第6章 街道の異変(6-1)
夜中に薪の補充に何度か目を覚ましながら朝を迎えた。
寝台のまわりの焚き火は炭になって少し冷え込んでいたが、毛布とミュリアのおかげか二人は気持ちよさそうに眠っている。
空はどんよりと曇って今にも雨が降り出しそうだった。
早いところ次の村に着きたい。
街道は一本道だから迷う心配はないにしろ、あとどれくらいで着くのかが分からないのはやはり不安だ。
キージェは焚き火の火を起こすと、鉛色の空を映した湖面に糸を垂れて朝食の魚を釣っていた。
「おはよう」と、クローレが目をこすりながらそばに来る。
「よう。眠れたか」
「うん、寝心地良かったよ」
「それは何よりだな」と、寝台に目をやった。「お嬢様は?」
「ミュリアを抱っこして寝てる」
「起こさないとだめか」
「置いてっちゃえば」
不機嫌そうな声でそうつぶやくと、クローレは湖に流れ込む小川で顔を洗い始めた。
一晩眠ったくらいでは仲良くならないか。
まったく先が思いやられるよ。
うまい具合に魚が三匹釣れたので、焚き火にかざすついでにアグネッタを起こすことにした。
「おい、朝だぞ。起きろ」
ンガモガと寝ぼけたような声を上げるだけで起きそうにない。
先にミュリアが顔を上げたので頭を撫でてやった。
「一晩付き添ってやってくれてありがとうな」
(足臭い)
見ると、ブーツを脱いであるが、鼻を刺すような腐敗臭が漂ってくる。
――うおっ、たしかにこれはモンスター撃退に使えそうなレベルだな。
実際、試してみてもいいかもしれない。
「おい、朝だ。飯食ったら出かけるぞ」
ようやく目を開けたアグネッタが急に上体を起こす。
「あら、わたくしいったい……」
野営したことを思い出せないらしい。
「あんなに嫌がってたわりに、ずいぶんぐっすり眠ってたな」
「ああ、そう言えば、星空の下で眠ったんでしたわね。あなたの作ってくれた寝台のおかげで快適でしたわ」
素直にお礼を言われてキージェは鼻の頭をかいた。
「ミュリアがいい感じの毛布の代わりだったんだろう」
「ええ、この子はとてもいい子ですわね」
撫でられているミュリアが鼻先を逃がそうとしている。
「朝飯前に、湖で顔を洗って来いよ」
「ここではそうするのですか?」
「ああ、いつもは家来がやってくれてたのか」
「いえ、そういうわけではありませんが、洗面所などはないのでしょうね」
「それはそうだな」
「かまいません。ならば従いましょう」
「ついでに、足も洗ってくるといい」
「あら、なにゆえですの」
「気分がさっぱりするから……かな」
「分かりました。では、ミュリア、おいで」
雪狼は鼻先をよけながら渋々ついていく。
焚き火に戻ると、クローレが魚の焼け具合をぼんやりと眺めていた。
「なんだよ、疲れてるのか? 寝心地は悪くなかったんだろ」
「ほら、クラベル村で久しぶりに宿に泊まったじゃない」
「ああ、酒も飲んだしな」
「それで野営だと、やっぱり体に来るのよね」
キージェはあまりそういう影響を感じないので曖昧な相槌しか打てなかった。
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