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交易の盛んなベルガメントの市場は威勢のいい商人のかけ声と買い物客のにぎわいで華やかな雰囲気に包まれていた。
キージェは露店の商品を眺めることもなく、うつむきながらさまよい歩いていた。
たいした功績のないFランク失格冒険者に貯金などあるはずもない。
ポケットの中のコイン数枚が全財産だ。
早いところ新しい職業に就かないと食べることもままならない。
かといって、十年間無駄に過ごしてしまった自分には何の能力も技術もない。
このままだと、山賊にでも成り下がるしかない。
だが、この世界では、街から外れて森や山に生きることはほぼ死を意味していた。
街道は同盟国による騎士団連合によって厳重に守られ、防壁に囲まれた農村は自警団によって余所者やモンスターの侵入を排除していた。
山賊となったところで、隊商の荷物を奪うどころか、逃げ場もなく魔族やモンスターの餌食にされるのは時間の問題なのだった。
底辺の自分はなすすべもなくまっさきに食われてしまうだろう。
思えば自分を捨てた父もFランク冒険者だった。
人間は弱ったときに限って、思い出したくもない記憶を呼び起こしてしまうものらしい。
孤児院に預けられたキージェは自信を欠き、愛情に飢えていた。
キージェを捨てたくせに中年になっても夢を捨てることができなかった父は、無謀なクエストを引き受け、魔物にやられて死んだと聞いた。
母はキージェを産んですぐに亡くなったらしく、顔を見たこともない。
十五になって孤児院を追い出されたキージェは、本当はなりたくなかった冒険者として食べていくしかなかった。
見習い冒険者は上級者が面倒がって引き受けない地味なクエストを着実にこなしてステイタスを上げていく。
しかし、キージェの場合はどういうわけかいくら頑張ってもいつまでも経験値がたまらなかった。
葉物野菜をなめて売り物にならなくする害獣のナメクジスライムですら駆除するのがやっとで、実った頃を狙って作物を盗んでいく非肉食ゴブリンなどは、倒しても自分も満身創痍で、せっかくの報酬が治療費で虚しく消えてしまうのだった。
まして、肉食系のゴブリンやオーガといった魔物にはまったく歯が立たなかった。
――そもそもFランクですらなかったんだもんな。
辞めてみて初めて未練を感じる。
努力をしなかったわけではない。
やるべきことをやってこれだったのだ。
キージェはなけなしのコインでリンゴを一つ買うと、ため息をつきながら市場を後にした。
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