第十三話 投資者総会
十三話 投資者総会
季節は冬になり、年末に近づいていった。店は慌ただしく、大掃除やら、売り上げの集計などで、皆バタバタしていた。アリエスは近々開かれる年末の投資者総会の準備をしていた。
(Kと名乗った人とまた会えるかな。)
仕事と関係ないことを考えながら、ボーッとしていた。
(Kは私が知り得ない情報をたくさん持ってそうだから、会ったら、色々聞いてみよう。)
「アリエス様、考え事ですか?」
デュランに指摘されて、アリエスは再び作業を進めはじめた。今年の売り上げは何とか赤字から抜け出せたので、アリエスは胸をなで下ろした。だが、売り上げとしては、もう少し伸ばしたいところではある。
思えばこの一年、ジュリーの店の立て直しには成功したと言えるが、貴族の没落についてはあまり手がかりが得られなかった。また、クレヴィル家を陥れた犯人の手がかりもつかめず。
(こんなんで、冤罪を晴らすなんてできるのだろうか。)
アリエスの表情はくもりがかった。
* * *
年末の総会が開かれる日になった。こちら側で総会に参加するのはシリルとセンリーだ。ジュリー達は奥の部屋で待機している。アリエスは一応総会を取り仕切るため、身バレしないようにいつもと同様にかつらをかぶった。
この店の出資者全員を総会に招くことはできないため、投資金額上位十名の投資者が総会に招待された。投資者のほとんどは近くで店を出している商人である。集まった投資者達の中にKと名乗る男も出席していた。
Kは黒の長い髪で、前髪が完全に目に隠れていて、顔はよくわからない。貴族であることが周りの投資者にばれないためなのか、庶民と変わらぬ質素な服を着ていて、従者らしき人はこの場にはいなかった。
他の投資者達は基本、商店街に店を出しているような一般市民だった。投資者達が全員着席したところで、投資者たちとの年末の総会が始まった。
「これから投資者総会を開催いたします。この会を取り締まらせていただきますのはこの店のマネージャーである、アメリアです。よろしくお願いします。」
アリエスがそう言ってから礼をした。続いてシリルとセンリーも礼をした。
投資者総会は着々と進んでいった。決算報告、配当金、今年の活動報告、これからの経営方針について。そして、すべてが投資者達の同意の上で、投資者総会は幕を閉じた。
投資者総会が終わった後、アリエスは地元の投資者達に話しかけられていた。
「この店は、他の店とは違う変わったことをしているから、何かが変わる気がしてならないよ。」
「アメリアさん、若そうなのに、頑張るねえ。」
「これからもこの店に期待しているよ。」
など様々。この店を潰したら、投資者が不利益を被ることになるので、期待と言う名の重圧に押しつぶされそうになりながら、アリエスは愛想笑いしていた。その横目で、Kを見ていた。
(この機会に話を聞かないと・・・!)
Kはどんどん遠ざかっていった。大事な投資者を無理矢理振り切る訳にもいかず、投資者達の話を聞いていた。
「はいはいはいー。アメリアさんはこの後も仕事が詰まっているので、話なら、私が聞きますよー。」
社交的なジュリーが間に入ってきて投資者達にそう言い、話の渦の中心に立った。すると、ジュリーは輪から外れたアリエスに耳打ちした。
「早く行ってください。ここは私に任せてください。」
(ジュリー・・・)
珍しく空気が読めるジュリーにアリエスは感動しながらも、投資者達に失礼しますといって、Kを走って追いかけた。
Kは少し先の馬車乗り場の方へ向かっている途中で、馬車乗り場のところで、従者と落ち合ったようだ。やはり、馬車には図書館に行ったときに見た剣がメインの家紋があった。
アリエスは大きく息を吸って、先行くKを引き止めた。
「あの! 待ってください!」
Kと従者は立ち止まって、アリエスの方を向いた。アリエスは小走りで、K達の元へ行った。
「あの、貴方はどうして、私や店のことを知っているのですか? どうして庶民の店に多額の投資をしたのですか? それから・・・」
Kが手のひらをアリエスに向けた。ストップの合図だ。アリエスは聞きたいことがありすぎて、質問攻めになってしまったことを言ってから反省した。
「貴女が元貴族で、遠島処分になったにもかかわらず、こんなところで商売をしているからです。そうですね・・・。ただの興味本位ですよ。それ以外に理由は特にありません。」
アリエスは立ち尽くしてしまった。長い前髪で目が隠れているKの表情は読み取れない。
(それだけで、普通貴族が庶民の店に投資なんてする? 実は私を知っているの? だとしたらなぜ?)
考えれば考えるほど彼の目的がわからない。もしかしたら、内側から、店を潰そうとしているのかもしれない。そんな悪いことを考えると、きりがない。
「貴方は貴族ですよね。私と対面したことがあるのですか? 貴方の名前を教えていただけませんか?」
彼の名前は『アリエス』の記憶を辿っても出てこない。
「次の予定がおしていますよ、時間です。」
従者が懐中時計を見てKをせかした。Kはうなずいてから、アリエスに言った。
「貴族です。ですが、それ以上のことは今は答えたくありません。」
K達は馬車に乗り込んだ。まだまだ話し足りないが、これ以上自分のことや目的のことを話してくれそうになかったので、半ば投げやりで諦めた。アリエスは馬車が見えなくなるまで、深く頭を下げ続けた。
(まあ、別の機会を待つしかないね。)
* * *
「良かったのですか、これで。ご自分のことを話さずに。」
従者は主に尋ねた。路が悪いのか馬車がガタガタと揺れる。
「別にこれでいいんだ。アリエス嬢は俺が名を名乗り、このかつらを取ったところで、俺のことは覚えていないはずだ。何より俺には、彼女が別人のように見えなくもないしな。」
主は黒い髪の鬘をとった。銀色の髪が風に当たって、ゆらゆらと揺れる。従者は主の言葉に違和感を覚えた。
「アリエス嬢とはほとんど関わりがないのに、別人のように見えるってどういうことですか?」
主は窓の外から、従者の方に視線を移した。
「変わった製品を作ったり、他とは違う経営方法をしたりしているから、どこでその知識を手に入れたのか少し気になっただけだ。まあ、あのときも彼女は聡明だったから、奥の手があってもおかしくはないがな。」
従者はなるほどと主の言ったことに納得した。そして、主を見て、意地の悪い顔でにやっと笑った。
「今日、自分のこと、目的を話さなかったことに後悔はしないでくださいね。」
主は再び、窓の外を見て、従者の言葉に小さくうなずいた。
「わかってるよ。」