第十四話 専属工房
十四話 専属工房
あの投資者総会の後から半年ほど経った。その間、物価高騰して、売り上げが下がったため、パッチワークを使った服の修理事業を行ったり、冬には編み物を布教するため、編み物教室を行ったりしていた。
「アリエス様、孤児院から依頼が来ました。」
アリエスは連日の過労で、今朝買った新聞を読みながらうとうとしていた。デュランに声をかけられてはっとする。いつの間にか太陽の位置は高くなっていた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。ただ、太陽の光が暖かくて、眠くなってしまっただけよ。それより、依頼って何?」
デュランは持っていた手紙を開けて、アリエスに渡した。アリエスは手紙を読んだ。要約すると次のようなことが書いてあった。
孤児院の服が足りないから、安価で丈夫な服を五十着ほど買わせていただきたい。
アリエスは五十と聞いて目が回りそうになった。自社だけで、短期間に五十着作るのは難しい。この依頼を受ければ、店の経営が滞ってしまう。
(こんな儲かりそうな仕事を断るわけにはいかない。どうしたものか。)
アリエスは頭を悩ませた。
「アリエス様、一つ提案なんですけど、従業員を増やすか専属工房を持つのがよろしいかと・・・」
「なるほど・・・それもいいかもね。」
アリエスは金庫から、店の出納帳を取り出し、計算し始めた。
(ふむふむ・・・)
計算を終えると、アリエスは一つの結論にたどり着いた。資金にはまだ少し余裕がありそうだった。
「これを基に専属工房を探しましょう。そして、新たに従業員を二人ほど雇いましょう。デュラン、裁縫や経営に詳しい人を探してくれる?」
デュランはわかりましたと返事をして、部屋を出て行った。
「ジュリー!」
アリエスは工房の入口から顔を出してジュリーを呼ぶために大声を出した。すると、すぐに廊下から、バタバタと誰かが走る音がした。
「お呼びでしょうか? お嬢様!」
少し息を切らせているジュリーは息を整えてから、アリエスに向き直った。アリエスはデュランと話したことを全て話した。
「それで・・・ジュリーにはうちの商品を作ってくれる専属工房を探してほしいの! 予算はこのくらいでお願いできる?」
アリエスは先ほど、計算した紙をジュリーに渡した。
「分かりました。工房にはいくつか心当たりがあるので、一つずつあたっていきます!」
ジュリーが予算の紙を確認して、部屋を出て行った後、アリエスは机に向かって、孤児院からの手紙に返事をした。
承ります。これから、製作に取りかかるので、少しの間お待ちください。
アリエスは子供用の服のデザインや図案を描き始める準備を始めることにした。
* * *
数日後、ジュリーが専属工房の候補をいくつか見つけてきた。アリエスはジュリーが作ったリストを見比べながら、どこの工房と契約を結ぶか考えていた。
(できるだけ質がよく、依頼通りに商品を作ってくれるところは・・・)
工房の一覧のリストを見て、一つだけピンとくるところを見つけた。
「ジュリー、この工房がいいと思うんだけどどう思う?」
アリエスはリストに指を差しながら、ジュリーに聞いた。ジュリーはリストを上からのぞき込みながら、その店の概要を読んだ。
「私も薄々ここがいいのではと感じていました。距離的にも日帰りで行けますしね。早速アポを取りましょう。」
とアリエスジュリーはアポを取るために、工房に手紙を書いた。数日後、工房の方から、返事がきた。是非お話を聞きたいとのことだった。
アリエス達は工房に出張の日、慌ただしく準備をしていた。アリエスはいつも通り、黒髪の鬘をかぶり、顔の半分を髪で隠した。店を出る前に荷物を運んでいたデュランに、アリエスは声をかけた。
「従業員の件はどうなってる? まあ、あなたが選ぶ相手なら大丈夫だとは思うけど・・・。」
「順調です。近々、採用候補者が来ることになっているのですが・・・」
「デュランは仕事が早いね。了解! じゃあ、引き続きよろしくね。」
デュランは荷物を運びながら、はーいと返事をして、店の奥へと入っていった。
その後、店番をしているセンリーが手を振って、見送ってくれた。店には開店してから、五人ほどの客が来て、商品を見ている。本当にありがたいことだった。アリエス達はセンリー達に店番を任せて、店を出発した。
乗合馬車に乗り、街の外れにある小さな工房へと向かった。
「お嬢様、なぜ、私が探した中で最も小規模な工房を選んだのですか?」
ジュリーは工房のリストの二番目を指さして言った。
「確かに、大手の工房は値段が比較的安価で、大量生産がしやすい。安いものを求めるのも大事だと思うけど・・・」
通りすがった農地は種植えで人がたくさんいる。そういえば、家族達はクズ領主に税金を搾取されているのではないかとふと不安になった。
「でも、安い服なら古着屋で買えばいい。私が求めているのは・・・」
春の日差しがアリエス達を照らす。農夫達の声は次第に遠くなっていった。
「庶民が買える質が良くて、今までにない、新しいデザインのきれいな服。依頼を忠実に丁寧にこなしてくれるのはそういった小さい工房だから。大きい所より、お金が多少かかってもそこは大切にしたいと思ってる。」
『衣服に携わる仕事がしたい』と自分の意志をあまり主張しない前世の楓が初めて思って、必死に頑張った。しかし、道半ばでそれはかなわなかった。
だが、転生した今、もう一度その夢を追いかけてみても良いんじゃないかと思った。今、こうして、服作りに携われることを嬉しく思っていた。
「そういうのいいと思います。私は。こういう譲れない思いみたいなものは好きです。」
ジュリーの笑った顔はとても温かみを感じた。
昼過ぎには工房に着いた。工房に着くと、年寄り夫婦が出迎えてくれた。アリエス達は案内されるまま、中に入った。工房内はこぢんまりとしていて、従業員も数十人といったところだった。
「あなたが、経営を取り仕切っているマネージャーさん? ずいぶんとお若いのねー」
「KAEDEのマネージャーのアメリアです。よろしくお願いします。」
アリエスは礼をした。隣にいた、ジュリーも同様に礼をした。
「こちらこそよろしくお願いします。」
老婆も礼をして、客人用の座席へと案内した。アリエスとジュリーの目の前には、老婆とその夫らしき人も隣に座った。
「本日は専属工房の契約をしたく、伺いました。これが、ここで作っていただきたい、服の図案でございます。」
アリエスは資料を広げ、順々に説明していった。従業員達はチラチラとアリエス達の様子をうかがっている。
「以上になります。当店は布屋とは専属契約を結んでおりますので、布はこちらから発注いたします。お引き受けしていただけますでしょうか。」
老婆はアリエスをじっと見ている。老爺は資料に再び目を通している。
「貴女、貴族でしょう?」
老婆がいきなりそんなことを言った。アリエスは一瞬ビクッとしてから、冷静に受け答えした。
「とんでもありません。わたくしは単なる商家の娘ですので。」
「・・・アリエス様でしょう? 久しぶりですね。」
アリエスには全く見覚えのなかった顔だったので、ぽかんとしてしまった。恐らく、『アリエス』時代の知り合いだと思ったので、記憶を辿った。すると、徐々にその老婆のことが思い出された。
「やっぱり、ソフィーラさんだったんですね。そうかなとは思っていたのですが。お久しぶりです。」
ジュリーが納得したように言った。『アリエス』の記憶を辿ると、ソフィーラは没落前に、母エルファの裁縫師だったことがわかった。裁縫師は、服の微調整をしたり、貴族に裁縫を教えたりする仕事である。
「ご無事でしたのね。あえて嬉しいわ。アリエス様、ジュリー。」
ソフィーラは二人を順にハグをした。アリエスはソフィーラが髪と髪色を変えていたにもかかわらず、アリエスだと気づいたことに少々驚いていた。
「ソフィーラさん、あのこのことは・・・」
「分かっているわよ。ここにいる人たちにもちゃんと釘を刺しておくわよ。それより、どうして、こんなところに?」
アリエスはここまでの経緯を簡単に話した。夫婦は真剣に話しを聞いてくれた。
「なるほど・・・。アリエス様のためなら、是非とも力を貸したいです。」
優しそうな笑顔で、ソフィーラがアリエスの手を握る。
「妻が昔お世話になったお貴族様には恩返ししないとですな。」
とソフィーラの夫のレイフ。
こうして、アリエス達は無事に専属契約を結ぶことができた。アリエスは孤児院からの依頼の服を注文した。完成は二週間後になるそうだ。
帰り際、馬車の停留所まで、夫婦が見送りをしてくれた。
「アリエス様、何かあったら、言ってください。できることなら何でもするので。」
「本日は弊店を指名してくださり、ありがとうございました。」
ソフィーラとレイフの二人にお礼を言って、乗合馬車に乗り込んだ。
(『アリエス』はたくさんの人に大切にされていたんだなあ。)
店に着く頃には夕日はとうに沈み、月が煌々と輝いていた。