第二話 目覚め
第二話 目覚め
「レディース&ジェントルメン!ようこそ王家主催の夜会へ。」
緩やかな音楽が会場中に響き渡る。王家主催のパーティーで、貴族達の懇親会のようなものである。というのは、建前で、実際は、楽しく話している振りをして、お互いの腹の探り合っているのである。
「主催者の紹介を始めます。」
司会の大臣がマイクを持って、話し始めた。
「中央が我が国の国王ブルース・プランタジネット陛下。」
大きな拍手が会場を盛り上げる。王は立って、手を振りながら一礼した。
「皆様方から見て陛下の右側が王妃のベラ様、左側が第一王子のルイス様です。」
王と同じように一連の動作をした。再び、会場に拍手が巻き起こる。さすが、正妻、嫡男だけあって、態度は堂々としていた。
「続いて、皆様方から見て、第一王妃様の右側が第二王妃ロザリー様、そして、その隣が、第一王女クラリス様、その隣が第二王子エリオット様でございます。」
三人は丁寧に礼をした。会場に再び、拍手が巻き起こる。ロザリー妃といい、その子どもたちといい、とてもきれいな顔立ちをしていた。
その後、第三王妃、第三王子、第二王女と、一人一人紹介された。第三王子は第一、第二王子たちとは年が結構離れているので、ピリピリした雰囲気はない。第三王子はまだまだ子どもらしさが残ったままである。王族の分家もいくつかあるが、紹介の方は割愛された。
第二王子のエリオットは二つ年上のルイスの方をチラチラと気にしているようだった。異母兄というより、ライバルという関係の方がふさわしいだろう。
現国王の亡き後は第一王子、二、三というふうに継承される。年齢の順で言うと、王女クラリスが一番年上だが基本、王女は王位を継げない。だが、過去に女王が即位したこともあるが、それは、王子が全滅した場合のみである。
侯爵令嬢アリエス・クレヴィルは人が多いところが嫌いだ。面倒事に巻き込まれたくないので、会場の隅で大人しくしている。基本的に強制ではないと、宴にもあまり参加しない。蓋を開ければ真っ黒な貴族社会が苦手だったので、そこから逃れたいとも考えていたが、その方法はなかなか思いつかない。
商人をやるにしても売るものが思いつかないし、農民をやるほど体力はないので、そういうことを考えることはやめた。いっそうのこと世界が大きく変われば良いのにと思っていた。
久しぶりの夜会で、大いに緊張していた。両親も貴族社会に馴染めないアリエスの性格をとても心配していたが、アリエスは別に気にしていない。
ダンスを楽しむ男女にも、我が子を自慢する、貴族達も目に入らない。ただただ部屋の隅で、時が過ぎるのを待っている。そんなとき、アリエスに一人の銀髪の男が声をかけてきた。
「こんばんは、ご令嬢。あちらで、一曲踊りませんか。」
どこかで見たような顔の男だったが、いつ会ったかまでははっきりしない。そもそも、覚えようとしなければ、人の顔と名前は覚えられない。
ダンスの誘いに関しては、アリエスは貴族との付き合いや社交ダンスをするといった類いのものはあまり好きではないので、丁重にお断りしたかったが、相手の誘いを断ることは失礼に値するので、渋々了承した。
「一曲だけですよ」
その男はアリエスの手を引いて、中心部へ連れて行った。断ろうと思えば、断ることもできたのだが、何しろ、付き合いというものがある。自分より、身分の高い者の誘いを断れば、失敬にあたるのである。この男がどこの令息だかはわからないが、一曲踊れば、この男も満足すると思い、誘いに乗った。この男は思いのほか、ダンスがうまかった。
アリエスは、ダンスはあまり得意ではなかったが、貴族の一般教養として、一通りはかじっている。アリエスはまるで操り人形のように、その男の手に引かれ、違和感なく踊れていた。傍から見れば上手に踊れているように見えただろう。
しかし、実際は笑顔を絶やさないようにすることと、相手の足を踏まないようにすることで精一杯だったので、楽しむ余裕などなかった。
(早く終わればいいのに)
そう思った矢先、会場が妙に騒がしくなった。いつものことなので、気にしないようにしていた。憲兵の者が数人入ってきて、こちらに近づいてくる。そして、アリエスの手首を強くつかんだ。アリエスはダンスの相手の令息に両手をつながれていたが、それを無視するがごとく、憲兵たちは無理矢理手を引き剥がした。
「おまえが、クレヴィル侯爵家の長女のアリエスだな?王族の宝物庫から、財産を盗んだ疑いで、今から、連行する!」
「・・・え? どういうことですか?」
アリエスの質問は完全に無視され、何のことだかさっぱりわからずに、憲兵に強制連行された。
会場内の人々は何事かとざわざわし始める。さっきのダンスのお相手は状況が把握できないのか、口をぽかんと開けて、こちらを見ていた。アリエス以外の家族も同じく連行された。
(視線が痛い。)
訳がわからぬまま憲兵に連行され、拘置所に収容された。
拘置所はぼろ屋の一室のようなところであった。部屋の中には既に父のスタンリー、母のエルファ、弟のジークが座っていた。父は青い顔をしていて、ぶつぶつとひとりごとを言っている。母は、魂が抜けたような顔をしていて、この世の人間とは思えなかった。弟は無表情で無言を貫いている。
数時間して、王立裁判所の官吏がきて、スタンリーに参審員の指名をするようにいった。スタンリーは比較的信頼を置いている貴族を三人ほど指名した。
この国の裁判は基本的に犯人を自分達で捕まえて、領主に訴えに行くという仕組みなのだ。地方では、基本、領主と当事者達を中心にがばがばな裁判を行うことが普通だ。その他にも、被告人を味方する参審員と起訴した人を集めて一緒に裁判をするということをしたり、神明裁判をしたり、勝手に復讐したりとかなり適当である。
ただし、この仕組みは庶民が行うことであって、貴族の不正がバレると、国や他の貴族や憲兵から起訴される。そして、王立裁判所という最高裁判所で裁判を受けることになる。
家族は二日後の裁判の日までほとんど会話をしなかった。
* * *
裁判の日、王立裁判所では家族達が腕を縛られ、被告人席に座らされていた。アリエスもそこに座らされた。
父のスタンリーは青白い顔をして、ひたすらぶつぶつと独り言を言っていた。
「私は無実だ。私はやっていない・・・。誰かにはめられたんだ・・・。」
アリエスも不満を爆発させたい気持ちでいっぱいだったが、大人しくするように自分自身をなだめた。母や弟も魂が抜けたような顔をしていたので、そこから先は何も話さなかった。
裁判長が木槌をたたく音が部屋中鳴り響いた。
「人数がそろったので、クレヴィル侯爵家の裁判を開廷する。」
一同は一度起立し、礼をした。ざわざわしていた傍聴席に座っている人々は静かになった。裁判が始まり、先日アリエス達を連行した憲兵がクレヴィル家の罪状について話し始めた。
「クレヴィル家が王族の財産を不正に取得しようとしていたことが明らかになりました。
昨晩、王室の財産を盗むために、第二王妃の側付きを装って、侵入したスパイが金庫から財産を盗もうとしている所を取り押さえました。実行犯はスタンリー・クレヴィルから命令されたと話しています。その実行犯の犯行は一回にはとどまらず、複数回行っていたとみられます。
また、クレヴィル宅から、彼らとの契約書も見つかっています。この契約書のサインを筆跡鑑定にかけた結果、スタンリー・クレヴィルのものと一致しました。クレヴィル家を家宅捜索したところ、王家の家紋が入った宝物が見つかりました。以上です。」
(誰かにはめられた・・・!?)
アリエスがそう思った瞬間、頭がズキズキと痛み始めた。その痛みは徐々に強くなっていく。
(何? これ・・・。誰かの記憶が頭の中に流れ込んでくる。)
「!?」
完全に意識が飛び、アリエスは気絶した。そして、この時アリエスの記憶の中に西尾楓という人物の記憶が頭に流れ込んできた。少し経って、再び、目を開けた。状況把握までに時間はかかったが、この世界は楓が死ぬ直前までプレイしていた、『エルモア王国物語Ⅲ~断罪貴族と救国の審判~』という推理ゲームの世界観と似ていることを認識した。
頭の中が徐々に西尾楓の記憶でいっぱいになっていく感じがした。今までの『アリエス』は西尾楓の記憶によって、徐々に薄れていき、陰に隠れていく・・・。
『そうか、これが例の予言か・・・。神様が別世界から召喚した魂・・・。後は頼みましたよ、西尾楓。』
この瞬間西尾楓はアリエスとなった。『アリエス』の記憶は脳内の奥底にしまわれた。西尾楓は周りをゆっくりと見渡し、自分がもともといた世界ではないことを認識して、『アリエス』という自分とは違う人の奥底にしまわれた記憶を掘り出した。
自分が辿ってきた人生ではないことを認識して、アリエスに転生(乗っ取り?)したのだということを理解した。そして、この光景は、死ぬ直前までプレイしていた推理ゲームによく似ていた。こうして、西尾楓はこの世界で再び目を覚ましたのだ。
(さっきの声は元の主の声? この状況からすると、これがいわゆる前世の記憶を持った転生というやつか・・・? いや、この場合乗っ取り? それにしてもこの最悪な状況をどうにかしないとまずそうだな・・・。)
アリエスは一度深呼吸をしてからこの状況を一旦分析してみることにした。Aコースではクレヴィル家は今回と同じ罪で起訴された。しかし、ゲームではクレヴィル家は無罪になりそうであった。
(つまり・・・これは私がしていたゲームの続きではなく・・・)
アリエスの顔は次第に青ざめ、血の気がひいていく。
(確かBコースでは、クレヴィル家は登場しないと以前、ネットの記事に書かれていたのを見たことがある。おそらく今いるこの世界は・・・Cコース。ベリーハードモードだ。)
そんなアリエスの考えはよそに裁判は続いた。場内はかなりざわついていた。
「スタンリー・クレヴィル間違えありませんか?」
裁判官の一人がスタンリーに問いただした。
「違う! 私は神に誓ってそんなことはしていない!」
裁判官の質問にスタンリーはすかさず反論する。だが、その反論をよく思わない傍聴人が「言い訳なんて見苦しいぞ!」などとブーイングしたので、場内はまさにカオス状態だった。
(この国の裁判は随分騒がしいな・・・。それに人の話を全く聞いていないし。)
スタンリーはそれに怯んで、言い返したりはしなかった。
クレヴィル家に不利な情報ばかり出てくる。裁判長は眉間にしわを寄せながら、証拠品をじっと見ている。
参審員として参加しているクレヴィル家が比較的信頼を置いていた貴族達は有無を言わせないような、出てくる証拠に対しては反論も何もしない。
もちろんそのはずである。正直他人が没落しようが、自分達には関係ないのだろう。自分たちだけが栄えればいいのだから。よほどの恩義がない限り、わざわざ他人を救ってやる義理なんてないのだ。
ここはそういう世界なのだから。
(何か手を打たないと本当に没落するよ・・・これ。)
「異議あり!」
アリエスはいつの間にか口走っていた。被告人が許可無く話すことは無礼であるとされているらしいが、そんなことはお構いなしだ。
(こんなことするのは型破りだってわかっているけど、後悔する人生はもう嫌だから・・・)
「父は実行犯とは面識がありません。そして、これが、我が家を没落させる陰謀だったとしたら?」
裁判長は頭を悩ませていた。呼吸が少し荒くなっているのが見てわかった。この発言に対して、一人の裁判官がとどめの一言を発した。
「はっきりとした証拠が何よりの証拠。誰かの陰謀だとか言われても、そのことについて実証できませんね。」
他の裁判官や参審員もその発言に対して大きく頷いていた。アリエスは返す言葉もなかった。ゲームの抑制力のせいなのか、それとも時既に遅しということなのかはわからないが、どうにもならなかった。そして、裁判はまもなく閉廷した。
後日、判決が出た。判決は、遠島処分及び全財産没収、爵位剥奪と判決が下され、努力むなしくクレヴィル家は没落した。
遠島という名の左遷は厳しい監視のもと、農民とほぼ同様またはそれ以下の生活をするものであり、農民より、プラス五パーセントほど多く税を納めなければならないので、牢生活よりも過酷と言われている刑である。
一般人より貴族はこういった刑には体も精神も応えるらしい。
(あっ、これ転生ガチャ思いっきりハズレ引いたやつじゃん・・・)
判決の声が響き渡る法廷の中でアリエスは自分の運の悪さを嘆いた。