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【完結】没落令嬢の爵位奪還計画  作者: 中条モンジ
第二章 隠されていた事実
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第二十六話 手掛かりの兆し

第二十六話 手掛かりの兆し


 港へ向かう途中に人集りができているのが見えた。方角は北東。人がぞろぞろとそちらの方向に向かっていくのが、わかった。北東には確か、エドモンド子爵の屋敷があるはずだ。

「何かあったのですかねー? ささ、人々の意識があちらに向かっているうちに、早く向かいましょう。」

 アンジュとライムはせかせかと歩いている。アリエスは一度、足を止めた。

「アリエス様? どうかなさいましたか?」

「人集りが気になるの・・・。何か事件が起きたのかもしれない。行きましょう! 港に行ってもまだ船も来てないし。」

「えっえっ!? 行くって正気ですか?」

「アリエス様に何かあったら、私どもの首が飛ぶのですがー!?」

 アリエスは二人の言葉を耳の片隅においてズカズカと北東へ向かった。

 人々が向かう先はやはり、アリエスの予想通りのエドモンド家の屋敷の前であった。ザワザワと騒いでいる。悲鳴をあげるなど、人々には落ち着きがなかった。

 人混みの中には村長まで来ていた。村長だけは、人々の視線の先を静かに見つめていた。

 只事ではないと思ったアリエスは人々が何に目を向けているのか、調べる必要があったので、人を掻き分けて進んだ。使用人は人払いをしたいようであったが、なかなかうまくいかないようであった。

 人混みの先にあったのは・・・エドモンド家現当主レイ・エドモンドの死体であった。背中を刺されてうつ伏せで倒れていた。死体の下には真っ赤な血が絨毯のように大きく広がっていた。リビングのカーテンは乱雑に切られていて、中が丸見えであった。

 明らかに他殺のようであった。また、血を見る限り、殺されてから、時間があまり経っていないようだ。

 リアルの刺殺死体を見るのは初めてだったので、アリエスは気分が悪くなった。口元を押さえ、荒くなる息を意識的に整える。

 すると、突然アリエスの脳裏に事件の全貌であろう、光景が凄いスピードで頭に入ってきた。


 首謀者である、『犯人』は事件を起こす前、『犯人の協力者』と念入りに打ち合わせをしていた。

 そして、今日、『犯人』は税の交渉をしたいと言って、屋敷に入ってきた。そして、リビングでレイ・エドモンドと抗議をした。

 使用人数人は息子のダニーとともにでかけており、残りの使用人は屋敷を掃除していたので、その時、リビングにはあまり気を配っていなかった。

 『犯人』は話をする前に、空気の入れ換えをしてほしいと言って、レイに窓を開けさせた。それから、しばらく『犯人』はレイと税について口論していた。

 結局、レイは『犯人』の言い分はほとんど聞かず、追い出すような形で幕をとじた。

 抗議が終わったレイは『犯人』が帰ったことを確認して再び、誰もいないリビングに戻った。このとき、廊下を掃除した使用人は『犯人』が粗末な馬車に乗って帰っていく様子を目撃している。

 その後、顔を完全に隠した『犯人の協力者』は、もともと開いていた窓から侵入しており、背後から、刃物でレイの急所を一突き。そして、レイはうつ伏せで静かに倒れ込んだ。その人は刺した直後、カーテンの上部を別の刃物で切断し、窓を閉めてから逃走。

 その後、帰ってきた息子、ダニーによって、発見され、その後、使用人とともに医者を呼びに向かった。


 アリエスはこのような光景を見た。それはまるで、間近で自分がその時の様子をずっと見ていたかのように鮮明であった。

(何? 今の?)

 フラッシュバックが起こっている最中、アリエスはただ立ち尽くしていた。そして、我に帰ると血の臭いが鼻を刺す。

 アリエスはさらに気分が悪くなり、人混みの外へ向かった。少し離れた木の元で吐いた。死体を見て気分が悪くなったのだ。

 後から追ってきた、アンジュとライムがアリエスのことをいたわった。そして、水を差し出した。

「アリエス様、大丈夫ですか? 死体を長い間見るものではありませんよ。」

 アンジュが諭すように言った。

「俺でさえも死体を見ていい気分はしないですから。」

 ライムも青白い顔をしていた。アリエスは水を飲んで落ち着いてから、先程のまるで自分がその場にいたかのようなフラッシュバックについて二人に話すことにした。

「二人に聞いてほしいことがあるのですが、聞いてくれますか?」

 アリエスが話始めると、アンジュとライムは半信半疑の表情をしながらも、真剣に話を聞いてくれた。

「それで・・・、貴女が見た『犯人』とは一体誰だったのですか?」

 ライムがこちらに強い眼差しを向けながら、聞いてきた。アンジュも視線をこちらに向けた。

「『犯人の協力者』の顔に見覚えはありませんでした。恐らく殺しに手慣れていることから、暗殺者の類いだと思われます。『犯人』は村長でした。」

 二人は目を丸くしていた。驚きを隠せないでいるようだ。

「どう・・・して?」

「詳しいことはわかりませんが、恐らく重税に苦しんでいた民を見かねて、暗殺者を雇って、殺害したのだと・・・。

 彼だけは死体現場を見ても動揺している様子はありませんでしたし。」

 アリエスはエドモンド家の屋敷を眺めた。息子のダニーとその使用人が連れてきた医者がどうやら、到着したようであった。

 しかし、医者に治療させても、無意味であろう。なぜなら、一目瞭然で、レイ・エドモンドは既に死んでいた。

 人集りは未だ消える気配もなく、ただただザワザワとしていた。

「証拠さえ、見つからなければ、村長が殺害計画を立てたとして捕まることはないはずです。そろそろ船が出る時間が近づきつつありますね。」

 アリエスは港に向かって歩き始めた。人々の声も次第に遠退いていった。時折吹いてくる生ぬるい風に当たるのはいい気分がしなかった。  

 アリエスの脳裏には先程のフラッシュバックの光景が浮かぶ。消える気配は毛頭ない。

 早くこの島から、立ち去りたくて、アリエスは行きより早歩きになっていた。

「このフラッシュバックって、ゲームの中の『真実の目』の能力に似ている気がする・・・。これは特殊能力なのか、それともただのまぐれなのか・・・。」

「・・・。」

 アリエスはボソッと呟いた。アンジュとライムにも聞こえていたようではあったが、返答に困っているように見えた。

「それがもし、アリエス様だけが持っている能力だったとして・・・」

 アンジュが沈黙を破って話し始めた。歩いているうちに目の見えるところに港が見えてきた。

「それをどう使い、どうやって活かしていくかは、貴女次第だと思います。そうですね、まるで、私たち魔族の魔法のように。」

 太陽の光がアンジュの顔に影をつくっていたので、どんな表情をしているかは見えなかった。

「使い方によっては貴女の無実も証明できるかもしれませんね・・・。」

 確かに、ライムの言う通り、この力が、本物なら、何かしらに役立てることはできるかもしれない。だが、使い方も、発動条件もわからない。そもそも、さっきのは特殊能力であるのかすらもわからない。


 港に着いてから数分、船が到着した。軽い荷物検査などを受け、船に乗り込んだ。今日中にハルフォード伯爵領に着くのは時間的に困難なので、本島の港近くの宿に泊まる予定になっている。

 船が帆を上げた。出航の合図だ。次に家族に会えるのはいつになるか分からないが、アリエスはクレヴィル家の冤罪を必ず晴らすと再び心に誓った。アリエスは海に吹く強い風に背中を押されているように感じた。


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