第六話 旅立ち
六話 旅立ち
家族会議をしてから、十日ほど経過していた。島から出るための準備は刻々と進められていた。
「出発は三日後の夜の貨物船に乗り込もうと思うんだけど・・・」
「わかったわ。それまでに色々と準備しておくわね。」
とエルファは言う。
(あんまり荷物を多くすると見つかりやすいからなあ。)
アリエスは荷物を厳選し始めた。衣類や実用書など最低限必要な物だけを入れた。見つかったら終わりの脱出計画なのに、気分は遠足前の子どものようだった。
そして、出発当日の数日前、スタンリーは近くにある牧場から、家畜の骨を燃料に使いたいと嘘を言って買って、家に帰ってきた。
そして、当日の朝、アリエスの家族達は、家畜の骨と可燃物のゴミと一緒に燃やし、手を合わせる。炎がじりじりとそれらを燃やしていった。
(人間の骨とは大分違うけど、うまく灰になって、死を偽装できるかな。)
アリエスはそんなことを考えながら、家の中から、その光景を見ていた。
家族三人は虚偽の葬式を行っている。家族三人がしくしく泣きながら、庭の一角の土を掘り起こし、可燃物を燃やしてできた灰をせっせと埋める。先ほど、煙が見えてやってきたのか、近所の人が花を供えにやってきた。
(何とも複雑な気持ち。)
すると、領主がやってきて、家族にあれこれと聞いているようだが、家の中に隠れて、締め切った窓とカーテンの隙間から覗いているアリエスには聞こえなかった。
おそらく、なぜ死んだのかなど聞いているのだろう。家族には聞かれそうなありとあらゆる質問と答えについては教えているので、多分大丈夫だ。ちなみに死因は首つり自殺ということにしてある。
家族は領主との話を終えると、石碑を建て、手を合わせている。
(もう後戻りはできない。)
アリエスの意志はより強固なものになった。後は夜更けを待つだけだ。
今日は月が出ない新月だ。無数の星が夜の空を照らしている。脱出にちょうどいい暗さである。この世界では農民は基本蝋燭を使うので、外は暗い。アリエスは、母からもらった、黒いマント着て、家族の前で、長かった髪をばっさり、肩の長さくらいに切った。そして、フードを深くかぶった。家族は目を丸くした。貴族の女は長い髪が美しい象徴だからだ。
「私はもう貴族ではないので、髪に関しては気にしないで。これは私のけじめだから。」
アリエスは家族の前に立ち、一人一人とハグをした。そして、アリエスは紙切れを渡した。
「向こうで手紙を書きます。でも、領主は私が死んだことをまだ信じていないと思う。だから、手紙を検閲することもあるかもしれないから、暗号表を渡しておくね。これにそって手紙をかくね。」
暗号表の欄外に横軸に数字の一から七、縦軸に数字の八から十一が書かれている。表の中には左から順番にアルファベットが書かれている。例えば手紙に、Aという文字を使いたければ、一-八と書けば、縦軸と横軸でぶつかるところの記号がAなので相手がAだと読み取ることができる。単純な仕組みである。
「姉さん、頑張ってね。その間、僕は姉さんの分まできっちり働いておくからさ。」
「体に気をつけるんだよ。無理はしないで。」
「いつでも帰ってきなよ。お父さん達はおまえの帰って来ることを首を長くして待っているから。」
アリエスは泣きそうになった、顔を覆面で隠すようにかぶり、家族に背を向けて、片手を上げた。風の無い静かな夜だった。
* * *
船着き場まではそんなに遠くなかった。歩いて、二十五分くらいだったが、誰かに声をかけられたりしないかと常にヒヤヒヤしていたので、生きた心地がしなかった。
船着き場には船を出す準備をするため、多くの人が荷物をせっせと船に運んでいた。アリエスは、少し大きめの木箱の中に隠れて、船の中に運んでもらうのを待つことにした。しばらくすると、アリエスの入った木箱が船へと運ばれ始めた。木箱を運ぶ人たちが「この荷物やけに重い。」と言ったような気がするが、気のせいだということにしよう。
「出航―!」
船が動き始めた。アリエスは甲板で潮風を浴びたい気分であったが、ぐっとこらえた、周りに誰もいなくなったことを確認すると、木箱の中から出た。たくさんの物資を入れた木箱が邪魔で、移動するのに少し時間がかかった。
(さて、船の中でも探検するかな)
アリエスは船に中を散策し始めた。覆面だと、視界が悪いので、横にずらした。すると、地下へ続く階段を見つけた。運ばれてきた時の感覚からしてアリエスは現在いるところはB一階であると推測した。
(B二階仕様とはこの船なかなか有能。)
アリエスは探検気分で、軽い足取りで階段を下った。B二階に降りたとき、アリエスは見なければよかったと後悔する羽目の光景を目にして、足を止めた。自分の手足が小刻みに震えていることに気づいて、辟易した。
目の前には物資、ではなくたくさんの人がいた。船員とかではない。手足を縛られ、みすぼらしい服を着せられ、腕に番号が書かれた腕章がつけられていた。
「奴隷か・・・」
アリエスは彼らに叫ばれても困るので、咄嗟に彼らから自分が見えないように階段の中段あたりに戻って、先ほど見た光景について思考した。
貴族時代の『アリエス』の記憶をたどると、奴隷制度は十年ホド前に禁止されていることがわかった。
(では、なぜ、こんな所に奴隷らしき人がたくさんいるのか。密売?)
そんなことを考えていたら、上の方から、声がした。アリエスはフードをかぶり、慌てて階段を下り、近くの物陰に体を潜めた。階段を降りてきたのは数人の船員だった。
「ほら、おまえら、飯の時間だ。食え。」
船員達は売り物にならなさそうな形の崩れた野菜や固そうなパンをばらまき始めた。奴隷達は我先にという風に野菜やパンに食らいついている。アリエスはその光景を見て、気分が悪くなった。アリエスが口に手を押さえるために少し動いたら、荷物に肘が当たり、音が鳴った。
「誰だ、そこにいるのは?」
船員達がこちらに近づいてくる足音が聞こえた。
(見つかったら、生きて帰れない。まずい、まずい・・・)
アリエスは荒くなる息を必死に押さえた。
「発言のご無礼をお許しください。恐れながら、先ほどの音はネズミだと思われます。先ほどネズミを見つけたので。」
と発言したのはアリエスが隠れている荷物の近くにいた奴隷の一人だった。船員は
「大きな声を出すな!」
と、奴隷を鞭で打った。船員はその後、階段を上っていった。
(助かった・・・)
先ほど発言したであろう奴隷の顔を見ると、見覚えがあった。
(モールス伯爵?)
ゲームの中で、一番始めに出てきた貴族だ。だが、Aコースでは無罪だったはずだ。そして、『アリエス』も何度か顔を合わせたことがあると記憶を通してわかった。
だが、アリエスが見たモールス伯爵より、今の伯爵は少し顔色が悪そうに見えた。すると、モールス伯爵はアリエスに気がつき、
「今なら誰も見ていないから、はやく逃げなさい。」
と小声で言った。奴隷達は目の前にある食料を貪っていて、モールス伯爵が誰かと話していることには気づかない。
アリエスは聞きたいことがたくさんあったので、尻込みしていた。アリエスがなかなか移動しなかったので、モールス伯爵は再び速く逃げろとせかした。
アリエスはぺこりと軽く頭を下げて、足を奮い立たせ、B一階の木箱の中へと急いだ。
(断罪された伯爵が奴隷になっているとはどういうことなのか・・・)
アリエスは色々と考えながら、木箱の中に入ったまま、船に揺られた。
本島の宿場町に着いたのは夜明け頃であった。荷物は運び出されたが、奴隷達は出てこなかった。アリエスが奴隷の用途や行き先を知るすべがなかった。
だが、この国には隠された何かがあることには間違えなかった。この事実は、まだ氷山の一角に過ぎなかったということをこのときのアリエスは知らなかった。
アリエスは木箱ごと船から降り、人が見ていないことを確認してから、木箱から出た。そして、覆面を外すと空を見た。空の色は少しずつ明るくなってきていた。
新しい生活の幕開けである。