第四話 新しい生活
四話 新しい生活
東の島、エドモンド子爵領に到着してから初めての朝が来た。前世のときのように文明の利器は全く存在しないので、朝は近くの井戸に水を汲みに行かなければならない。もちろん、水道やガスも存在しない。
朝食は使用人がいなくなったので、すべて自分たちだけでやらねばならない。父も母も貴族なので、家事全般を自分でやったことがないため、アリエスが一通り教えることとなった。
「いい? お母様、食事は座っているだけではででこないから、これからは自分たちで作らなければダメだよ?」
母のエルファはむすっとしている。貴族がいきなり自分のことを自分でやることには抵抗があるのだろう。
「お母様、この野菜洗ってくれる?」
アリエスは備蓄庫の中から、野菜をいくつかとりだし、母にわたした。母は渋々野菜を洗い始めたが、「きゃあ!」といきなり大きな声を出した。アリエスは逆にその声に驚いた。
「何? 朝から大声出して」
「アリエス、虫よ虫。これ、例の芋虫とかじゃないの?絵でしかみたことないけど・・・。気持ち悪いからとってよー」
アリエスも虫は好きではないので、正直そんなこと頼まないでほしいが、自分以外に頼れる人もいないので、仕方なくやるしかない。芋虫を捕ると野菜を洗い始めた。
「お母様、今日は横で見ていて、私が今日は朝食を作るから。」
前世では家事はすべて自分でやっていたので、難なくこなす。ただ、使える材料が少ないので、たいしたものは作れない。
(大変だけど、前世で、誰かと一緒にご飯を作るなんてあったかな・・・?)
アリエスは前世のことを思い出したが、思い出せなかった。もしかしたら、まだ健全な家族だった幼い頃にはそんなこともしたかもしれない。
「姉さん―、この道具の使い方がわからないんだけどー、ちょっときてー」
今度はジークが呼んでいる。
「ちょっと待ってー、今は手が離せないの!」
(まだまだこの生活に貴族出身の家族が慣れるのは大変だけど、前世の家族に比べたら、ずっといい家族だ。)
これからさらに忙しくなる気がする。
* * *
午後になると領主のレイ・エドモンドがやってきた。豊満な体と短い髭をもった、中年の男だった。隣には目つきの悪い息子らしき人と、従者が数人いた。
(この領主さぞいい物でも食っているんだろう。)
「貴殿もおちぶれましたなあー、こんな遠い島にやってきて、農民をやるなど、頭がいかれましたか?」
と高笑いをするのは息子のダニー。アリエスはそいつを思いっきり、にらんだ。
「違うぞ。ダニー。彼らは頭がいかれているから、遠島になるほどの重罪を犯したのだ。ダニーは頭がいいからこういう人たちのようにはならないようにな。」
「はい、お父様。」
親も親なら子も子だ。この領主とんだ親馬鹿である。典型的なクソ貴族である。
「こないだまで、クレヴィル家に対してぺこぺこしていたくせに。」
前の『アリエス』の記憶を拝借して、アリエスはぼそっと言った。すると、エドモンド親子は何か言いたそうな顔をしてこちらを見た。アリエスの言った言葉は聞こえなかったようである。アリエスは胸をなで下ろした。
「ところで、エドモンド様、何かご用があって、私たちを呼び出したのでしょう?」
と父は言った。レイはそうだったと言う顔をして話し始めた。
(この男が領地を治めるとは不安だ・・・)
「ええと、そこの畑を耕して、この四種類の野菜を育てろ、そして、収穫高の、十五%を税として納めろ。それから、この領地を出ようなどと思うなよ、見つけたら、即絞首刑だからな!」
レイは息を荒くしていった。隣の息子は意地の悪そうに笑っている。
(税率高いなー、もしかしてこいつ、税金を着服しているとか)
貴族が没落して左遷された場合は、罪の程度にもよるが、十年ほど他の民よりも五パーセント増しで税を払うということは、裁判で決まっている。しかし、それをなしにしても十五%というのは高すぎだろう。近代の日本でも三%前後だったはずだ。
「あのー、なんでこんなに税率高いんですか? これだと、民は飢えますよ」
言うつもりはなかったが、思っていたことがぽろっと口から出てしまった。
「貴族に口答えするんじゃなーい! この農民が! おまえはもう貴族じゃないんだよ、身分をわきまえろ!」
アリエスは、レイに怒鳴られ、彼の従者に一発むち打ちされた。レイは鼻をふんと鳴らした。アリエスはレイをにらみつけた。その目つきにレイが一瞬ひるんだようにも見えた。
(結構痛いんだが・・・。まあ、一発で済んだならまだまし?)
「黙って、さっさと仕事しろ!」
息子のダニーが捨て台詞を吐き、去って行った。家族がそばに駆けつけて、いたわりの言葉をかけた。鞭で打たれたところは赤くミミズ腫れになっていた。アリエスは前世では家族が心配してくれることもなかったので、嬉しかった。治るのにはしばらく時間がかかりそうだった。
* * *
(あいつ、ゲームの貴族の没落リストに入ってるのかなー?)
そんな他愛もないことを考えていたこの頃、既に、農民になってから、二ヶ月が経っていた。家族も農民の生活に慣れつつある。でもやはり、農民はひもじい。
(エドモンドは確実に税を着服している。基本、王家に納める税は三%だからなー、十%は絶対取り過ぎでしょ。)
そんなことを考えながら、今日届いたばかりのアリエスの元専属侍女である、ジュリーからの手紙を読み始めた。
アリエス様へ
日が短くなりつつある今日この頃いかがお過ごしですか。
新しい生活には慣れましたか?
私の実家の服屋は今月、店をたたむことになりました。
これからは、家族総出で、工場などに出稼ぎをする予定です。
私も新しい生活が始まりそうです。
お嬢様が健康で、元気に過ごせることを心からお祈りいたします。
ジュリーより
アリエスはふと、東の島に旅立つ前のジュリーの言葉を思い出した。
「『冤罪を晴らすために協力します』かー。」
アリアスははっとあることを思いついた。アリエスは机の上に置いてあった紙とペンを取り、さらさらとジュリーに向けて手紙を書いた。
(うまくいけば、この家を再構することができるかもしれない)
『人生を不運で終わらせてはいけない。運命は自分で切り開きなさい。』
いつしか先生に言われた言葉をふと思い出したのだった。
* * *
手紙を待ち続けること一週間、ジュリーから返事が来た。
昼間、アリエスは家族みんなに向けて「今夜話したいことがある。」と言った。家族は頭の上に『?』を浮かべた様子だったが、すぐに了承してくれた。アリエスは農作業を早めに終わらせると、家族会議の準備に取りかかった。