第一話 前世
世界は残酷だ。生まれ持って、勝ち組になる運命の者が多数存在する。心優しい親に財力があれば、いい教育を受け、優しく温かい家族とともに、豊かな生活をすることができる。逆に愛情がない親に財力が無ければ、良い教育を受けることもできず、親の愛を知ることなく一生貧しいままだというのがおちである。いわゆる親ガチャである。
西尾楓はいわゆる親ガチャでハズレを引いたに等しい。最初はよかった。両親も優しい中流家庭だった。だが、その生活はある日どん底に堕ちる。
父が会社の金を使い込んで、クビになったのだ。会社の金はギャンブルにつぎ込まれていた。それに加え、会社の金を返すために、闇金に手をだしてしまったので、借金は山のように膨れ上がった。
結局、父は自己破産し、母とは離婚。
母はそれをきっかけに今までの穏やかな性格はどこにいってしまったのやら、性格がまるで変わってしまい、気性が荒く、男遊びに耽るようになった。
楓はそんな生活に嫌気が差したので、必死に大学の受験勉強をして、大学の服飾学科に合格し、奨学金と高校のときにコツコツ貯めていたバイト代で、東京に上京した。服飾学科にした理由は単純に、服作りに携わる仕事をしたいと思ったからだ。
「今月、結構働いたのになあ。バイト代八万かー。」
楓は銀行通帳を見ながらため息をつく。母親からの仕送りもたいした額ではないので、このバイト代はほぼ生活費で消える。そして、卒業後の奨学金の返済は四百万ほどあり、それを考えただけで、萎える。
「借金消えないかあー」
楓は安っぽい天井を眺めながら、ぼそりとつぶやいた。銀行通帳を閉じ、現実逃避するために、ゲームをやることにした。そして、当てもなくテレビをつけた。
(それに、この前、中古でゲーム買っちゃったし、今月は節約しないと・・・)
「午後八時になりました。最新のニュースをお届けします。」
狭く静かな部屋にテレビの音が鳴り響いている。この部屋の住民、西尾楓は最近買ったゲームをしながら、ニュースをながら見していた。
「〇〇区三丁目で火事が多発しています。警察はこの一連の火事が連続放火の可能性があるとして、捜査を進めています。」
テレビをつけても暗いニュースしかやらないので、楓はテレビの電源を切った。
「三丁目って、この辺りじゃない? 最近の世の中は物騒だ・・・。」
楓はゲームに集中することにした。最近買ったゲームはエリモア王国物語Ⅲ~断罪貴族と救国の審判~という推理ゲームだ。このゲームは中世英国の世界観を模していて、罪を犯したとされる貴族などを裁くゲームだ。このゲームには三つのコースが存在する。
『真実の目』という特殊能力(ゲームではお助け機能として役立つ)を持った裁判官の視点から有罪か無罪かを裁くAコース(ノーマルモード)。
お助け機能なしで貴族の人々との人間関係やそれを取り巻く環境から、罪の本質を探るBコース(ハードモード)。
Cコース(ベリーハードモード)はある一定の無罪の人間をあえて有罪判決にすることによって、発動する。そこから隠された大きな真実を辿る難易度が高い上級者向けのコースだ。ただし、AやBを先にプレイしていれば、あえて没落させる人数や人物がわかるという仕組みだ。
前に、ネットか何かの記事でCコースをクリアするためには、四人の貴族をあえて、没落させる必要があると書いてあった。全くその記事を読むつもりはなかったが、他のことを検索していたときにたまたま出てきてしまった。
もちろん、このゲームを始めて十日の楓はAコースから始めているのだが、なかなか進まず、現在三人目のクレヴィル家を攻略中である。
「ふーむ。証拠品には特に矛盾はなさそうだけど、動機がないんじゃないかなあ。無罪かなあー。」
ここまで推理してから、『真実の目』を使って、少しずつ物語を進めていくことにした。
突然静かな部屋にビイビイと大きな気味の悪い音が静かだった部屋に鳴り響いた。あまりの音の大きさと嫌な予感で楓もゲームどころではなくなった。楓は音の発信源を確認したところ、発信源は火災警報器だった。
視界が悪くなっていき、徐々に焦げたような匂いも部屋の中に充満し始めた。
(コンロの火、切り忘れたってことはないよね・・・)
疑いながらも、念のため楓は1DKの部屋の隅にある、キッチンへと向かい、火を確認した。
「消えてる・・・ということはやっぱり・・・」
冷や汗が額を流れる。楓は家のドアを思い切って開けてみた。楓の嫌な予感は見事に的中した。ドアを開けた瞬間、煙と炎が一斉に襲ってきた。木造のこの部屋はみるみるうちに炎で埋めつくされていく。
「ゲッホッ・・・。これはまずい・・・。もしかして例の放火?」
窓を開けて下を見たが、この部屋は二階かつ、下の方も既に火が回っているので、とてもではないが、外に出れそうにない。
(まだ、やりきってないのに・・・。先生との約束を果たせてないのに・・・。)
「こんなところで死ぬわけには・・・。」
(でも、ここで死んだら、奨学金の借金消えるのでは・・・?)
死際にそんな悪魔がささやきそうなことが思い浮かんだが、徐々に力が抜けていき、床に倒れこんだ。
炎に包まれた部屋の中で楓は意識を失い、そして、再び目を開けることはなかった。