第十六話 さらなる一歩
第十六話 さらなる一歩
孤児院出張から帰ってきて一週間アリエスはフレドリックのことを考えながら、ボーとしていた。
(この世界には魔法とか存在するの? ゲームの中ではそんな予兆はなかったけど・・・)
「つまり、あれか、Cコースにはそういう設定があるんだなぁ・・・きっと・・・。」
ブツブツと独り言を言いながら、貴族のための服作りについての勉強をしていた。今回の一件で、爵位奪還にはやはり、貴族の情報が欠かせないと思ったアリエスは少し前から、色々勉強していた。
(やっぱり、貴族用の服の生地はシルクか? それとも・・・)
「・・・様、アリエス様!」
びっくりして後ろを振り向くと。デュランがいた。
「びっくりしたー。どうしたの? 店の方人手が足りない? 手伝いに行かなきゃね。」
ガタンと椅子を引いたら、机の上に置いてあった、紙まで下に落ちた。
「あー」
デュランはアリエスが紙を拾うのを手伝った。拾い終わると、デュランは言った。
「今日は上の空ですね。店の方は大丈夫ですよ。」
色々と見透かされているので、アリエスは苦笑いをしてごまかした。
「それじゃあ、何の用件?」
「新しい従業員の件で、今、外に候補者がいるのですが、こちらにお通ししてもいいですか?」
「ああ、すっかり忘れてた・・・。どうぞ、通して。」
貴族のことで、頭いっぱいになっていた、アリエスは大事なことをすっかり忘れていた。デュランに再び心配されたが、適当にごまかしておいた。
デュランは候補者を二人連れてきた。ジュリーも候補者の後ろから、工房の中に入ってきた。
「アリエス様、覚えているとは思いますが、クレヴィル家の元使用人の裁縫の心得があるリアンナさんと財政関係に長けているヒュージさんです。」
リアンナは二十代後半の黒髪の長い物静かな女性。ヒュージはクレヴィル家でも、キャリアが長めの四十代中半の男性だ。
「リアンナさんにヒュージさん! 久しぶりですね。なんかこうして元使用人が集まると、クレヴィル家が再構したみたいですね。」
リアンナとヒュージは気まずそうな顔をした。ジュリーの隣にいたデュランが拳をおろした。ジュリーは失礼なことを言ったが、貴族ではない今、アリエスはそこについてとがめる必要はないので、何も言わなかった。思ったことをすぐ口にしてしまうジュリーはジュリーらしくて好きである。
リアンナとヒュージは改めて挨拶してきた。
「お久しぶりです。アリエス様。」
二人は声をそろえていった。アリエスも過去の記憶を辿ってから、笑顔で「久しぶり」と言ってから目の前の椅子に座らせた。
「会えて嬉しいです。二人とも。では、私から、あなた方にやってもらいたい業務内容についてまとめてみました。」
アリエスはKAEDEのこれからの経営方針をまとめた紙を机の上に広げた。四人の元使用人達は今後の計画書を見た。
「貴族支店を新たに作るのですか? 初耳です。」
ジュリーが目を丸くしてこちらを見てきた。
「貴族支店の許可についてはあらかじめ、シリルさんに確認してあるから心配しないで、大丈夫だよ。」
「ですがアリエス様、これを見る限り貴族支店と言っても、名目上の事業で、店は構えないと言う解釈で合っていますか?」
ヒュージが聞いてきた。財務関係に詳しいヒュージはそこに一番、目がいくとは思っていた。アリエスは大きく息を吸って話し始めた。
「一言で言うとね、建物を建設する資金がないんだ。いや、ないことはないんだけどね・・・。」
一同唖然。この店は意外と儲かっているように見えて、建設資金がないことに驚いたのか、或いは建物なしで事業を開始しようとしているアリエスに幻滅しているのかは表情からは読み取れない。
「つまり、この計画書に書いてあるように、依頼を受けて、訪問販売で貴族へ服を売るということですか?」
察しが良いリアンナが聞いた。
「そういうこと。服単体の代金は他より安めに設定して、出張費も全部商品の代金に上乗せします。
事業成功の見込みがありそうで、建設資金が用意できれば、支店は建てたいとは思っていますが・・・。」
失敗する可能性が高い事業にいきなり大金をかけるのには抵抗があった。この店は庶民の服屋であり、貴族が好んで庶民の服を主に生産しているところから買おうと思うかも微妙なところだ。
貴族はプライドが高そうなので、もしかしたら高級店からしか服を買わないかもしれない。
「なるほど。そうすれば、仮に事業が失敗したとしても、低リスクで済みそうですね。」
ヒュージの不安そうな顔が一気に晴れた。他のみんなも納得してくれたようだ。アリエスはとりあえず、納得してくれたことにホッとした。
「で、業務内容ですが、支店が建設することができるようになるまでは皆さんには、この店で働いてもらいます。
もしも、貴族事業が成功して、支店を建設できることになったならば、この庶民支店の財政管理をヒュージさんに任せたいです。
貴族支店の方ではリアンナさんに服関係の専門的なことを任せたいと思っています。ジュリーの家族達は庶民支店で、ジュリーとデュランには貴族支店の方を手伝ってもらいたいと思ってます。まあ、実現できればの話しだけど・・・。」
アリエスは苦笑しながら話した。正直この事業は賭けに近いので、不安ではある。
それに、顧客を貴族へ拡大した理由は貴族のことについてもっと情報を仕入れたいというのもかなり大きい。その心に秘めた野望は口にはしていない。
「何でそんなに暗い顔しているのですか? きっとうまくいきますよ。一緒に頑張りましょう。」
デュランが諭すように言ってくれた。そして、ジュリーやリアンナやヒュージも頑張りましょうと言ってくれた。
アリエスは今の自分があるのは自分を支えてくれる人がいるからであると、改めて思い知らされた。胸の奥底がジーンと熱くなった。
『いつかきっと、あなたを信じて、助けてくれる人がいますよ。そのときは・・・』
ふと、脳裏に前世の先生が言った言葉が浮かんだ。
(『そのときは、あなたも、差し伸べてくれたその手をとりなさい。』だったよね。)
アリエスは改めて、元使用人達を見回してから、深々と頭を下げてから顔を上げて、笑みを浮かべた。
「ありがとう。こんな私だけど、これからもよろしくお願いします。」
アリエスは皆に向かって深々と頭を下げた。
「はい!」
こうして、アリエスは新しい仲間達を迎えて、一歩を踏み出すことになった。窓の外から入る西日はいつもよりまぶしかった。
これにて第一章完結です。
全話掲載後に一部カットしたパッチワークと編み物の話を加える予定です。
次章からはアリエスは貴族と少しずつ関わっていくことになります。
そして、隠されていた事実が徐々に明らかになり、怪しい人物も出てきます。次章もよろしくお願いします。




