第十八話 貴族との契約
十八話 貴族との契約
変装がばれて、カーティスから取引をしようと言われた。
「で、取引とは何ですか?」
カーティスはコクりと頷いてから、真面目な顔でアリエスを見た。
「最近、貴族が次々と没落しているのは知っているでしょう?」
アリエスは以前にカーティスと図書館の前でそういった話をしたことを思い出した。
「存じております。」
カーティスはカップの中に入ったお茶を一口飲んでから、一息ついた。
「で、取引というのは、貴女にその貴族の没落を裏で操っている人物を捕まえてほしいのですよ。」
「!?」
アリエスは驚きのあまり固まってしまった。
(それができればこんなにも苦労しないのだが・・・)
「もちろん、ただでとは言いません。フレドリック!」
とぱちんと指を鳴らした。すると、紺色の髪の一人の男が部屋に入ってきた。アリエスはその男の顔に見覚えがあった。
「あ・・・! あのときの!」
アリエスは指を指して思わず立ち上がってしまった。その男は孤児院で、魔法らしきものを使った人だった。
「ご無沙汰しております。アリエス様。私はサザランド男爵家三男のフレドリック・サザランド、この家でカーティス様の側仕えをしております。」
サザランド家は貧乏貴族であり、男爵の中でも地位もそこまで高くはない。
フレドリックは軽く礼をして、ちょっと高そうな箱を机の上に置いた。カーティスはアリエスとフレドリックを交互に見ながら、目をぱちくりさせていた。
「フレドリック、アリエス嬢とは知り合いなのか?」
「知り合いというか、前に孤児院へ行ったときばったり会っただけです。それより、貴方が持ってこいといったものをお持ちしましたよ。」
「あぁ・・・」
カーティスは何で自分だけが知らないのかという風にちょっと機嫌の悪そうな顔をすると、フレドリックが持ってきた、ちょっと高そうな箱を開いた。そこには金貨や銀貨がたくさん入っていた。大金がキラキラと輝いている。
「な、なんですかこれは・・・」
「なんですかっていうかお金ですよ。貴女が貴族を没落させている犯人を捕まえてくれるというなら、このお金を貴族支店建設の資金として投資しますよ。貴女にとっても悪い話ではないでしょう?」
大金を目の前にアリエスは目が眩んだ。正直いうと喉から手が出るほど欲しいが、甘い話には罠があることくらいわかっている。
「私を買収しようとしているのですか? そもそも、こんなことをして貴方に利益はあるのですか?」
すると、カーティスは少し笑った。
「買収なんて、面白いことを言いますね。俺にとっての利益は没落の恐怖から解放されることですよ。
父上に限って、足下をすくわれるようなことはしていないとは思いますが、何せ無罪の家を冤罪で没落させるほどの凶悪犯ですから。」
確かに、カーティスのいうことはもっともらしいが、まだ、信用するにはカーティスのことを知らなすぎる。
「それに、犯人捜しなんて面白そうではありませんか!」
(面白そうって、完全に楽しんでるよ、この人。)
アリエスは大きく息をついて、心を落ち着かせた。
「そうですねぇ・・・、その取引乗るためには条件があります。貴方たちのことをもっと教えてください。ほとんど何も知らないので、正直そんなこと言われてもまだ信用できません。
例えば・・・、フレドリック様が使った魔法のこととか。」
アリエスはニヤッと笑った。端からみれば、とても性格の悪そうな顔をしていただろう。しかし、聞き出せそうなときに自分の有利になることを聞くことはこの先、生きていく上で必要なことだ。
「いいでしょう。少し長くなりますが、話しましょう。」
意外な反応にアリエスは一瞬放心した。カーティスはちらりとフレドリックのことを見ると、フレドリックはコクりと頷いた。
「我がハルフォード家もサザランド男爵家も魔族の子孫です。あっ、『魔族』というのは、『魔法を使える一族』の略称です。ちなみに魔法を使うことができるのは魔族の血をひいたものだけです。
魔族には二種類あり、純血魔族と混血魔族というのがあります。純血魔族の方がより高度な魔法を使うことができるのです。ハルフォード家は混血魔族なので、大きな魔法はつかえません。あっ、ちなみにフレドリックは純血魔族です。」
ここまでのことを整理すると、純血魔族は魔族のみで一族が構成され、混血魔族は魔族以外の血も混ざっているということだろう。
カーティスは指をくわえてピーと音を鳴らした。すると、窓の外から勢いよく鳥が入ってきた。そして、カーティスの腕に乗っかった。
「こいつは俺の従魔の鷲、デクです。俺の片腕のようなものですね。」
アリエスは驚いて声も出ず、ただその光景をボーッと眺めていた。
「まず、魔族とこの国の隠された歴史について話しましょう。」
* * *
現在のエリモア王国には、二種類の民族が存在する。多数派が旧エリモール人、少数派が旧サザランド人である。民族の名前はかつての国名から取ったものだ。
その二つの民族に見た目上の大きな違いはない。ただ、文化は大きく違っていた。
元々この大陸には先住民である、旧スザンヌ人の先祖にあたる人達が住んでいた。
彼らは『レティシア』という神を信仰し、レティシアの仲間である、五人の神の像を国中に散布させるように五体作り、それらを崇めて過ごしていた。
そんなとき、旧エリモール人の先祖にあたる人々がこの大陸を発見し、勝手に入植した。始めは、先住民を支配しようとした。
一度は一つの国としてまとまったが、宗教の違いなどから、対立し、約四百年前、旧スザンヌ人が北の地に追いやられた。
よって、北はスザンヌという小国、南はエリモール王国という大国に分かれた。
スザンヌは不運なことに、穀物が不作の年が多く、技術もさほど発展していないので、とても貧しかった。
しかし、国民のほとんどがレティシア教を信仰しており、人と人との繋がりはとても強かった。
対するエリモールは穀物の生産は安定していて、技術も発展していた。エリモールは強欲な王が統治していた。
国内は栄えていたが、かつて、レティシア教に反対した人々が集まった国だったので、人と人との結びつきはさほど強くなかった。
今から三百年前、ある年スザンヌは、日照不足による不作で作物が全く収穫できなかった。国民は餓死寸前だった。
そこで、スザンヌの王はエリモールに作物を売るように頼んだ。しかし、元々スザンヌと仲があまりよろしくなかったこともあり、エリモールの王は他国に売る作物はない、と言い張り、依頼を拒否した。
かといって、スザンヌは小国のため、他の国との親交もあまりなく、頼れる国もない。それに加えて、海を渡って、物資を購入してくるほどの財力はなかった。
スザンヌの人々は自分たちが信仰する、創造神レティシアをはじめ、光の女神アグライア、闇の神ハーデス、大地の女神ガイア、水の神オケアノス、火の神ヘパイストスに祈りを捧げるようにと神に仕える者たちにいわれ、人々は救いを求め、祈り続けた。
元々彼らが信仰する神の像は大陸内に散っていたが、国が分裂したため、光と闇の神の像だけがスザンヌには残されていた。その二つの像に向かって、六人の神に対して祈りを捧げた。
エリモールの人々はスザンヌの人々を鼻で笑い、たいそうバカにした。
しかし、スザンヌの人々はそんなことはお構い無しにほぼ全国民が神々に祈りを捧げ続けた。
何日かして、祈りを捧げたスザンヌの人々はそれぞれの神から不思議な力を授かった。それは今でいう『魔力』というものである。
魔力は力の強いものから順に光、闇、大地、水、火である。後に魔力を保有した者を『魔法を使える一族』略して『魔族』と呼ぶようになった。
魔力を授かったスザンヌの人々はその力を使って、農地や生活を潤していった。そして、人々の生活が徐々に豊かになっていった。
そのことを知ったエリモールの王はスザンヌの人々のその力を恐れ、王国を脅かす魔族を排除するため、侵略戦争を開始した。そして、スザンヌとエリモールの全面戦争が始まった。
スザンヌの人々は魔法を駆使して戦ったが、魔力を手に入れてから、戦闘に使いこなせるようになるほどの時間が経ってなかった。
また、魔法には使える回数に限界があった。結果として、エリモール王国の近代的な軍隊に敗北した。大勢のスザンヌの人々が死んだ。
その後スザンヌは絶対服従を条件に王国に併合されることになった。
スザンヌは魔法を二度と使わない、エリモールに逆らわないことを約束した和平条約を結んだ。
また、エリモールはスザンヌ人を大人しくさせるためにも、信仰するレティシア教を黙認した。
そして、今回の大戦の反省と死者の冥福の意味をこめるという口実で、エリモールは百年に一度、『復活祭』と称して、祈りを捧げることを約束した。
スザンヌを併合したエリモール王国はエリモア王国と名を改めた。平和になったかのように思えるが、生き残った魔族は、国家の影で身を潜めながら生きていかなければならなくなった。
* * *
「そんな歴史があったなんて知りませんでした。」
『アリエス』の記憶を辿っても、そのような事実があったとは、記憶されていなかった。
代わりに、元々この地には先住民が住んでいて、そこに入植したことと、三百年前に宗教上の対立があって、国が分裂し、再び大戦が起こり、エリモール王国がスザンヌと和平条約を結んで、併合したという事実は記憶されていた。だが、そこに、『魔族』という言葉は存在しなかった。
「まあ、魔族の血をひいている者なら、誰でも知っていますが、そうではない者は知らないでも無理はないです。だって、これはずっと隠されてきた歴史だから。」
カーティスは少し悲しそうな顔をした。アリエスも自然と顔が暗くなる。
「隠された歴史? なぜ、隠す必要があったのでしょうか。」
「それは、エリモールの王が『魔族』という存在を後世に伝えたくなかったからでしょう。後世に伝えることによって、魔力欲しさに、魔族と結婚したがる人も恐らく増えます。
それに、魔族の魔法は使いようによっては、国一つくらい余裕で消せるでしょう。
魔力を有しない人間と、魔族の間に子どもが生まれると、魔力は弱まりますが、それでも、魔法は使えるのです。
そうすると、魔法を使える人間が量産されてしまう、それを防ぎたかったのだと思います。」
「魔力を持った人間が、魔力を持っていない人間たちに対して、反乱を起こさせないようにしたかったってことですね。」
アリエスの問いに対して、カーティスは静かに頷いた。
「そういうことです。だから、今も『魔族狩り』ということが秘密裏に行われています。
『マジックボード』という体内に存在する魔力に反応する道具を使って、魔族をあぶり出し、捕縛するのです。魔族狩りで捕縛された人間がその後どうなったかは知りませんがね。」
「マジックボードですか?」
アリエスは始めて聞く言葉に首を傾げた。すると、カーティスと目が合ったフレドリックが実物を持ってきた。
実物のマジックボードは両手のひらに収まるくらいの小さい透明の板だった。それは、孤児院に行ったとき、フレドリックが偽装死体に対して使っていたものだった。
フレドリックが持っているマジックボードは次第に赤く光り始める。
「今、フレドリックが手に持っているのがマジックボードです。体内の魔力に反応して、赤く光り、体内の魔力量が多いほど強く光るという仕組みです。」
カーティスはその板をフレドリックから、受け取った。すると、今度は、先ほどより弱い赤色を放っていた。これが、純血魔族と混血魔族の力の違いというものだろう。
カーティスは持っていたマジックボードをアリエスに渡してきた。アリエスが、そのマジックボードに触れても、赤く光り出すことはなかった。
「これで、貴女は魔族の血を引いてないことがわかりました。魔法については、ご理解いただけましたか?」
「はい。」
隠された歴史に絶句したアリエスは、何て言えばいいのかわからなかった。アリエスは、小さく返事をすると、マジックボードを目の前の机の上にそっと置いた。
「それでは、取引していただけますね?」
少し間を置き、アリエスは小さく頷いた。
「わかりました。約束は約束なので、取引しましょう。
ですが、貴族支店を黒字にできるかどうかは自信がないので、そこらへんはご了承いただければと。」
「倒産しかけていた庶民向けの店を回復させた貴女なら、できるでしょう。」
カーティスは期待の笑みを向けながら、アリエスに書類を差し出した。アリエスは、その期待の笑みを作り笑顔で受け流しながら、契約書にサインした。
「さっきの話から、一つ気になることがあるんですけど、魔族も貴族になれることに少し疑問を持ちました。」
アリエスは、羽根ペンを机の上に置いてから、顔をあげた。さっきの話からすると、魔族は忌むべき存在であり、秘密裏に捕縛されている。
それに、『アリエス』の記憶によると、旧エリモール人ばかりが貴族になるという事実がある。それなのに、旧スザンヌ人が王族の次に地位が高い貴族になれることには疑問を持たざるを得ない。
「確かに、貴女の言う通り、表向き上は無理です。ばれれば、何かしらの処分は受けるでしょう。
ですが、それを切り抜ける方法もあるんですよ。例えば、一時的に体内の魔力を消す薬とか、魔道具で魔力を抜くとかでね。」
確かに、王都など、人が多いところで、魔力を抜いておけば、魔族だとばれて密告されることもないだろう。
アリエスには、魔力を抜くことが彼らにとってどれだけのことなのかはよくわからなかったが、今は言葉の通り理解しておくことにした。
カーティスは契約書をペラペラと再確認していた。
「あー、後、この屋敷の奥の使用人用の部屋がちょうど、空いているから、そこを寝床として使ってくれていいので。」
カーティスは顔を上げて、目線をそらしながら、そう言った。
「なぜ、そうなるのですか?」
アリエスは唐突な発言に驚きを隠せないでいた。すると、フレドリックはフォローするように小さくため息をついてから言った。
「つまり、カーティス様がいいたいことは、店や事件についての進捗状況を聞きたいから、貴女がこの屋敷に住んだ方がお互い楽だと。そういうことですよね、カーティス様?」
カーティスはこくこくと頷きながら、フレドリックを見た。
「まあ、表向き上は使用人みたいなものですけど。」
(そういう設定にしてまで、私をこの屋敷に住まわせる必要性を感じないのだが・・・。まあ、いいか。)
アリエスの脳裏にはきれいな部屋で寝ることができるという欲深い理由もあったが、すぐにその考えを意図的に消した。
「いいですよ、別に。その方が私にとっても都合がいいので。
あと、投資していただいたこと後悔させないように頑張ります。」
カーティスは表情を綻ばせながら笑った。
「ありがとうございます。取引成立ですね。貴女が、利益を上げるのを気長に待ちますよ。」
こうして、貴族との最初の商売は思わぬ結果となって幕を閉じた。
帰り際にジュリーと再会して、根掘り葉掘り色々なことを聞かれたが、その話は長くなるので、省略しておこう。




