おまけ② 編み物教室
話のテンポが悪くなりそうだったので、カットしていた部分です。
おまけ② 編み物教室
あれから無事に年が明けて、新年になった。寒さが厳しくなり、度々雪も降るようになった。今日は定休日だが、店の中では暖炉に火ををつけている。しかし寒い。ガタガタと震えながら、KAEDEの従業員達はアトリエに集まった。
「私、新しいことをやろうと思うのですが・・・」
寒くて死にそうな目をしていたみんなの目の色が変わった。
「それはズバリなんでしょう?」
ジュリーは他の人たちより目を輝かせて、こちらを見てくる。
「この店で、編み物教室を開こうと思って!」
一同ぽかんと口を開けた。アリエスの唐突な提案に、思考が追いついていないようだ。
アリエスは口で説明するより、実物を見せた方が早いと思ったので、早いところ作業しているところを見せようと思った。
「じゃあ今からその編み物をするから見てて。」
アリエスはポケットから木の棒から自分で作った、二本の長い棒を取り出すと、最近仕入れてきた毛糸を出した。
棒に毛糸を巻き付けてから、メリヤス編みを始めた。みるみるうちに段ができあがってくる。
「アリエス様、何を作ろうとしているのですか?」
デュランが興味津々にアリエスの手元を覗きながら、聞いてきた。
「マフラーという、首に巻いて暖かくするものだよ。見たことあるでしょう?」
みんなは見たことあるかもみたいな顔をしながら、小さくうなずいた。
「でも、編み方を知っている人って意外と少ないと思うんだよね。だから、編み物教室を開いて、布教したいなと思って! それに、イベントみたいで楽しいでしょう?」
「そうですね! いいと思います! 早速やり方を教えてください!」
ジュリーはアリエスに詰め寄った。アリエスは棒と毛糸をそれぞれに渡し、やり方を教えた。女性陣の覚えは早かったが、男性陣はなかなか覚えることができない。約一時間ほど作業をしたところで、
「なかなか進まない・・・。後、百段以上もある・・・」
シリルが愚痴をこぼし始めた。
「ダメね。あなた。服作りをあまりしないからこうなるのよ。」
対するセンリーは結構速いスピードで進んでいる。
「お嬢様、これは日が暮れますね・・・」
ジュリーは作業に飽きたのか、手が中々進まない。少し編んではボーッと編み終えたところを眺めていた。
「日は暮れるよ。それが編み物だからね。」
アリエスが真顔でそう言うと、ジュリーの顔は蒼白になった。
「それはそうより、皆さん、編み物教室については、どう思いますか? 儲かると思いますか?」
アリエスは鬱屈した空気を仕切り直してみんなに向けて尋ねた。
「いいですねそれ、イベントみたいで大衆も喜ぶと思います。」
「お嬢様、これはこの店を知ってもらえるチャンスです。投資者を増やしましょう。」
デュランもジュリーも肯定してくれた。シリルやセンリーも大きく頷いた。ジュリーの下の子達も楽しそうと言ってくれた。
「じゃあ、他の編み方も教えないとね。」
アリエスは様々な編み方を教え、帽子やセーターなどの作り方も伝授したが、なかなか思うようにはいかない。
(初めてやるときはこんなもんだったよなあ。)
アリエスは西尾楓だった時代のことを思い出していた。小学生のとき誰もいない家で、図書館で借りた本を見ながら、ひたすら編み物をしていた。寂しく一人で長時間暇つぶしにやっていた。
(でも今はこうして誰かと一緒に編み物をすることができる。あのときの寂しさが嘘のようだ。)
アリエスは涙がこぼれそうだったので、周りに気づかれないように上を向いた。周りの笑い声が心にしみる。
(没落しても前世よりはずっといい・・・)
* * *
編み物教室を開くと決めた日から、みんな仕事の合間に練習してくれたので、大分上達した。そして今日が記念すべき第一回目の編み物教室を開く日である。
何日か前から店の前に宣伝ポスターを貼り、店を訪れた客に宣伝したおかげなのか、参加希望者がたくさん集まった。
参加者は親子や女性などが特に多かった。参加費は材料費抜きで、大人ひとり、銅貨十二枚。円に換算すると、約千二百円程度だ。ちなみに子どもはその半額だ。
アリエス達は参加者から参加費と材料費を徴収し、奥のアトリエへと案内した。思っていたより参加者が多く、参加者は少し狭そうにしていた。
「お嬢様、すごいですよ。こんなにたくさんの人が来るなんて!」
ジュリーが満面の笑みを浮かべながら耳打ちしてきた。多分、ジュリーはもうけのことを考えているのだろう。
ジュリーはお金やもうけ話が大好きな単純な人間だ。お金が増えるといつも嬉しそうにしている。
まあ、普通の人間で、お金の嫌いな人もいないだろう。実際、アリエスも、常に頭の中の半分は店の経営と金で埋まっている。
参加者でざわつく中アリエスは話し始めた。アトリエ内は次第に静かになっていった。
「これから、第一回編み物教室を始めます。今から今日の流れを説明します・・・」
アリエスは流れを説明し、編み方を説明した。 ジュリーとセンリーとデュランは参加者を見て回りながら、手順などで質問されたところを丁寧に答えていく。シリルとジュリーの弟妹は店番をしているのでこの場にはいない。
編み物教室は約一時間半で、終わった。また参加したいと言ってくれた人や満足そうに帰っていく人がたくさんいたので、アリエスはこのイベントにやりがいを感じていた。
「お疲れ様です。アリエス様。大盛況でしたね。」
客を見送ったデュランが話しかけてきた。
「そうだね。またやりたいね。」
アリエスは笑顔でデュランに返事をした。
「アリエス様・・・大分変わりましたね。何というか以前より表情が豊かになったというか・・・」
デュランは少しためらったように言った。すると、横から、ジュリーが入ってきてアリエスの手を握ってから言った。
「お嬢様は変わりました。以前は目立つことはやりたがらなかったのに、自分からこれをやりたいなんて! 私は嬉しいです!
私は、以前のお嬢様も今のお嬢様も好きです! 特に今は輝いているようにも感じます!」
アリエスにはなぜ自分が以前より生き生きしているのかが分かっていた。没落前のアリエスの記憶は大分薄いので、よく分からない。
(でも。それはきっと・・・)
「いい仲間に囲まれて、自分のしたいことができているから。長年の願いが叶ったから。だから、こうしていられるんだよ! きっと!」
「お嬢様―! 私、一生ついて行きます!」
「アリエス様に仕えることができることを嬉しく思います!」
ジュリーとデュランが笑顔でそう言った。ずっとこんな風に誰かと笑いながら同じ時間を共有することを前世から望んでいた。それが今かなったような気がした。
「二人ともありがとう。これからもよろしくね!」
アリエスは再び笑顔をむけた。白黒だった目の前の世界が徐々に鮮やかな色に染まっていくように感じた。