第十五話 孤児院出張
十五話 孤児院出張
服は予定通り、注文してから二週間後に店に届けられた。アリエス達は箱の中に入っている品を確認した。アリエスには色とりどりの服が宝石のように美しく見えた。
「さすがねえー。出来映えはかなりいいんじゃないかしら。」
センリーは服を見ながら口々に言う。
「お母さん、それはお嬢様のいい図案と専属工房の品定めが良かったからよ。まあ、この工房を選択肢に入れたのはわたしだけど!」
ジュリーは自慢げにドヤ顔をする。
「ありがとうね。ジュリー。これで、大量発注にもある程度対応できるようになったよ。まあ、お金はかかるけど・・・。」
(専属工房の契約費で結構お金使っちゃたけど。後は利益を出すしかないね。)
「アリエス様、孤児院にお届けに行くのは明日ですか?」
デュランが聞いてきた。
「そのつもりだよ。先方に連絡しておいてもらえるかな?」
「了解です。」
アリエス達は服を検品した後、再び、箱に服を戻した。
「明日のことだけど、手伝いにジュリーとデュランを連れて行きたいのですけど、センリーさん達に店番任せてもいいですか?」
「もちろんです!」
センリーは気前よく返事をした。
アリエスは奥の工房で、店の商品の注文票を書いていた。
(そういえば、最近店が忙しくて、事件のこと全然調べられていなかったなー)
アリエスは棚にある出納帳を取り出して、ペラペラと眺めた。
(事件の手がかりをつかむためにはやはり貴族との交流は必須。となるとー、この店の客層を貴族へと拡大しなくてはいけない・・・)
ページをめくる手が止まった。この店の客層を広げるためには多額の投資金が必要となるのだ。貴族支店の店を新たに建設し、商品開発などとお金がかかる。
(店の立て直しは単なる通過点・・・。クレヴィル家を救うことが私自身も救うことにもなる。)
島に残してきた家族や事件のことを考えた。ますます頭が混乱してきた。アリエスは頭をかきむしった。
「ああーもう! どうすることが正解なのか分からないよ、先生。」
前世を思い出して、ふと、脳裏に恩師の姿が浮かんだ。
* * *
孤児院へ品物を届けに行く日がやってきた。配達業者に頼んでもよかったが、先方が商品の出来映えを見て、今後の取引の話しもしたいというので、こちらから向かうことになっている。
何とかして、孤児院との取引を成立させたいところではある。
アリエス達三人は朝早く店を出て、孤児院へと乗合馬車で向かった。朝早かったので、乗合馬車を使う人はほとんどいなかった。
孤児院はこの街から南へほぼまっすぐ進んだところにある。
孤児院には午前中にたどり着いた。孤児院の子どもたちは外に出て元気に走り回っている。門の前に職員の女性二人が立っていて、出迎えてくれた。
「遠路はるばるありがとうございます。さあ、中にお入りください。」
注文品が入った、大きな箱を三人がかりで孤児院の中まで運び込んだ。孤児院の子どもたちは大きな荷物が気になるようで、コチラをチラチラと見ている。
院長室に通され、三人は椅子に腰掛けた。アリエスは出されたお茶を飲みながら、一息ついていた。
「お待たせしました。注文した服の方を確認させていただけますか?」
院長らしき優しそうな顔つきの四十代後半ぐらいの男性が部屋に入ってきてそう言った。
「もちろんでございます。」
アリエスは箱を開けた。院長と先ほど案内してくれた女性職員二人が中身を確認した。アリエス達は固唾をのんで成り行きを見守った。
「実にすばらしい。貴店に注文して正解でしたよ。」
院長は服の代金に少し色を付けて払ってくれた。アリエスは心の中でガッツポーズをした。ジュリーとデュランも嬉しそうだ。
「君たち、これを子どもたちの所へ持って行ってくれ。」
院長はドアのそばに立っていた職員二人に命令した。
「ジュリー、デュラン荷物を運ぶのを手伝って差し上げて。」
とアリエスが二人に言うと職員達とともに箱を持って、出て行った。
「さて、今後についての話をしましょう。」
二人きりになった部屋の中で院長がそう言った。商談の始まりである。
* * *
院長との商談はテンポ良く進んだ。今後、服を注文するときはKAEDEに注文すると言ってもらえた。
「それではこちらの契約書に・・・」
とアリエスが言いかけたところだった。ドアをノックして、勢いよく職員が入ってきた。
「院長、大変です!サザランド様がいらっしゃいました。今、馬車の中でお待ちしていただいているのですが。」
「なぜだ、今日は訪問してくる予定の日ではないのではないか?」
(様・・・?)
「そのことですが、急遽融資のことでお話ししたいことがあると。」
院長も職員も脂汗をかいているようだった。アリエスもヒヤッとした。
「お貴族さまですか?」
アリエスは恐る恐る聞いた。もし、そうなら、顔を合わせる前に一刻も早くここをでなければならない。
「そうです。伯爵家の令息の筆頭側仕えである、サザランド男爵家三男のフレドリック様です。」
(伯爵家の側仕え・・・。つまり、貴族社会で、何度か顔を合わせたことがある可能性も・・・)
「ですので、契約の途中申し訳ありませんが、別の場所でお待ちいただいても・・・」
院長が最後まで言い切る前にアリエスは本能的に言葉を遮った。
「契約の件はまた今度で大丈夫ですので、こちらで書く書類の方は今、書いておきます。足りずは、郵送でも大丈夫ですので。それが終わりましたら、本日はこれにて失礼します。」
院長はわかりましたと言うと、貴族の対応をしに、急いで、部屋を退出した。アリエスも机の上に置いてあった、書類に書かなければいけないものを急いで書いた。
(こんなところで、貴族と鉢合わせするわけにはいかない!)
書類を書き終わると、荷物をまとめてからアリエスは風のように部屋を飛び出していった。
大広間には誰もいなかったので、庭へと向かった。門の前にはいかにも貴族の所有しているっぽい馬車を見かけた。
しかし、今はそんなところに関心を寄せている場合ではない。鉢合わせする前に従者を連れてこの場を去りたい。一瞬、従者を置いて一人で逃げようと思ったことは黙っておこう。
アリエスは首を左右にふって、従者を探した。庭の奥に森への入り口があって、そこから少し入った所に人だかりができていた。そこに、ジュリーとデュランもいた。
(あんなところに・・・)
アリエスは走って、人だかりがあるところに向かった。
「ジュリー、デュラン早く帰・・・」
群衆の視線の先にあったのは首つり自殺を図った後であろう人の骨だった。木からつるしたロープにかかっており、骨は全て、地面に落下していた。骨の中には、何か紋章が入っている金属のペンダントも見られた。
(これは・・・?)
孤児達の中には泣き出す者や腰を抜かしている者もいた。ジュリーとデュランは黙って、その骨を見つめていた。
「かくれんぼしようって森に入ったら・・・こんなところに。」
孤児の一人が青ざめた顔つきで話した。
アリエスは一瞬気分が悪くなったが、じっと再び骨を見つめた。いくつか気になる点があった。まず一つ、なぜこんなところで自殺を図ったのか、人に見つかりやすい場所で自殺する理由は何なのか。
二つ目、なぜ骨と金属のペンダントだけなのか。普通、死んだらすぐに骨になるはずがない。肉体から腐っていくはずだ。
完全な骨になるにはどのくらいの時間が必要なのだろうか。少なくとも、二、三日後の死体のはずがない。
それから、服がない。金属のペンダントだけはあるので、ペンダントをつけたまま裸で自殺したのだろうか。この骨の主はそんなことする変人だったのだろうか。
(いや、裸で自殺とはどんな性癖だよ・・・。)
アリエスは大きく息を吐いてから話し始めた。
「これ、偽物じゃないですか?」
絶対に偽物である確証はなかったが、気になる点が多かった。もし、偽物ならば、偽造した人は頭があまりよろしくない。もしくは、焦っていて細かいことを気にするどころではなかったか。
「私もそう思いますよ。貴女は魔族か何かですか?」
群衆をかきわけアリエスの前にやってきたのは、いかにも高そうな服を着た紺色の髪を持った、青年だった。しかし、初めて会った気がしなかった。
(もしかして、この人が、伯爵家の側仕え、フレドリック・サザランド・・・?)
アリエスの額には冷や汗が流れた。その冷や汗が妙に気持ち悪く感じた。
「魔族? 何のことでしょう?」
しらばっくれたわけではなく、本当に言っていることが分からなかった。『アリエス』の記憶を辿ると、確かに魔族という単語は存在するが、具体的なことはわからなかった。もしかしたら、この『ゲーム』の裏設定かもしれない。
「そのことはまたいずれ、ゆっくり話しましょう。さて、職員方? 子どもたちを連れて少し席を外していただけませんか?」
職員はうわずった返事をしながら、子どもたちを連れて、森を出て行った。ジュリーとデュランは黙って、ことの成り行きを見守っている。
フレドリックは鞄から透明な板のようなものを骨にかざした。すると、その透明な板は赤く光った。
「やはり、薄々魔力を感じたのは気のせいではなかったようですね。この骨は魔法によって生成されたものですね。この骨はとても精巧に作られているので、そうとうなやり手がやったのかと。この骨はこちらの方でどうにかしますので。」
再びブツブツと詠唱し始めた。骨は砂のように粉々になって空に消えた。
(魔法? そしてこの人は何者? ファンタジックすぎて、話についていけない。)
「あの、これが作り物の骨だったとしたら、誰がなんのために?」
アリエスは聞きたいことを思い切って聞いた。
「知らなくていいことを知って、それを知ったことにより、誰かに追われているとかですかね。それで、死んだことにしてどこかに逃亡したとか?
それに、このペンダントはエイムズ商会の印が刻まれていますね。最近、そこの役員の誰かが行方不明になったっていうニュースもありましたし、恐らくその人のものでしょうね。」
フレドリックはそのペンダントを持って、じっと見ていた。曖昧ないい口調だったが、真実を話しているかのように聞こえた。
「例えばの話しですよ。これは単なる私の憶測です。」
アリエスが血の気の引いたような顔をしていたので、フレドリックは言葉を付け加えて、ペンダントをもとあった場所に戻した。
「それより貴女は魔族ではないのに、どうして、偽装死体だと分かったのですか?」
「この死体は色々矛盾点が多いと思いませんか? 貴方もそう思いますよね?」
アリエスは一から説明するのも面倒くさかったので、適当に濁しておいた。フレドリックは先ほどからの固い表情崩してふっと笑った。
「確かに、その通りですね。偽装した人の魔法の腕は確かですが、少々頭が足りなかったようですね。それでは、私はこのあと院長と話をしないといけないので、これにて失礼します。」
フレドリックは軽くお辞儀をして、背を向けて去って行った。アリエス達はただ呆然とその場に立ち尽くしていた。
「あの人は何者だったのでしょうか?」
ジュリーがぼそっとつぶやいた。その声は風で飛ばされてしまいそうなくらい細い声だった。
「さあ? だけど普通の貴族ではなさそうだね。」
アリエスはフレドリックの顔を思い出してふと思ったのだった。初めて会った気がしないと感じたその人は貴族Kの隣にいた従者の面影によく似ていた。




