローレは声が裏返るほど高揚しながら係員に話しかけていた。
「そういえば、あんたも従者資格の申請したら」
そうだ、それを済ませないと落ち着いて旅を続けることができない。
書類にキージェの名前を記入すると、受付の男が引きつるような笑みを浮かべた。
こんな小さな村にもすでに失格者の噂は伝わっているらしい。
それでも今の自分の境遇を受け入れるしかないキージェは屈辱に耐えながら、クローレの従者として登録を済ませたのだった。
防御用の短剣と盾の貸し出し手続きを終えたところで、クローレも精算が済んだようだった。
「残念、期待したほどはもらえなかったよ」
あまり膨らんでいない革袋の財布を掲げてみせるクローレは、声とは裏腹に輝くような笑顔を見せていた。
金額よりも、資格を維持できた喜びが大きいのだろう。
「でもまあ、おなかもすいたし、何か食べに行こうか」
「ごちそうになっていいのか」
「そりゃあ、あたしの従者だし」と、クローレが顔を寄せてくる。「本当はキージェのおかげで倒せたようなものでしょ」
聞き耳を立てる職員に背を向けてギルドを出ようとしたときだった。
「なんだ、キージェじゃねえか」
出口に立ち塞がっていたのはエクバルとガリマルのパーティーだった。
エクバルの顔にはガリマルに殴られた痣が残っていた。
「失格者がこんなところで何してんだ」と、大男のガリマルが覆い被さってくる。「おまえのせいでワレジス爺さんから地図を手に入れられなかったじゃねえかよ」
「家まで連れていったけど、地図はなかった」
「隠してるに決まってるだろ。爺さんはどこにいる?」
「亡くなったよ」
「なんだと」と、腹を揺らしてエクバルが前に出た。「嘘じゃねえだろうな」
「本当さ。疑うのなら、ベルガメントにもどって聖堂裏の部屋を家捜ししてみればいい。地図どころか蝋燭一本なかったよ」
キージェはポケットの魔宝石に手を当てそうになって思いとどまった。
「ちきしょう。これでまた手がかりなしか」
エクバルは拳をぶつけ合わせると、後ろにいた仲間たちを招き入れた。
彼らは白い犬を連れていた。
エクバルの腰くらいに頭があり、体も大きくかなり力が強そうだが、口に封印帯を巻かれている。
「俺たちはな、雪狼を捕まえたんだ」
それは山の暴君と恐れられるモンスターだった。
白く長い毛はさらさらとして艶があり、日差しを浴びた雪原のようにきらめいている。
力を封印されつつも凜とした風格は決して損なわれてはいない。
「ま、俺たちにかかれば、こんな大物でも楽勝だけどな」
そのわりに、エクバルやガリマルはともかく、他の仲間たちは皆どこかに包帯を巻いていた。
「どけよ」と、エクバルがキージェの胸を拳で突く。「ここは失格者のいるところじゃねえだろ」
「ちょっと」と、クローレが間に入った。「あたしの従者に失礼なことしないでくれる」
――おいおい、勘弁してくれ。
なんでそうやって、敵を挑発するような態度ばかり取るんだよ。
エクバルはクローレの体をなめるように眺めながら笑みを浮かべている。
「おまえ、聞いたことあるぞ。Fランクのクローレだろ」
「なによ、Fランクだって、冒険者でしょ」
「ま、腕はド底辺かも知れねえけど、胸はFで良かったじゃねえか」
「な、なんで分かるのよ」と、胸を隠すように腕を組んで身をよじる。
その様子がまた男を興奮させたらしい。
ガリマルがキージェとの間に割って入る。
「よう、こんなやつ放っておいてよ、俺たちの仲間にならないか」
「冗談でしょ」
「ま、Fランクじゃあ、冒険者としては仲間に入れてやれねえが、他のことならたっぷり楽しめそうだからな。グフフ」
品性の下劣さはゴブリン以下だ。
「きっぱりお断りよ。あんたなんかよりね、キージェの方がよっぽどましだもん」と、クローレが見せつけるように腕に絡みつく。「ちょっと、なんとかしなさいよ。従者なんだから」
――おいおい、自分で騒ぎを大きくして丸投げかよ。
まったく面倒な女だよ。
だが、腕に絡みつかれるのは悪い気がしない。
特に膨らみがFだけに断りにくい。
顔を真っ赤にしたガリマルが臭い息を吐きかける。
「てめえ、余計な口出しするんなよ。Fランク失格のくせに」
いや、むしろ俺は関わりたくないんだが。
「おい」と、エクバルがガリマルの肩に手をかける。「ここでは人目がある。表に出ようぜ」
舌打ちしつつも、大男はキージェの背中を突き飛ばしてギルドの外に出た。
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