第十七話 久々の再会
ここまでのあらすじ
道半ばで短い一生を終えた西尾楓は無実の罪を着せられ、没落させられたクレヴィル侯爵家の長女アリエスに転生した。
アリエスは爵位奪還のため、左遷先である、島から死を偽装し、脱出して、専属侍女だったジュリーの家の庶民の服屋の経営を立て直した。
不穏な影をちらつかせる貴族、魔法らしき存在の発覚。そしてアリエスは貴族の世界へと足を踏み入れていく・・・
様々な人間の陰謀が渦巻く第二章開幕!
十七話 久々の再会
貴族用の服の注文を受けるようになってから、はや数日が経過していた。貴族へ向けての商売は庶民に対して行う商売と違ってなかなかうまくいかなかった。
貴族支店は資金不足で建てることができず、ただ注文を待つだけであった。アリエスはその間、店の仕事を他の人たちに丸投げして、貴族用の服の作り方やデザインを勉強していた。
そんな日々を過ごした数日後、やっと一件目の貴族からの依頼が舞い込んだ。
「アリエス様ー! 依頼が、貴族からの依頼が来ましたよ。」
リアンナが嬉しそうにアリエスに報告しにきた。
「やっときたんだー。長かったー!」
アリエスは胸を撫で下ろした。正直、もともと倒産寸前だった小さい服屋が設立した貴族の服を作って売るなど無謀な話かなと心のどこかで思っていた。
しかし、まだたったの一件。この先注文が来なければ、事業失敗になってしまう。貴族支店の建物は構えていないものの、この事業を立ち上げるために、投資したので、事業失敗は正直つらい。
「で、依頼人は?」
一番肝心なところだ。貴族の服屋を立ち上げた理由は事業拡大が表向き上の理由だが、実は貴族たちの内情を探ることもまた、大事な目的である。
「依頼人はハルフォード伯爵の子息です。依頼内容は王都に着ていける服を作ってくれとのことです。」
アリエスは記憶を探った。特にこれといった情報は出てこない。親交がなかったからといって、身元がバレない保証はない。気を引き締めて、いかなければならない。
(ハルフォード伯爵家かー。貴族時代のときもあまり、親交がなかった気がする。)
「わかった。依頼は引き受けましょう。」
「本当に大丈夫なんでしょうか。」
リアンナは心配そうにアリエスを見る。
「大丈夫だよ。覚悟はもうとっくにできているよ。」
アリエスは胸を叩いてリアンナに自信があるように見せたが、実際は少し不安だった。
* * *
伯爵領に向かう日がやってきた。アリエスはジュリーを連れて伯爵領へ向かった。今回は、初回であるのと、日帰りで伯爵領まで行けるという理由から、アリエスも引率することになった。
注文が増えると、毎回毎回アリエスが領地まで赴くことが出来ないので、ジュリーに仕事を覚えてもらわなければならない。
アリエスはいつも通り身元がバレないように黒く長い髪のかつらで顔の右半分を髪で隠して後ろで縛って変装した。
「お嬢様、貴族からの依頼とか緊張します。貴族の扱い方ってどんな感じでしたったけ?」
「いつも通りのジュリーで大丈夫だよ。」
アリエスはにっこりと微笑んだ。
乗り合い馬車は道が悪いのかガタガタと揺れる。外を見ると、農民たちがせっせっと畑を耕していた。そんな風景もしばらくすると、栄えた商都へと様変わりした。商人たちの威勢のよい声が響いていた。
ハルフォード伯爵の屋敷は新興貴族にしてはそこそこ大きかったが、王政に関わっている大貴族よりは小さかった。
門の前に立っていたら、使用人たちがアリエスたちを依頼人である子息がいる部屋へと案内してくれた。部屋の前まで来ると使用人は軽くノックをした。
「カーティス様、依頼された服屋が参りました。」
と使用人が言うと、中からどうぞと声が聞こえた。使用人が重い扉を開けて、アリエスたちに部屋の中に入るように言った。
アリエス達は部屋に入った。部屋の中央にある客人用のソファの一方にカーティスは座っていた。部屋の見た目は執務室のようなところであった。
アリエス達は貴族流の挨拶をした。
「この度、当店へのご依頼ありがとうございます。当店のマネージャーである、アメリアでございます。本日はよろしくお願いいたします。」
「アメリア様の付き人のジュリーでございます。」
ジュリーは大分緊張してしるようで、かみかみの挨拶だった。
(付き人という表現はここで使うものなのかな・・・?)
「遠路遥々ご苦労様でした。私が本日貴店に依頼したカーティス・ハルフォードです。」
と言って、立ち上がってからカーティスが座っている座席の目の前のソファに座るように言った。
「お嬢様、カーティス様の顔なかなかイケてると思いませんか?」
ジュリーはアリエスに耳打ちしてきた。そう言われて見れば、確かに銀髪に青い瞳で顔も整っているようにも見える。
(ジュリーよ、今は依頼人の顔なんてどうでもいいのだ・・・)
アリエスは呆れながら、ジュリーに耳打ちした。
「そんなことは今はいいよ。それより、これからのことを・・・」
コンコンとドアを叩く音が聞こえた。カーティスがどうぞと言うと使用人がお茶を運んできた。
「それより、お嬢様、カーティス様は誰かに似ていると思いませんか?」
再びジュリーが耳打ちしてきたが、今度は返事をせずにさあ? と首をかしげた。カーティスの顔をちらりと見てもジュリーの言った理由はよくわからなかった。
「どうかしました?」
カーティスが甘い笑みをこちらに向けてきたので、
「特に何も。失礼しました。」
と言っておいた。落ち着きを取り戻すために給仕されたお茶を一口飲んだ。予想通りとても上品な味がした。
それから、商談が始まった。王都に着ていける服を作ってくれとの依頼で、デザインや生地などの要望を詳しく聞いた。要望はそこまで酷なものではなかったので、アリエスは内心ほっとした。
「それでは、サイズをお測りします。」
と言って、ジュリーにサイズを測らせた。アリエスはジュリーが読み上げて言ったサイズを順番にメモしていった。
(これで終わりだー。後は値段交渉のみ!)
「最後にお値段についてですが・・・」
とアリエスが言いかけたところ、カーティスに止められた。
「その件ですが、アメリアさんと二人でお話したいことがあります。なので・・・」
カーティスはジュリーに視線を向けた。席を外せと言いたいようだ。ジュリーははっとそれに気づいたようで、立ち上がってから、軽くアリエスの肩を叩いた。
「私は席をはずしますので、失礼します。」
と言って、外に出ていってしまった。ジュリーはこういう時だけなぜか察しがいい。アリエスの額には冷や汗が流れた。
(ジュリー、こういうときは察しが悪くてもいいのに・・・。貴族と二人きりにさせられるなんて、もしかして気づかれた??)
アリエスは心臓のバクバクという音が耳まで聞こえた。気をとりなおし、笑顔を作り、大きく息を吸ってから話し始めた。
「さてー、先程の話ですが・・・」
「お久しぶりですね、アリエス譲。投資者会議のとき以来ですかねー?」
カーティスの表情は変わった。先程の甘い笑顔はとうに消えていた。真顔でアリエスをじっと見ていた。
(バレてる? というか、怒っている? 投資者会議以来ってことはもしや・・・)
だんだんと、カーティスが何者なのか分かってきた気がした。あの時点で何となく察しがついているようだった、ジュリーの観察力には感心する。
「失礼ですが、人違いじゃないですかね?」
アリエスはわざとらしく目をそらした。カーティスはアリエスの頭の上に手を伸ばした。
「ちょっ・・・」
アリエスが顔を隠すためにかぶっていたかつらを取った。アリエスのクリーム色の髪が姿を現す。
「何が目的ですか?」
アリエスは不満げに眉を寄せた。それを面白そうにカーティスは薄ら笑みを浮かべて、こう答えた。
「元貴族の貴女がこんな商売している理由は恐らく軍資金集めでしょう? でしたら、ただ単純にそれに協力しましょうという提案ですよ。」
カーティスは再び甘い笑みを浮かべながら言った。どこまでも自分のことを見透かされているようで怖かった。
「私が追放された身でありながら、このような商売をしていたことを他の人たちに広めるためですか?」
怒り口調でアリエスは言った。勝手に人の変装を解くとは、どういう神経をしているのかと疑いたくなった。そんなアリエスとはよそにカーティスはくすくすと笑っていた。
「そんなつもりはありませんよ。アリエス嬢。それより、俺と取引しませんか?」
「取引なら、いましているところですが?」
「その取引ではありません。もっと、貴女と俺に有益な取引ですよ。」
(相手の意図が全く分からないけど・・・)
アリエスは椅子に座り直した。そして、相手の顔をしっかりと見ながら言った。
「いいでしょう。その取引の話、是非聞かせていただきましょう。」
開けていた窓から、風が強く吹き込んできた。




