(3-6)
もぞもぞし始めた二人のかたわらでクローレの肩がピクリと跳ねた。
「う、ううん……」
キージェはあわててミュリアにささやいた。
「頼むから雪狼の姿に戻ってくれ」
ミュリアは言うことを聞かず、キージェの顔に舌先を這わせてる。
「わ、分かった。分かったから、一度だけだぞ」と、キージェは甘い香りのするミュリアを抱き寄せ、軽く唇を重ねた。
クウンと切なげな声と共に、ミュリアの姿が雪狼に戻る。
「あ、キージェ、おはよう」と、クローレが勢いよく起き上がった。
「うおっ」
思わず叫んでしまったキージェをクローレが怪訝そうな顔でのぞき込む。
「何、どうしたの? 具合でも悪いの?」
「いや、すっかり目が覚めたよ。そっちこそ、大丈夫なのか。死にかけてたんだぞ」
「全然覚えてないよ」
気を失ってたんだから、無理もないだろう。
「これ、キージェが作ってくれたの?」と、クローレが雪の小屋を見回す。
日が差しているのか屋根が明るい。
「ああ、まあ、雪狼とこの石のおかげなんだけどな」
光と熱を放つ魔宝石は一晩中見守ってくれていたらしい。
「キージェ、こんなの持ってたの?」
「俺だと効力が発生しないらしいんだが、雪狼が助けてくれたんだ」
「へえ、そうだったんだ」と、クローレが雪狼のミュリアを撫でる。「疑ったりしてごめんね。やっぱりおまえはいい子だったんだね」
雪狼はおとなしく伏せてクローレに背中を撫でられている。
――俺はいったい、どこを撫でたんだろうか。
雪穴の中で汗が止まらない。
「これからも一緒に旅をするんだから、名前つけてあげないとね」
「ああ、それなら、ミュリアと言うらしい」
つい言ってしまってからキージェは後悔した。
雪狼がハーフエルフの少女だということは隠しておくべきなんじゃないだろうか。
「え、この子、しゃべるの?」
「ああ、説明しにくいんだが、頭の中に言葉が浮かぶんだ」と、キージェは鼻の頭をかく。
「何それ」と、あからさまに馬鹿にしたような顔をされてしまう。「ねえ、あなた、本当にミュリアなの?」
クローレに話しかけられた雪狼が小さく顔を上げてうなずく。
「あ、こっちの言ってることは分かるんだね。賢いんだ」
ミュリア、ミュリアと名を呼びながら顔を挟んで撫でてやっている。
クローレにもすっかりなついたらしい。
「でも、あたしにはこの子の言葉は思い浮かばないな。なんでだろ」
「さあ、どうしてだろうな」
はぐらかして逃げるしかなかった。
「ねえ、もしかしてさ、キージェってテイマーの才能あるんじゃないの?」
「動物を扱う能力か。べつに他の動物の言葉は分からないし、そう言われたことはないけどな」
ふうん、とクローレがミュリアの顎を膝にのせた。
「きっと、冒険者としてはダメでも、人としては信頼できるって感じてるんじゃないかな。動物の勘は鋭いからね」
「そいつは光栄だね」
いや、信頼どころか、眠っている間とはいえ、何かとてつもなくまずいことをやらかしたようなんだが。
居心地が悪くなって、キージェは話を変えた。
「あ、それでだな、リンゴをもらって食べたからな」
「ああ、そうなの」
「この穴の中にクローレを運んでたら、ちょうど、背嚢から転がり出てきたんでね」
嘘をついてしまった。
「干し肉も食べればよかったのに。体力つくでしょ」
クローレはまるで疑っていないようだったが、油断は禁物だった。
「あたしの下着見たでしょ」
――バレてるし。
「あ、いや、リンゴが潰れない工夫なんだなと」
「そうなのよ」と、大げさに手をたたく。「ちょうどいいでしょ、丸みとか大きさが」
ああ、まあ、と曖昧な笑いでごまかすしかなかった。
「勝手に荷物の中身を見てすまなかった」
ううん、とクローレは屈託のない笑みを浮かべる。
「キージェはあたしの命の恩人だからね」
「そんな大げさな」
「リンゴくらいじゃお返しできないよ」
「いや、べつにいいって。ミュリアも手伝ってくれたんだし」
「でも、本当に助かったよ。ありがとうね」
じっと見つめられるのが気まずくて雪の壁を崩して外を見ると、風はすっかりやんで、青空の下に雪原が広がっていた。
照り返しが目に痛いほどまぶしい。
「山の天気は怖いな。昨晩は一瞬でこうなっちまったんだからな」
「そうだね」と、隣から顔を出したクローレがうなずく。「北へ行けばもっと大変だから、これからはちゃんと宿に泊まろうね」
村から逃げなくちゃならなくなったのは誰のせいだよ、とは言わないでおいた。
エクバルたちも今は山を越えてくることはないだろう。
二人の間からミュリアが顔を出す。
こうして新しい相棒と出会えたのも運命なんだろう。
外に出て背伸びをすると、二人と一匹は北へ向かって歩き始めた。
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