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(2-2)

 しばらくして、ようやく女が頬を赤らめながら泥まみれの手を差し出した。


「あ、ありがとう。あたし、クローレ」


「キージェだ」と、手を握り返したものの、キージェは目のやり場に困っていた。


「な、何よ」


 股を広げた女に水を吸った服が密着して体型がより露わになっている。


 クローレはそんな自分の姿に自覚がないようだった。


「あんまり男にそういう格好は見せるなよ」と、視線をそらしながら立ち上がる。


 言われて初めて気づいた女は足を閉じて立つと、腕で胸を隠した。


「べ、べ、べ、べつに漏らしてないし、いいでしょ。ちょっとしたご褒美よ」


 ――誰にだよ。


「見たんだから、ちゃんとお返しくらいしなさいよね」


「俺も股を広げて見せればいいのか」


「サイッテー! 違うわよ!」


 股間に向かって蹴り出された足を腰を折ってよけたら、平手打ちが飛んできた。


 意外と体幹はしっかりしているらしい。


「でも、助かったわ。今度失敗したらFランク失格で首になっちゃうところだったのよ」


 ――なんだよ、おまえもかよ。


 前言撤回。


 やっぱり格闘には向いてないらしい。


 キージェは自分と似た境遇の女に親近感を抱いた。


「だから、あんたに手伝ってもらったってことは内緒にしておいてよ。それでお返しね」


 ――なるほど、それで後ろめたさを感じさせて恩に着せようとしていたのか。


「おまえ、冒険者として、誇りのかけらもないのか」


 まったく悪びれる様子もなくクローレは肩をすくめる。


「ない、ない、ないよ。あるわけないじゃん。あったって資格を剥奪されたら何の役にも立たないでしょ」


 失格者にはグサリと響く本音だった。


「実は、俺もつい最近Fランクを失格になったんだ」


「うわ、かわいそう」


 少しは年長者に対して言葉を選んで欲しい。


 クローレはまったく気にする様子もなく大きく息を吸って、ただでさえ突出した胸を膨らませていた。


「それにしても良かった。免許剥奪を回避できてホッとしたな」


 態度は良くないが、クローレの柔和な笑顔を見ていると、人の役に立てたのだからそれでいいのだとキージェも悪い気はしなかった。


「あたしはね、まだできるの。あんたみたいに諦めたりしないんだからね。資格を剥奪されてたまるもんですか」


「クローレはいくつだ?」


「十九だけど」


「冒険者になって四年か?」


 そうね、と女がうなずく。


「ずっとFランクなのか」


「悪い?」


 口をとがらせた表情もなかなかかわいい。


 それにしても四年間もランクが上がらないというのはキージェほどではないにしても珍しい。


 スライム退治だけを地道に続けていても最低でもEランクくらいにはなっているはずだ。


「あんたも呪いをかけられてるのか?」


「はあ、何それ?」と、顔をしかめる。「気味の悪いこと言わないでよ」


「じゃあ、弱いのは実力ってことか?」


「ちょっと、あんた、喧嘩売ってるつもり?」と、今度は頬を膨らませる。


「いや、実は」と、キージェは自分が旅に出た理由を話した。


 男の昔語りなんて嫌われるかと心配したものの、女は終始目を丸くして話を聞いていた。


「へえ、じゃあ、その呪いを解くためにエンブルグへ行こうとしてたってわけ?」


「まあ、そこで解決するのかどうかは分からないけどな」


「でも、冒険者資格は剥奪されて武器もないんでしょ。丸腰でどうすんのよ」


 ゴブリン退治に使った棒は湖に流されてしまった。


 また拾えばいいだけだが、次もそんな素朴な物で魔物を倒せる保証はない。


「旅人として通行する分には問題はないだろうと思うんだが」


 ただ、いくら街道沿いは騎士団の警備があるとはいえ、持ち合わせもない状態では、実際のところ野垂れ死にする可能性の方が高いに決まっている。


 とはいえ、すでに一度人生を諦めている男にとって、結果がどうなろうとどうでもいいのだった。


 クローレがキージェに微笑みかけた。


「じゃあさ、あたしの従者にしてあげるよ」と、腰に手を当て胸を張る。


「はあ?」


「そうすれば、冒険者資格も取り戻せるし、武器も持てるじゃない」


「いや、まあ、そうだけど」


 荷物運びなど、冒険者に協力する者はそれに準じる資格を与えられ、防御用の武器を携行することが認められている。


 無資格の旅人よりは動きやすくはなるだろう。


「でも、Fランクで従者なんて聞いたことがないぞ」


「失礼ね。底辺レベルだからって冒険者を馬鹿にしないでくれる。それ以下の資格剥奪者さん」


 真っ正面から指摘されてしまうと何も言えなくなってしまう。


「どうするの?」と、クローレが迫ってくる。「やるの、やらないの?」


 胸の谷間からいい匂いが立ち上る。


 さっきまで鼻に残っていたゴブリンの悪臭はどこかへ吹き飛んでいた。


 香りに鼻をくすぐられた男は本能のままにうなずいていた。


「分かったよ。やるよ」


「何よ、従者のくせに偉そうに。人にものを頼むときはどうするの?」


「へたりこんで、股を広げて叫べばいいのか」


「バカー!」と、平手打ちが飛んでくる。「首よ、クビ!」


 なる前から首にされてはかなわない。


 キージェは湖に漂うゴブリンを指さした。


「それより、あれを放っておいていいのか」


「あ、いけない」と、クローレが水しぶきを上げて駆け込む。「流されないうちに鉱石を採集しないと」


 ゴブリンからは胆石と耳石が採集できる。


 胆石は治療薬で、耳石は蝋燭に混ぜると真昼のように明るさが増す。


 決して鑑定額は高くはないが、ナメクジスライムを倒すよりはまとまった報酬になる。


 キージェはゴブリンから取り出した鉱石を湖で洗っているクローレに声をかけた。


「そのままあんたの髪も洗えよ」


「なんで?」と、怪訝そうに振り向く。


「きれいな髪に泥がついてる」


 女の顔が真っ赤にゆであがる。


「きゅ、急に何言ってんの!?」


「何って、見たまんまだが」


「べ、べつに放っておいてよ」


 鉱石をキージェに投げてよこすと、クローレはプイッと背中を向けてしまった。



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