第四十六話 神話
四十六話 神話
この世界は六人の神々の手によって、創られた。光の女神アグライア、闇の神ハーデス、大地の女神ガイア、水の神オケアノス、火の神ヘパイストス、そして、創造の女神レティシア。
この世界は上界である神界、人間が住む下界に分かれている。もともと、下界に人間は存在しなかった。人間どころか植物も動物も存在しない無の空間であった。
神界には複数の神々がいた。レティシアは何の変化もない神界に退屈していた。そこで、レティシアは何もない下界を緑豊かで、たくさんの生物が住まう地にしたいと思った。
レティシアの父は神界を治める長であった。レティシアは父から下界を開拓することを許可され、『創造神』という称号をもらった。
レティシアは下界を開拓するにあたって、五人の神々を集めた。光の女神アグライア、闇の神ハーデス、大地の女神ガイア、水の神オケアノス、火の神ヘパイストスである。
レティシアとその五人の神々は下界を開拓し、新世界を創ることに決めた。
まず、光の女神アグライアは何もない下界を光で照らした。光あるところには闇ができる。闇の神ハーデスは、地上に闇をもたらした。光と闇が生まれた世界に大地の女神ガイアは大地を創った。
不毛な大地に植物や生物が生息できる環境を創るため、水の神オケアノスは海を創りだした。海や川や滝ができ、その川は海と繋がった。下界に水の通り道が創りだされた。
水が創り出されたことで、不毛の地から草木が生えた。草木が生い茂ったころ、海には魚が現れ、地上には虫や動物が現れた。動物の一部は進化を遂げ、やがて人間となった。
火の神ヘパイストスは人間に火という知恵を授けた。人間はヘパイストスから火を賜り、人類は広範囲で栄えた。
神々は一人の人間に下界を管理する責任者として神の力の一部を授けた。神の代わりの下界の管理者となった人間を『神々の申し子』と呼んだ。
その後、『神々の申し子』を補佐するために五人の人間に光、闇、大地、水、火の神がそれぞれ神の力の一部を授けた。その五人のことを『神々の使徒』と呼んだ。
神々の恩恵を受けた『神々の申し子』と『神々の使徒』を中心に、人間たちは神々を崇め、創造神レティシアを奉るために大神殿を作った。他の神々たちは大神殿を中心に囲むような配置でそれぞれの神々の像を作って、崇拝するようになった。
* * *
人々は神話に静かに耳を傾けている。実際、人々が何を考えて聞いているのかはわからないが、少なくともアリエスはこの話をありがたいものと思って聞いていなかった。むしろ、神話をいじくっていたのだ。
(これが、この国の神話? そして、どこかで聞いたことあるような神の名前。何か、神話というより、女神の暇潰し? 夢がないな、この神話。
そうだなー、この神話にタイトルをつけるなら・・・、『創造神レティシアは暇だったので、新世界を創ることにした』? これは何かライトノベルっぽいな。『創造神レティシアの新世界創造記』? あっ、こっちの方がかっこいいわ。)
洗礼中にこんなこと考えていると、バチがあたりそうだとも思ったが、元々アリエスは前世でも無宗教で、今も特に神とかは信じていないので、神様も見逃してくれるかなとか甘い考えをしていた。
「以上がこの世界の創成と神々の逸話です。この神話は冒頭に過ぎず、全ては創成の時代から存在すると言われている古代遺跡に眠っていると言い伝えられています。」
アリエスは聖職者の長の最後の言葉を聞き逃さなかった。
(この神話は冒頭に過ぎない? 古代遺跡? なぜ、神話の全てが伝えられていない? あえて、神話の一部は古代遺跡に隠されているのか?)
考えすぎのような気もしないでもなかったが、様々な疑問がよぎった。洗礼式はそんな考えもよそに進んでいく。
「それでは、洗礼のための神に祈りを捧げます。皆さま、ご起立願います。」
神殿内にいる人々は、聖職者長の言葉で起立した。神官の一人が豪勢な飾りが施してある、金色の杖のような物を持ってくると、聖職者の長に手渡しした。聖職者の長がそれを受け取った。
「私が言葉を唱えて、杖を振りますので、その後に、言葉を復唱してから、祈りを捧げてください。それでは始めます。」
聖職者の長と神官たちは創造神レティシアの方を向き、神官は跪いた。そして、聖職者の長は金色の杖を高くあげた。杖は日差しに反射して眩い光を放つ。
「万物の創造神レティシアに世界創造への感謝を。光の女神アグライア、闇の神ハーデス、大地の女神ガイア、水の神オケアノス、火の神ヘパイストスに与えてくださった全ての賜物に感謝を。
あなたがたへの更なる信仰をお約束する故、我らの穢れを払い、神々のご加護があらんことを。我らに光ある導きを与え賜え。」
神殿長は金色の杖を左右に振った。豪勢な飾りがジャリジャリと音を立てた。
神殿内にいる人たちは胸の前で両手を握り、目を閉じてから、聖職者の長の言った言葉を復唱した。
「あなたがたへの更なる信仰をお約束する故、我らの穢れを払い、神々のご加護をあらんことを。我らに光ある導きを与え賜え。」
祈りが終わると、目を開けた。特に、洗礼によって何かが変わったとは感じないが、感じないだけで、効果はあったのだとアリエスは考えることにした。
聖職者の長は金色の杖を神官に渡し、膝を立てて再び、祈りを捧げた。他の神官たちも同様に祈りを捧げた。それから、立ち上がり、レティシア像の前で一礼をした。
こうして、洗礼の儀は終わった。所要時間二十分ほどで、往復の時間の方が長いが、復活祭の前は洗礼の儀を受けることは伝統らしく、滅多に来ることのない大神殿にも来れたのでよかったとアリエスは思った。
大神殿を出て、馬車を停めてあるところへ向かった。
「ねえ、古代遺跡ってさぁ、どこにあるか知ってる?」
アリエスは大神殿を出て、神話を聞いたときに気になったことを、前を行くカーティスに尋ねた。カーティスは歩きながら、アリエスの方をちらりと振りかえってみてから答えた。
「古代遺跡の場所はわりと有名だよ。だけど何で古代遺跡のことを?」
カーティスは質問に答えると、前を向いた。
「さっき、洗礼のときに名前が上がった古代遺跡に何か手がかりがある気がしてさ。ほら、魔族が使える魔法って神様からの賜り物なんでしょ?
古代遺跡は創成の時代から存在するなら、我が家を没落させた魔族に関することの何かがわかるかもしれないって、思ったの。」
カーティスの歩く足が止まった。それに気づいた、フレドリックやジュリーも足を止めて、振り返った。
「古代遺跡って、場所は分かるって言ったけど、開かないんだよ。鍵も仕掛けもあるわけでもないのに。誰も入ったことのない未知の空間だ、古代遺跡は。」
カーティスは真顔で答えた。アリエスはその雰囲気から、古代遺跡のただならぬ予感を感じた。
「仮に古代遺跡の中に入れたとして、中は凶暴な魔物が多くいると思います。
この世界には魔物が巣ぐう洞窟や遺跡などがありますが、その難易度は人がどれだけ入って、魔物を掃討したかで決まります。つまり、誰も入ったことがないということはかなり難易度が高いと思います。地図もありませんし。ましてや、創成の時代からあるとなると。」
フレドリックが古代遺跡について、つけ加えて説明した。二人とも古代遺跡については批判的な意見を述べた。
没落に陥れた犯人に関してはある程度推理するところまで推理し尽くし、ヒントも何もない。
魔族がこの一連の貴族没落に関わっているならば、その魔族という存在のことをもっと知らなければならない。隠されていた歴史だけでは、わからないことが多すぎるのだ。
「では、古代遺跡に誰も入ったことがないのに、どうして、神話の冒頭はこうして後世に伝わっているのでしょうか? それは、誰か入ったことがあるからなのでは?」
さっきの二人の話を聞いて、ずっと気になっていた。神話が古代遺跡に刻まれていたとして、誰も入ったことがないなら、その神話は伝わらないはずだ。
仮に神話が古代遺跡に刻まれてなく、誰かがでっち上げた神話だとしても、それが、神話の全貌は古代遺跡に存在するとは伝えられないように思えた。
「確かにお嬢様の言っていることには一理ありますね。私が言うのもあれですけど、実際行って、真実を確かめるべきだと思います。真実は見えないところにこそあるものです。
フレドリック様、貴方は強いから古代遺跡でもその強さは通用するのではないですか?」
ジュリーはフレドリックをちらりと見た。フレドリックは戸惑いの表情を浮かべていた。
「確かに、私も古代遺跡には興味もありますし、魔物に負ける気もしませんが、古代遺跡が開かないことには何も始まらないかと・・・」
アリエスは古代遺跡の入口を開けるにあたって、一つ思い当たる節があった。物理的な力で遺跡の入口が開くわけではない。かといって、鍵や特殊な仕掛けがあるわけでもない。だとしたら、遺跡が入るべき人を選んでいるのかもしれない。
『私たちは神々に選ばれた者、真実の子』あの日、田安先生こと現ライナスが言っていたことを思い出した。
(もし、遺跡が神々の選んだ者を入れるとして、私が本当に神々に選ばれた真実の子だとしたら・・・)
「古代遺跡の入口は開くかもしれない。」
みんなの驚きの表情と期待の視線がアリエスに集まった。




