雨の音
パラパラ……パラパラ……
何かの音がする。耳を痛めるような激しい音ではなく、静かな音だ。心地よいリズムに乗っているうちに意識が覚醒していくのを感じる。
「うぅん……うるさいなぁ……」
寝起きの悪い私は目を閉じたまま、その音の発信源を探す。カーテンが閉まっているため、窓から射す光はない。暗い部屋の中で私は枕元に置いてある目覚まし時計に手を伸ばす。
……あれ? おかしいな……。
何度叩いても音は鳴り止まない。それどころかどんどん大きくなっていくような気がする。
なんだろうこれ……
ようやく違和感を覚えた私が目を開ける。そこには鳴り響く目覚まし時計などなかった。ただ、カーテンの隙間からは真っ黒に染まった空がのぞいている。「なんだ……雨か」
まだ眠い頭をなんとか働かせて状況を把握する。どうやら外は大雨らしい。
もう一度眠りにつこうとしたところでふと思い出す。そういえば、今何時だった?
恐る恐る、先ほど叩き倒した目覚まし時計を見る。針は七時半を指し示していた。
………………まずい…………まずい……まずい、マズい! 不味い‼︎
一気に目が覚める。ベッドから飛び起きた私は急いで着替えを始める。普段なら寝坊してもさほど大きな問題にもならないのだが、今日だけはまずい! 本当にマズい‼︎
白い制服を着て鞄を持ち上げると部屋のドアを蹴破るように開けて廊下に出る。そして玄関に向かって走り出そうとしたところで足を止めた。そうだ、一応何か食べる物を……
台所に向かうと冷蔵庫から食パンを取り出してトースターに突っ込む。続いて戸棚からジャムを取り出すとそれを塗りたくって口に放り込んだ。
咀しゃくしながら洗面所に行き、顔を洗って、桜色に染まった長い髪をとかす。そして最後に自分の深緑色の瞳を見つめながら、ヘアピンをつけて完了だ。所要時間およそ三分。まだ間に合う!
再び駆け出して今度は靴を履いて外に出た。バシャバシャと水を跳ね飛ばしながら全力疾走で目的地を目指す。
あぁ〜、こんなことなら昨日のうちに天気予報を確認しておくべきだったよぉ。 そんなことを思いながらも私は足を緩めない。
しばらく走っていると、左手に目的の建物が見えてきた。研究所とも軍事施設とも見える巨大な建造物は、日本という国にあっては明らかに異質な雰囲気を放っていた。
私はそこに向けて最後のスパートをかける。正門まであと少し……! だが、そこで無慈悲な電子音が私を阻んだ。
ピピーッ
ブザーの音とともにゲートが立ちはだかる。
「えぇー⁉︎ なんで開かないの‼︎ もう時間ないんだけど!」
私は必死にゲートをバンバン叩く。
『IDを認証して下さい』
機械的な声が聞こえてくる。
ID、アイディー……IDカード……確かにそんなものがあった気が……
ゴソゴソと鞄の中を探る。しかし、それらしきものは見つからない。
「あれ〜、おかしいぞぉ」
雨の中だと言うのに構わず鞄をひっくり返す。しかしそれらしき物は出てこない。
嘘っ、慌ててたから忘れたのかなぁ……
私はその場にへたり込んでしまう。だが、ここで諦めるわけにはいかない。
「お願いします、入れてくださいぃ〜」
そう言って門にしがみつくが反応は同じだ。
『IDを認証できませんでした。お引き取りください』
無慈悲なアナウンスが響き渡る。
「そこをなんとかぁ。開けて、あけてよぉ〜。私の人生かかってるのぉ〜」
涙目になりながら訴えるが、やはり無駄だった。
『IDを認証できませんでした。お引き取りください』
そうしているうちに段々と不安が怒りに変わってくる。
「おらぁ! あけろよごるぁ‼︎ こちとら魔法使いだぞぉ! キレたら魔法でこんな門、破壊しちゃうぞぉ‼︎」
『IDを認証できませんでした。お引き取りください』
「く、くそがぁ!」
ゴンッ
私はゲートに渾身の一発を食らわせてやった。
『…………』
しばしの沈黙の後、
ウーン! ウーン! ウーン!
警報が鳴り始めた。
『警告、警告、不審者を確認。警告、警告、不審者を確認』
「あっ、ちょっ、待って。私危険な魔法使いじゃないです……。門を破壊する魔法を使えるとか嘘ですから……」
ゲートの内側から足音が聞こえる。
「やばいっ」
私は大急ぎでその場を離れようとしたが、既に手遅れだった。
ガチャン 後ろの方で金属音がしたと思うと、次の瞬間、私の背中に強烈な衝撃が走った。
「ぎゃあぁ」
あまりの痛みに思わず膝をつく。見ると、頑丈そうな鎖が巻きつけられている。
「拘束完了。これより連行する」
「いや、あの、ちょっと、違うんです。話を、話を聞いて……」
私はずるずると引っ張られていく。
「やめて、離して、お願いだからぁ!」
こうして私は施設の中に連れ込まれた。