(3-4)
あきらめかけたその時だった。
雪狼がキージェの手に鼻をこすりつけた。
「どうした」と、キージェは首筋を撫でてやった。「おまえは温かいな」
山の暴君はまるで子犬のようなか細い声で鳴きながら魔宝石を握るキージェの手に顔を押しつける。
「分かってるよ。おまえのせいじゃないんだろ」と、キージェは優しく語りかけた。「おまえはそんな悪いやつじゃない。俺はいいからクローレを温めてやってくれよ」
それでも雪狼はキージェの拳を鼻や額でつつこうとする。
「これをよこせと言っているのか?」
手を開くと、雪狼は魔宝石を口にくわえ、鼻先を天に向かって突き上げた。
すると、石が光り出した。
キージェの手の中ではただの石ころだった魔宝石がその効力を発揮し始めたのだった。
顔を下げた雪狼が光と熱を放つ魔宝石を雪に押しつけると、固まりかけていた分厚い雪の層が溶けていき、浴槽のような穴が開いた。
「よし、後は雪で風よけの壁を作れば一晩過ごせる」
雪狼が作業をしている間、キージェは雪に埋もれたクローレを引っ張り出して穴まで運んだ。
体温が失われ、髪が凍りつき、死人のように青黒い顔の表面には雪が張りついている。
「おい、死ぬな。穴ができたぞ」
頬を叩いて雪を払ってやっても、返事も何の反応もない。
吹雪の下では息をしているのかすら確認できない。
雪狼の穴に引っ張り込んで周囲に雪で壁を重ね、屋根には木の枝を折って並べると、降りつもった雪が屋根になってあっという間に避難小屋が完成した。
雪狼の毛並みの輝きと魔宝石の放つ熱で、雪穴小屋の中は猛吹雪の外とくらべたら別世界のように快適だった。
まるで暖炉の前でくつろいでいるかのような安らぎを感じる。
雪狼はクローレに覆い被さって温めてくれていた。
「ありがとうな。頑張ってくれたな」
そう言って背中を撫でてやると、雪狼はキージェを誘うように首を揺らす。
「ん、俺も一緒に寝ろって?」
添い寝をしてみると、たしかに温かく、冷え切っていた手足の先も感覚が戻ってくるようだった。
「おまえは本当に優しいな」
暴君なんて呼ばれたあげく、人間たちに狩られてかわいそうだな。
自分も冒険者として上位に昇格していたら、こういう優しいモンスターを狩る仕事を引き受けていたんだろうな。
もちろん、クエストは基本的に人間に害を及ぼす害獣が出現したときに駆除を依頼されるわけだが、中には単にレベルを上げるためだけに競って獲物を狩るやつらもいる。
若くしてAランクになるような連中は多かれ少なかれそういった行為に手を出しているものだ。
べつに禁止されていることではないし、倒せるだけの技量があるからで、冒険者として活躍するには、そういった割り切りや世渡りも必要なのだろう。
ずっとFランクだった自分も、一発逆転を狙って手を出していたかも知れないのだ。
――すまないな。
クローレを温めている雪狼に背中から抱きついて体を撫でてやると、切なげな声を漏らして体を震わせる。
「おまえ、砂糖菓子みたいな甘い香りがするな」
雪狼がキージェに向きを変えて抱き合うように横たわる。
まるで気持ちが通じ合っているかのようで、キージェも安心して眠りにつける気がした。
グルギュルゥゥ。
甘い香りに刺激されたのか、静かな雪小屋の中に腹の音が響く。
――おっと、そうだ。
まだ何も食ってなかったんだよな。
そういえば、クローレがリンゴと干し肉を持っていると言ってたっけ。
勝手に食べてはいけないかもしれないが、クローレは気を失っているし、今は非常事態だ。
明日起きたらちゃんと説明しておけばいいだろう。
キージェはリンゴをもらおうと、クローレの背嚢を開けた。
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